第31話第八王女・スティア

 

「あー、んで、なんだっけ? あ、そうそう。今まで忘れてたんだけど、まだ名乗ってなかったわね! 私はネメアラ国第八王女、スティア・レーベリエーフよ。よろしくー」

「スティア・レーベリエーフか。確か、ネメアラの王族は王家に嫁いできた自身の親の氏族名を名乗るんだったか?」

「そうそう。よく知ってるわね。人間の国みたいに長ったらしい名前がないから楽でいいわよね」

「人間には人間なりの意味があるのだが……まあ良い。俺の名前はアルフだ。現在は旅人をしている」

「旅人! へえ〜、いいわね。なんかどっか色々と行くんでしょ? いいなぁ〜」


 この反応……俺もそうだったが、こいつも今までろくにどこかに出かけたことがないのか。

 この世界は気軽にどこかに旅行に出掛けることができない上に、こいつは王族なんだから尚更だろう。それを考えると、今回の件は貴重な体験だったと言うことができるかもしれないな。

 もっとも、こいつは王女なのだから他にも同行者がいたはずだし、攫われたと言うことは戦いがあっただろうから死傷者もいるはずだ。

 その者らからしてみれば貴重な体験だなんて言っていられないだろうが。


 と、そういえば、こいつはこの後どう動くのか考えているのだろうか?


「……それで、お前はコレからどうするつもりだ?」

「う〜ん。どうしよっかな〜」

「悩むほどのことか? 獣人の姫ということは、例年通りの使節団ではないのか? そちらに合流すればよかろうに」


 毎年、と言うわけではないが、二年に一度ネメアラから使節団がやってきている。時期的にもそうだし、だいぶ前のことだがそろそろこちらに向かうとオルドスが話していた。こいつもきっとその一団として来たのだろう。


 王女であるのならばそちらに合流すればいいだけの話なのだから悩む必要などないだろうに。


 いや、合流するにしてもどう動くべきかがわからないのかもしれない。何せ他国に来ているのだ。地理や法などがわからなければ、合流する前に死んでしまう可能性もありうる。

 俺はもう貴族ではなくなったのだから面倒を見る義理も義務もないのだが、せめてどこか大きな街に着くまで面倒を見てやったほうがいいだろうか?


「そうなんだけどー、私ってばあんまし他のみんなから好かれてないのよねー。一応王女だってことでそれなりの扱いはされてたけど、他の王族よりも格が落ちるっていうか、ぶっちゃけ厄介者扱い?」


 だが違った。どうやらこいつは、どう合流するかではなく、そもそも合流するかどうかを悩んでいたようだ。


「それは、氏族間の地位が関係しているのか?」

「んえ? いやいや、そんなんじゃないってばよ。みんなはみーんな仲良しよ。私の場合は特別というか、うーん……まあいっか」


 スティアは少し考え込んだ様子を見せたが、すぐに一つ頷いてから話し始めた。


「私が厄介者扱いされてるのは、私の魔創具のせいなのよね」


 魔創具のせい。厄介者扱いされている理由としてその言葉を聞いて、俺の心臓が跳ねた気がした。

 仕方ないだろう。何せ、俺も魔創具のせいで実の父親から厄介者扱いされ、家を追い出されることになったのだから。


「ま、魔創具のせい、か」


 魔創具のせいというのはどういうことだ。

 そう声を荒らげそうになる心を抑えこみ、できる限り冷静を心がけて震える声でつぶやいた。


 そんな俺の努力に意味はあったようで、スティアはなんの疑問も持たずに話を続けた。


「そそそそ。私達、というか獣人の使う魔創具ってどんなのか知ってる?」

「ああ。己の体を改造し、武器と成すのだろう? 具体的には、爪を伸ばし硬くする。牙を丈夫にする。体を獣へと変質させるといったものだと聞いている」


 俺たち人間の魔創具は、簡単にいえば『己の体に武具をしまっておく』魔法だ。一度取り込んだ武具は好きなタイミングで取り出すことができ、しまい直すこともできる。


 それに対して、獣人の魔創具は『己の体を武具と為す』魔法になる。


 特殊な塗料を使って体に紋様を刻み、それを使用することで特殊な効果を発揮するという点は同じだその効果は別物。見た目は同じように見えるが、根底にある思想や技術からして全く違うものなのだ。


「そーねー。まあ大体そんな感じ? でも、正しくは違うわね。みんな、自分の体に宿ってる幻獣の力を解放するのよ」

「幻獣の力?」

「聞いたことなあい? 獣人は大昔の幻獣が人に力を与え、その力を受け入れたことで体が変容したって」

「……初めて聞く話だ」


 スティアは当たり前の常識を語るように話しているが、そんな話を俺は一度も聞いたことがない。


 幻獣そのものは知っている。特殊な力を持った生物——ではなく、生物の形をした力の塊、と評した方が正しいだろう存在だ。

 元々は生物であったのは間違いない。だが、その身に宿した力が強大であり、かつその力を完全に制御下において力と同化した存在。それが幻獣だ。獣の形をした自然現象と考えればいい。

 幻獣は力そのものと言える存在であるため、自身の力が尽きるまで死ぬことはない。


 元々が生物なだけあって、通常はその元となった生物として生き続けるが、中には他の種族と関わって暮らすものもいる。スティアが言っているのも、このタイプの幻獣のことだろう。

 だが、共に暮らす者がいることは知っていたが、そこからさらに力まで与えられた存在がいるとはな。しかもそれが獣人の先祖だというではないか。


 これでも公爵家の次期当主として勉強してきたのに知らないとは……。どうやら公爵家の情報収集能力も大したことは——


「そう? ……あ。やば。コレって王家の秘密だったっけ?」

「おい」

「……まー、いっか。というわけで、死なば諸共よ! 最後まで聞きなさい!」

「いや、話されても困るのだが——」

「あーあーあー。聞こえなーい」


 王家の秘密など話されても、今の俺では対処に困るから聞きたくないのだが、スティアは頭の上にある両耳を塞ぎながら俺の声を掻き消すように叫んだ。子供かよ……。


「んでんで、幻獣の力を宿したのが普通の獣人なんだけど、王家は神獣って呼ばれてる……まあすっごい強い幻獣ね。それの力をもらったの。その力を引き出して、自分に宿る幻獣の力を操ろう! ってのが獣人の魔創具なの」

「己の武器を作り出す人間と、己を武器とする獣人、というわけか」


 だが、獣人が人間とは違う魔創具を使うこととその経緯は理解できたが、どうしてスティアが厄介者として扱われているのかはわかっていない。何か理由が……あるに決まっているのだが、それはどのようなものなのだろうか? もしかして、俺と同じで儀式に失敗したのだろうか?


「それで、その……なぜ魔創具が理由で厄介者扱いされたのだ? 幻獣……いや、神獣の力を引き出せなかったのか?」

「うーん……微妙?」


 俺の言葉に首を傾げたスティアを見て、初対面であるにも関わらず個人の事情に深入りしすぎたことに気がついた。俺とていきなり魔創具の失敗について聞かれたら不快な感情を抱くだろうに……失敗した。


「微妙だと? それは……いや、踏み入りすぎたな。すまない」

「んえ? 別にいいけど? わたしゃーねー、獣人らしい魔創具ってのをつくんなかったのよ。そういうんじゃなくって、ふっつーに武器を作ったの。ほらこれ——あれ? なんで?」


 どうやら、話したくないことがあるのではなく、ただ説明が難しいようだ。

 その説明のためか、魔創具を作って見せようとしたのだろう。だが、スティアの様子は一向に変わらない。ただ手を前に出して首を傾げているだけだった


「作れないのか?」

「うん。なんでだろう?」

「……その首輪ではないか? それも魔創具で作ったものであれば、封印系統の能力が付与されていてもおかしくはないだろう」


 スティアの首には首輪がついているが、そこには鎖などはついていない。ただ輪が首についているだけだ。

 普通ならそのようなものをつけたところで拘束効果などないのだが、この世界には魔法がある。つけるだけで対象の行動を封じることができるものも存在している。首輪に込められた効力が魔創具の封印なのであれば、スティアが魔創具を使えないことも理解できる。


「あー、ね。この首輪かー。まあじゃあ、見せるのは後でいっか」


 普通ならそんなものをつけられたら外したいと思宇多浪士、それを態度に出すと思うのだが、スティアはどうでもいいことかのように首輪を軽く引っ張っただけで終わらせた。


「まあ、あれよ。みんなが獣人らしい魔創具を作る中で、私だけが普通の武器を作ったから頭がおかしいって言って厄介者扱いよ。まったく、失礼しちゃうわよね。誰が頭おかしいってのよ」


 いや、十分におかしいと思うが……

 長い歴史があり、そこに理由もあったにも関わらず、その慣例を無視するのはまず間違いなくおかしいことだろう。

 その理由を知らなかったのであればまだしも、知っていた上で無視したのだ。周りの反応も理解できる。


「それならば、獣人でないほうがよかったというわけか」


 もし人間であれば、スティアの魔創具であっても何か言われることはなかっただろう。まだ見ていないからなんともいえないが、俺のようにおかしなモノでもないだろうし。


「んー、そうでもないかも。私は獣人でよかったと思ってるのよねー。見てよこの耳。可愛いでしょー?」

「ふむ。確かに似合っているな」


 スティアは金色の髪の頭部から、髪と同じく金色の耳を生やしている。そんな耳に手を当て、ぴょこぴょこと動かしている。その姿は、確かに愛らしいと言えるだろう。


「でしょー? にゃんにゃん」

「猫か?」

「猫よ! ……あ、違った。獅子よ!」


 猫科だということはわかっていたが正確になんなのかはわかっていなかったので問うてみたのだが、スティアは俺の言葉に同意するように頷いた後、一瞬間を置いてからハッとしたように訂正した。……自身の種族を間違えるのはどうなのだ? よくそれで今までやってこれたものだな、と呆れるほかない。


「なるほど。猫か」

「しーしーでーすー!」


 両手を鉤爪状態にして持ち上げ、威嚇のような構えを見せているが、全くもって怖くないのはこいつの雰囲気のせいだろうか。


「もう、まったく!」


 威嚇しても俺が同時ないことを見て、スティアは唇を尖らせながらも怒りをおさめることにしたようだ。元々いうほど怒ってはいなかったのだろう。

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