第30話ネメアラの王女様

 

「確かにその力は凄まじいものだが……なんだその奇怪な態度は」

「あら、どこかおかしくて?」

「ああ。頭のおかしさが滲み出て……いや、ばら撒かれている」


 相手が王女なのであれば、このような物言いは失礼極まりない。いや、王女でなく一般人であったとしても失礼なことだ。

 だがなぜだろうか。この少女に対してはなぜかこのような言葉が出てしまった。


 おそらくは緊張感が緩んだところでこんなアホみたいな態度をとる者に遭遇したからだろうと思われる。

 ……ああ、またアホだなどと思ってしまった。バカにしているわけではないのだがな……。


「おかしくないもん! だって私王女なのよ!? 王女って言ったら、なんかえっらそーで優雅そうな喋り方するものでしょ!」


 俺の言葉に目を丸くした少女は、憤りを露わにして叫ぶ。

 だが、獣人であるためこの少女には耳と尻尾が存在しており、ピンと立っている耳も、パタパタと警戒しているように揺れるしっぽも可愛らしいと思えるもだ。

 そのため、怒りを見せられてもどうしても怖さを感じられない。


「完全に間違いとも言えないが、少なくともお前の話し方はただの頭がおかしい輩のものだ」

「そんなっ……! 『今日からあなたもお姫様気分』で勉強したのに……!」

「『気分』と言っている時点でまずいとは思わないのか? 所詮はそれらしき動きを真似るだけで、本質は学べんだろ。それを実行するということは、自分で偽物だと認めるようなものではないか。そもそも、姫とはその所作を本から学ぶものでもないと思うが?」

「………………ああっ!」


 俺の言葉を聞いた直後は訳わからなそうに首を傾げたが、数秒ほどしてから言葉の意味を理解したのか驚いたように目を見開いて声を荒らげた。


 そして、愕然とした表情をしながらその場に崩れ落ち、両手と膝をついてしまった。


「そんなっ……それじゃあ私は今まで何を勉強してきたっていうの……?」

「阿呆のなり方ではないか?」

「アホじゃないもーん!」


 四つん這いになりながら顔だけこちらに向けて叫んでいるが、やはりどうしても雰囲気がな……。


「そもそも、そのようなことができるのならばさっさと逃げ出せばよかったではないか」


 これ以上振る舞いについて言及すると藪蛇になりそうだったので、話を逸らすことにした。


「あー、それ? なーんかしんないけど、あんまし動く気になれなかったのよねー。最初は全力で暴れてやるー、って気でいたのに。まあ周りに人がいっぱいいたしー? 壊そうとしてもバレたら止められるから、とか考えてたら動く気なくなったのよね」

「確かに、鎖を壊すのにもそれなりに時間をかけていたか。足か腕のどちらかを壊したところで気づかれ、もう片方を壊す前に止められるか」

「そーそー。だから逃げられなかったってわけよ。下手にやって警戒されてもアレだし、なんか良い機会来ないかなーって待ってたのよね」

「そこに俺が来たということか」


 特にここに助けに来る目的で動いていたわけではないのだが、なんとも神がかったタイミングだな。俺がここに来なければ、最悪の場合は外交問題になっていた可能性があった。いや、まず間違いなくなっていただろう。


「いやー、ほんっと助かったわー。あの状態で二日も捕まってると、流石に辛くなってきたのよね。女の子的にトイレ行きたいとか言えないしさー。いやまあ、言ったんだけどさぁ」

「言ったのか。というか、辛かったのはそこなのか……」

「ったり前でしょー? もう助けを待たないで暴れよっかなー、とか思ってたところなのよね」


 言われてみれば、流石に二日も経っているのならそのあたりのことで問題が出てくるのも当然と言うものだ。

 流石に自分を攫ったような者達の前で排泄をしたいとは思わないだろうし、言い出せないのも無理はない。


 と言うかだ。今まで我慢していたのなら今も我慢しているということなのではないか? 

 もう賊は倒したのだから、用を足すのならば好きにすればいいのだが……いや、一応まだ完全に危険がなくなったとは言い難いのだから、護衛として俺も近くにいた方がいいのか?

 しかし、婦女子の小用について行くというのは、些か問題があるように感じる。


 だが、このまま漏らされてもそれはそれで問題だな。……仕方ない。あまり尋ねたいことでもないが、放置しておくわけにもいかんだろう。


「それで? 今は平気なのか? 現状余裕があるのだから、用を足す余裕くらいあるが?」

「んー? あー、今は平気ー。トイレ行きたいって言っても、我慢してろー、の一言で終わらせられたんだけど、なんでかしらね? そっからなんでかあんましトイレって感じがしなくなったのよねー」


 我慢してろと言われたら便意が治った? ……首輪か? 隷属の効果があり、命令に従うようになっていたのなら、トイレを我慢しろと言われたから治ったということか? まさか、そのような使い方があるとは……。

 もっとも、知ったところで自身で実行することはないだろうから無駄な知識ではあるな。


 ……まあ、あれだ。平気だというのなら平気なのだろう。行きたくなったら本人から動くはずだ。


「まあいい。ひとまずこの辺りは安全になっただろうから好きに動け。やることがないのなら、鍵を探すのを手伝え」

「え、なんで? だってもう壊したじゃん」

「お前がそれで良いのなら良いが、鎖は外れても足枷の輪そのものは足についたままであろうが。それに、首輪も付けられたままだろう?」

「あー、そういえばそうねー。……はあ、結局探さないといけないのかぁ……」


 鎖を壊したことで動くこと自体はできるようになったが、それでもまだ手足についている枷そのものは残ったままだ。

 それに加え、首輪もつけられたままだ。剣や魔法で斬ることもできるだろうが、それは普通の金属であれば、の話だ。


 見たところ、あの首輪は手足につけられていた枷とは違い、ミスリルで作られている。ミスリルは硬いが、それ以上に魔法道具の素材として優れているという点が問題なのだ。

 首輪そのものは斬って斬れないこともないだろうが、あれはおそらく隷属に関する効果が込められているだろう。もし強引に壊せば、その効果が誤作動して永遠に解除されないということもあり得る。


 そんな危険を冒す必要がある状況でもないのだから、素直に鍵を探すべきだろう。


「探しながらでいいが、聞け。お前は本当に獣人の姫なのか?」

「そうよ! もっちの、ロンじゃない!」


 洞窟内においてある賊の所有物を漁って鍵を探す俺の元へと近寄ってきた少女が自信ありげな様子で叫んだが、今一つ信じきれない。

 いや、わかっているんだ。状況的に、賊が攫ったのだから本当に王女なのだろうと。影武者なのだとしても、わざわざこんな……ああ。〝こんなの〟を用意するはずもないだろうし、助けた時点で自分は影武者なのだと事情を話してもいいだろう。

 だがそれがないと言うことは、事実この少女が獣人の王女だからなのだろうと、そうわかってはいるのだ。ただ、これまでの貴族としての常識がこの少女を王族だとは認められないだけで。


「その証拠は? 失礼だが、姫を語る頭のおかしい者という可能性もないわけではないのでな」

「んまっ! 失礼しちゃうわね! 見てわからないかしら? この全身から溢れるお姫様オーラが!」

「すまないが、そのオーラとやらは俺には見えないようだ」


 きっとそのオーラは同類にしか見えないものなんだろう。あいにくと、俺とは分類が違うようだ。残念だな。


「そう? まあ、しょーがないわよねー。お姫様と平民じゃ地位が違いすぎて理解なんてできないものね。しゃーなししゃーなし」

「コレが姫……まだミリオラ殿下の方がマシか」


 ミリオラ殿下も王女としての自覚がない夢見がちな少女ではあったが、その振る舞いだけは王族に相応しいものであった。

 この者と比べれば、ミリオラ殿下も王族なのだと、王族としてしかと自覚があるのだと思えてしまう。


「え? なあに?」

「いえ、なんでもありません。王女殿下」

「……はあ? え? なに急に? なんでそんなおかしな喋り方になったわけ? なんか私に隠れて拾い食いでもしたの?」


 まだ証拠を見せてもらってはいないが、これまでの話で本物なのだろうと理解できている。ならば、これまでの振る舞いを改めて王族に対するに相応しい言動を心がけるべきであろう。

 ……ああ、そういえばまだ名乗りすらしていなかったな。なんだかこの者……いや、この方の言動や雰囲気に流されてここまで話をしてきたが、それも失礼なことだ。


「いえ、そうではありません。あなたが本当に王族だというのでしたら、先ほどまでのような振る舞いは不敬に当たります。今更遅いと思われるかもしれませんが、寛容なお心にてお許しいただきたく存じます」

「……はえ〜。王族ってこんな扱いされるものなんだぁ。初めて知ったわ!」


 目の前の少女は王族であるにもかかわらず、それに相応しい扱いを初めてされたという。どういうことだろうか?

 国が違うのだから文化が違うことはわかっている。だが、これでも近隣の国の文化については勉強したつもりだ。その中には王族の扱いに関して特におかしなところはなかったはずだが……。

 あるいは、外には出ない身内だけの情報や慣例、慣習といったもおがあるのだろうか?


「でも、ぶっちゃけキモいからやめていいわよー。様になってるといえばそうなんだけど、なんかさっきまでの態度と違いすぎてウザキモだから」


 この女……助けない方が良かったか? ものすごくムカつくんだが?


「ねえ」

「……なんだ?」


 突然呼びかけられたことで、ドキリとしてしまった。

 わかるはずもないだろうが、あまりのタイミングの良さに、もしかして俺の心の内を察したのか、と考えてしまう。


「今私が言った言葉だけど……」


 少女は何かを考え込むように顎に手を当てながら言葉を紡いでいき……


「ウザキモって言葉、なんかちょっと可愛い感じがしない?」


 もういい、黙ってろ。

 なんだこの女。本当になんなんだ。これが王女でいいのかネメアラ。これでは緊張したした俺がバカみたいではないか。


 だが、本人も言っていたが、この者を相手に態度を改める必要はないなとは理解できた。

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