第28話アルフレッド対ムガルク
「黙れ! 金を求めることの何が悪い!」
「悪いとは言っていない。私が言ったのは、それほどまでに鍛えた武をこの程度のことに浪費している現状に対して哀れだと言ったのだ。真面目に精進すれば、将来は六武の座を争うこともできたであろうに」
この男は、俺に攻撃を防がれはしたものの、筋が悪いわけではない。
放った槍は鋭く、疾く、重い。並大抵の者では防ぐこともかわすことも逸らすこともできないだろう。盾を持って構えたところで、盾ごと貫かれて終わりのはずだ。
それは才がなければできないことであり、才能にかまけているのではなく真摯にやりに打ち込んだ者だからこそできることだった。
真面目に鍛え続けていれば、今よりももっと強くなることができていただろう。
今回槍を防ぐことができたのは、自慢ではないがただただ俺が規格外だったというだけの話であり、言ってしまえば例外だ。この男は十分強者である。
「はっ! そりゃあ現実の見えてねえガキの妄言だっ! 六武ってのはな、全員が天武百景で優勝できるだけの力をもったバケモンだ。あいつらがどれだけすげえかわかるか? どれだけ力の差があるかわかるか? わからねえだろ? あいつらはな、たった一人で軍隊を処理できちまうんだよ。ただ武器を振るっただけで大地を割り、刃を突き出しただけで山を貫く、正真正銘のバケモンだ。そんな奴らと座を争う? バカ言え。んなことできるわけねえだろうが」
六武に限らず、天武百景にて好成績を残している者達は、そのほぼ全てが魔創具を使用している。中には魔創具を使用せずに武術にて戦っているものもいるが、それとて魔法を併用しての戦いだ。
そのため、普通の人間には真似できないような超常的な芸当ができる。
極まればそれこそ、この男の言ったように大地を割ったり山を貫いたり海を干上がらせたりと言うことも可能だ。
それはまさしく『バケモノ』と呼ぶに相応しい能力の持ち主だろう。
だが……
「……ふむ。確かに六武は強者の集まりだ。私も、数年前に手合わせをしていただいたが、傷をつけることで精一杯だった。だが、諦めるほどの高みではない。彼は人で我も人。であるならば、届かぬ道理などなかろう?」
彼らとて人であることに変わりはない。人間か獣人かその他の種族かという違いはあれど、『人』の枠組みの中にいることに変わりはないのだ。
であれば、届かないのだと諦める道理などあるはずがない。げんに、俺は二年ほど前に六武の一人と手合わせをしていただいたが、傷をつけることができた。
「は……六武に傷をつけただと? てめえ何もんだってんだよ。冗談も大概にしろよ、ガキ」
ボスの男は俺が嘘をついたと思ったのか、呆れたように笑うと、その表情に怒りを滲ませた。
そういえばまだ名乗っていなかったか。相手が賊なのだから名乗る必要もないのだが、こうして問われたのだから答えるとしよう。
「何者か、か。名乗りが遅れたな。現在名乗っている名はアルフだ」
俺は今の自分の名を伝えたが、この男が聞きたいのは現在のこの名ではないだろう。
「現在……?」
「そして、六武と手合わせしていただいた当時の名は、アルフレッド・トライデンという」
名乗らないと決めたなではあるが、これは今の自分として名乗ったのではなく、過去の名前を告げただけなのだから問題ない。……そう言うことにしておけ。
「……は。トライデンって、あのトライデンかよ。しかも、アルフレッド・トライデンといやあ、巷で噂の天才児だろ。何だってそんなやつがここにいんだよ」
「なに、大した理由ではない。そも、そのようなことを語り合う仲ではなかろう?」
流石にトライデンの名は知られているようだが、まあそうであろうな。
だが、名乗りはしたが、俺がどうしてここにいるのかなど話す必要はない。
元より賊とそれを対峙しに来た者と言う敵対関係なのだ。交わすのは言葉ではなく、刃であるべきだろう。
「……チッ。はあぁぁ……簡単な仕事だと思ったんだがな。獣人の王族を襲って、姫を連れていく。それだけで一生分の金が入ったってのに。ああ、くそ。本当についてねえ」
ボスの男は舌打ちをした後盛大にため息を吐き、武器の構えを解いて独白するように言葉を紡ぐ。
言いたいことを言い終えたのか、男は再び大きく息を吐き出した。
「だが……」
息を吐き出した男は、諦めて登校するのかと思ったがそんなことはなかった。
俺のことを睨みつけ、一度構えをといたにも関わらず再び槍を構え、その穂先を俺へと向けてきた。
「六武、『天穿槍』エルグランの弟子。ムガルク。手合わせを願いたい」
「む……」
槍を向けられたままいきなり襲いかかってくるでもなく告げられた言葉に、思わず動きを止めてしまった。
まさか、このような状況でこのような申し出を行なってくるとは思いもしていなかったのだから仕方がない。
「俺だってなあ、てめえの言うように目指したことはあったんだよ。憧れたことがあった、ああなりてえと思ったことがあった。だからこそ、こんなもんを刻んだんだ」
驚いた様子を見せる俺を見て挑発的に笑ったボスの男は、少しばかり楽しげな様子でそう口にした。
この男も、自身で口にしたように昔は武芸者として六武の座を目指していたのだろう。
どのようなことがあってこのように外れてしまったのかはわからないが、武人として正式に申し込んできたのだ。
この申し出にどんな想いを込めたのかは知らないが、なんとなく察することはできる。
故に、その言葉に応えないわけにはいかない。
「元公爵家次期当主、アルフレッド・トライデン。未熟者ゆえ魔創具で戦うことはできぬが、申し出に応じよう」
相手は魔創具を使い、こちらはマントで肉体を強化してあるものの武器そのものはそこらの粗雑な物。明らかにこちらが不利な状況であると言えるだろう。
その上、相手は先ほどまでのような賊としての振る舞いではなく、槍に人生を込めた武芸者としての立ち合いだ。
「この勝負、俺が勝つ」
「その言葉には、槍をもって返事としよう」
一突で全てを穿つ。それこそが『天穿槍』エルグランが振るう槍の理念である。その門下となれば、この男も同じ流れを汲み、同じ場所を目指して鍛えてきたことだろう。
だからこそ、この死合いはたった一度刃を交わしただけで終わる。
二の太刀などいらない。たった一度で全てを終わらせる。それができなければ自分は死ぬ。
そんな覚悟のもとに放たれた突きは、音を置き去りにして俺の頭部へと迫った。
だが……
「がっ……! ちく、しょうが……」
放たれた槍に合わせるように突きを放ち、相手の穂先にこちらの穂先を微かに触れさせることによって槍の軌道を逸らす。
逸れた槍は俺の頬にふれるか触れないかのギリギリのところを通り過ぎていった。
そして、その外れた槍の代わりに、俺の放った槍はボスの男の——ムガルクの胸へと突き立った。
「六武になるために才能が必要ではないとは言わん。才能は必要だ。だが、目指すだけの才はそなたにもあったように思うがな」
「……は。天才に、そんなこと言われても……いやみにしか、なんねえよ」
ムガルクは胸に突き立った槍を掴み、力任せに引き抜くと、その場に背中から倒れ込んだ。
「六武筆頭、三叉槍のトライデン……。なにが、『トライデンは弱くなった』だ。この国の奴ら、節穴かよ。弱くなるどころか、逆じゃねえか。この、くそがき……が……」
その言葉を最後に、ムガルクは力尽きたようにがくりと頭を揺らし、動かなくなった。
「節穴などではないさ。事実、私はまだ弱い」
すでに生き絶えたムガルクに、そう答えた。
たった今ムガルクの言ったことは事実だ。六武の筆頭というのも、『トライデンは弱くなった』というのも。
その言葉は巷で言われていることだ。トライデンの耳に入れば処罰されることがわかっているから誰も表立っては言わないが、陰ながら言われていることはとうに知っていたことで、それはこの国の民であれば誰でも同じだろう。誰もが知っていることなのだ。
事実、過去に天武百景で優勝し、最初の六武となった際の鬼神の如き強さは失われたと俺も思っている。
祖父はそれなりの武芸者ではあったが、それなり止まりだ。一応天武百景にて準優勝はしているし、天山の魔王と戦う際には前線に出たようだが、魔物を倒した話は聞けど魔王をどうこうしたという話は聞かない。
そして、現当主である父は、戦うことそのものに力を入れていない。当然一般兵やそこらの武芸者よりも優れた武をもっているが、天武百景で優勝できるほどではない。精々が死力を尽くして準決勝に辿り着くことができるかどうか、と言ったところだろう。
それでもトライデンが六武筆頭として名を連ねていることができるのは、祖父が準優勝者だったことと、過去の功績があったこと。それから、トライデン家という『名』があるからに他ならない。
それこそ、父の言ったように『象徴』としての意味合いがあるからこそトライデン家は六武筆頭としていられるのだ。
故に、当時に比べればトライデンは弱くなったと言うのは決して間違いではない。
「良い立ち合いであった」
最後にムガルクの亡骸にそう告げ、私達……俺達の死合いは終わった。
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