第32話首輪が外れ……

 

「えーっと、なんだったっけ? ああそうだった、私は獣人でよかったわって話なわけよ。だって、獣人じゃなかったら魔創具の形が違ったからあーだこーだって言われなかったわけでしょ? 変化も進化も、常識を破ってこそよ! 他人と違うことをするからこそ、他人と違うものを持っているからこそ、人はすっごいことができるようになるの。それに、足踏みしてるだけじゃつまんないでしょ!」


 腰に手を挙げながら胸を張って言い放った姿を見て、俺は言葉がでなかった。

 その姿は、俺のような現実逃避の前向きさではなく、本当に心の底からそう思っているのだと理解させられる。


「……お前は、強いな」


 だからだろう。自然とそんな言葉が漏れていた。


「え? なにが?」

「……一人だけ周りからの理から外れるのは、相応の辛さがあるはずだ。それが意図しなかったものであれば当然で、自身から望んだことであったとしても辛さがないわけがない。むしろ、自ら外れる道を選ぶには相応の覚悟が必要となるだろう。その道を選ぶことができたことも、選んだ後に笑っていられるのも、強いと評してもおかしくはなかろう」


 自分から選んだ道だとしても、辛いものは辛いのだ。選んだ後で悔いることもあるだろう。こんなことをしなければよかったと、失意の中で生きていく者もいるだろう。

 にも関わらず、そんな中であってもスティアは心の底から笑っている。それを『強い』と言わずになんというのか。


「んえー? んー……強いもなにもないでしょ。邪道だろうと外道だろうと、なんと呼ばれたって道であることに変わりはないわ。全部私の道で、私の生き様でしょ。自分の人生を辛いものだ、なんて言って後悔するのは時間の無駄無駄」


 右へ左へと軽い足どりで歩きながら話をするスティア。

 何度か俺の前を行き来してから俺に向き合い、くるりと軽快に回ってから鼻先に指を突きつけてきた。そして、「無駄無駄」という言うリズムに合わせるようにその指を左右に動かした。


「どんな道も、私が歩けば王道よ! 私の進んだ道こそが世界の常識なのよ!」


 鼻先に突きつけられた指で鼻を軽く押し込まれた。普通なら怒っているところのはずだ。

 だが、不思議と怒りなど感じなかった。


 胸に手を当てながら自信に満ちた態度で宣言したスティアの姿から、俺は目を離すことができなかった。


「……やはり、其方は強いな。俺は、そうは思えなかった」


 自身の望んだことかそうでないかという違いはある。

 だが、周りから望まれなかったという結果は同じだ。同じ状況であっても、俺はスティアのようには思えなかった。前を向こうとしたのは、本当に前を向けたからではない。悩んでいても意味はないのだと自分に言い聞かせて現実逃避をしていただけだ。


 そんな俺の情けなさと比べると、スティアの姿は輝いて見える。


「ところで〜、鍵は見つかった〜? 首が痒くなってきたんだけどー」


 そんな俺の内心など知らぬとばかりにスティアは話題を切り替え、問うてきた。

 首輪を引っ張ったことで首が絞められたのか、ぐえー、と口にして舌を出している様子からは先ほどのような『光』を感じられないが、それもまた、スティアという少女なのだろう。


「……いや、まだだ。だが、賊の頭目の死体が持っていなかったのだから、おそらくはどこぞにでもしまい込んでいるのだろうよ」

「どこぞってどこよ」

「知らん。それを探しているのだろうが」


 それからは一旦話をやめて鍵を探すことに注力しだし、ついに見つけた。


「——これか?」


 賊のボスが座っていた場所には毛皮が敷かれていたが、その下。地面を掘られて隠されていた。


 そこには二種類の鍵があったのだが、片方はありふれた鉄の鍵だった。おそらくこっちは手足の枷の鍵だろう。


 問題はもう一つの方。ご丁寧に布に包まれて箱に収められていたのだ。

 たかが鍵にこれほどの包みを用意するのはどう考えてもおかしい。こんなことをする意味はないし、大事なものだと教えることになる。

 であれば、こうして保管する必要があるということだ。


 基本的に、布で包んで箱に収めるのは、壊れやすいものだからだ。

 あるいは、特殊な仕掛けが施してあって封印措置を施していると言う可能性もあるが、どうやらこれはそういった理由ではないようだ。


 であるならば、この鍵は壊れやすいということになるか?

 鍵など、壊れやすいと使いづらいだろうに。それでも敢えて壊れやすいものを使っている理由としてはなんだろうか?

 ……ふむ。逃げ出そうとした時に、鍵を壊して逃げられないようにするため、か? 首輪さえついていれば、逃げたところでその反応を追っていくこともできるだろう。あの首輪は魔法具の様だしな。


 まあいい。そも、この首輪を何度も使うつもりはないのだ。この一度だけ使えれば問題ない。使った後に壊れようが、どうでも良いのだ。


「……おい」


 鍵を見つけたことを知らせようと思い、振り返ってスティアの姿を探したのだが……このやろう。

 最初のうちはこいつも探していたはずなのだが、いつの間にか壁に寄りかかって寝ていた。これはお前を助けるために必要なものだろうに、自分は探さずに寝ているというのはどういう神経だ?


「ふえ? ……ん〜。あ、鍵は見つかった?」

「お前が寝ている間にな」

「そう? よかった〜。これでこの邪魔な首輪ともおさらばね!」


 そう言いながら軽い足取りで俺に近寄ってきたスティアに鍵の入った箱を渡す。

 箱を受け取るなり宝物を手に入れたかのように両手で掲げ、くるくるとその場で回り出した。目が回って転ばなければ良いのだがな。もし転んで壊しでもしたら、外せなくなるぞ。それをわかって……いないだろうな。


「あ、そうだ。探してくれてありがと! なんかお礼したほうがいいんだけど、なーんいも持ってないのよねぇ〜」


 鍵を受け取った後少し考え込んだ様子を見せたスティアだが、何か思いついたようで、ニヨニヨと笑いながら顔を近づけてきた。


「お礼にチューしてあげよっか? 王女様のキッスよ? 嬉しいでしょ? あ、チューって言っても、口じゃないからね。ほっぺよほっぺ。がっかりした? 期待させちゃったらごめんあそばせ!」

「……お前が邪魔者扱いされていた理由が、そこはかとなく理解できた気がするな」

「え? うん。だってさっき話したんだから当然でしょ?」

「そうではない」


 確かに理由は聞いたが……そうではないのだ。この阿呆。


「しかし、これでここでやるべきことは終えたな」


 あとは賊の所持品を調べるくらいだが……やっておくか。有用なものが出てくるとは思っていない。だが、この者らがどこぞの勢力と繋がっているのであれば、そのつながりが見えるものが出てくるかもしれん。

 そんなことをする義理など、もう今の俺にはないのだが……せっかく関わったのだ。対して手間がかかるものでもないのだし、友人の助けと考えればそう悪いことでもない。


「ねえねえ、見てみて〜」


 賊の所持品を調べていると、背後から呼ばれたのでそちらを向く。

 すると、未だ枷を外していないスティアが何やらポーズをとっていた。

 その場でしゃがみ込み、しなだれるような格好で弱々しくこちらを見つめている。

 姫という立場と、賊に囚われていたという状況。そして手足と首についた枷のことを考えると、その格好は随分と〝さま〟になっている。

 先ほどまでのふざけた振る舞いを知っている俺であっても、男として些か劣情を誘われるとすら感じるほどだ。


「なにをしているのだ? 鍵は渡したであろう?」


 だが、そんな振る舞いを無視してスティアへと問いかける。

 この少女に手を出すのはまずいことだと理解しているし、そもそも手を出すつもりもないのだ。

 それよりも、さっさと首輪を外して面倒音になる可能性を潰して欲しいのだがな。


「いや〜、こんな首輪なんて付けられたことなかったしー? これからもつけることなんてないだろうしー? せっかくだからここでお披露目でもしておこうかなー、ってね! で、どうどう? 私ってば、流石よね。こんな小汚いごっつい首輪でも、すっごい似合って見えない?」


 それだけのためにまだ鍵を外していないと? ……わかってはいたが、呆れるしかない。


「……さっさと外せ、阿呆」

「え〜! ひどくなーい?」

「外さないのなら、鍵を踏み砕くぞ」

「わー! 待って待って! 外す外す!」


 鍵を奪い取るように手を伸ばしたところで、スティアは慌てて距離を取り、自身の首についていた枷を外した。


 それを見届けたことで一息つき、俺は再び賊の所持品を調べるために振り返ったのだが……


「えいっ!」


 いきなり首に何かをはめられる感触がした。

 重く、冷たい金属が触れたのを認識した瞬間、身を翻して背後へと振り返った。


「っ! なにをする!?」

「きゃわっ! っ〜〜。いったーい!」


 振り返ったと同時に思い切り腕を振り、背後にいた人物——スティアを払い飛ばした。

 スティアはいきなり押されたことで転び、尻餅をついている。その様子はなんの悪意も感じられないが、今俺の首には先ほどまでスティアがつけていた首輪がはめられていた。

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