第27話王国六武
「片付いたか。生き残りがいると嬉しいのだが……まずは助けるのが先か」
魔法を発動させ、洞窟の中に嵐を呼び起こしてから十数秒ほど経過したところで、魔法を切る。
突然嵐が消えたことによって、風で巻き上げられていた賊達はそのまま落下し、地面と激突する音を響かせた。
一応それなりに加減はしたので、生きている者もいるかもしれないが、それを確認するのは後でいいだろう。
ひとまずは動けなくなっていることだろうし、先に捕虜の解放をすべきだな。
「そこのお前。お前はこの賊らに攫われた者で合っているか?」
「んうむー! もがががっ!」
「ああ、そうか。先に頭部の袋を外す必要があるか」
どうやら顔に被せられている袋の他に、口には枷が付けられているようで、言葉にはなっていない叫びを漏らすだけだった。先に口枷を外さなければまともに話ができないな。
そうでなくとも、目が見えない状態で何かを問われたところで、まともに答えられるかといったら難しいところがあるだろう。まずは目を使えるようにし、顔を見せて安心させてからか。
「これでどうだ。話せるか?」
「話せる話せる! わーい! これで私は自由よ! あんな賊達なんてメッタメッタにしてやるうぎゃあ——ぶぎゅ」
頭に被せられていた袋を外し、口枷も外したことで、捕虜となっていた少女は喜びの声をあげて威勢よく立ち上がった。——が、頭の袋や口枷を外したからといって完全に拘束が解けたわけではないのだ。
手足の枷はまだ付けられたままで、そんな状態で立ち上がれば、転ぶに決まっている。
少女は受け身を取ることができないまま顔面から地面へと倒れ込んでしまった。
「まだ足枷がついたままなのに動き回ろうとするとか、お前は馬鹿か?」
初対面の者に言うような言葉ではないが、先ほどまでの緊迫した状況でこの振る舞い。つい気が緩み、呆れが口から溢れてしまった。
「馬鹿じゃない! 馬鹿じゃないもん!」
地面に倒れながら芋虫のように体を捩って抗議する少女だが、なんと答えていいものだろうか……。
「……そうか。まあ、しばらく大人しくしていろ」
おそらく今の俺の顔は微妙なものとなっているだろうが、このような状況では仕方ないだろ。
「えっ。これ外してくんないの?」
「外すにしても、鍵がなかろうに。賊の死体を調べれば何かしらは見つかるだろうが、それを期待しておけ」
「はーい」
「それに——」
背後から勢い良く突き出された槍の穂先にフォークを合わせ、その刃を受け止め、逸らす。
「っ! これを防ぐかよ……」
「まだ敵が残っているのでな」
話している最中に襲いかかってきたのは、賊達のボスだった。どうやら先ほどの嵐の中であっても無事に生き残っていたようだ。
ボスの手にある槍は通常のものとは少し違っており、その刃の部分が少し太い。より正確にいうのなら、円錐形に近いというべきか。槍は突くものだが、ものを斬ることができるようにその刃自体は平らなものだ。
だが、この槍は違う。刃ではあるものの、薄さが消え、幅は細くなっている。例えるならエストックやミセリコルでに近い。おそらくは貫くことに特化しているのだろう。槍というよりも、先端が尖った棒と言ったほうが正しいかもしれない印象を受ける。
そんな少し変わった槍を手にしているボスの体には無数の傷がついており、全身を赤い斑模様で染めているが、今の一撃は相当に鋭いものだった。怪我による影響はないと考えるべきだろう。
「運良く生き残ったのがいたか。いや、お前からしてみれば運悪く、か? まあどちらでもかまわんな」
どのみち処理するのには変わらないのだし、そもそもある程度は生き残れるように加減していたのだ。この事態も想定通りである。むしろ、死んでもらっていては困ったところだ。
ボスは俺の言葉を聞くなり駆け出し、一瞬で俺の前まで到達するとその手にあった槍を突き出した。
鋭い突きだ。その一撃で全てを貫くとでもいうような気概が感じられる。おそらく、その考えは間違っていないだろう。これは〝突き〟という動作を極めんと武の道を歩んだ者だからこそ放つことができる一槍だ。
しかし、だからこそ対処が容易い。
鋭く、疾く、重い突き。その突きであればなんであろうと貫くことができるという自負が見て取れた。
ならば、狙うのは急所以外にない。それも、心臓ではなく頭部。一撃で全てを貫き、終わらせる。これはそういった〝武〟だ。
しかし、いくら素晴らしい脅威的な突きだとしても、来る場所、来るタイミングがわかっているのであれば、避けることも逸らすことも不可能ではない。
特に、〝槍〟への対処となれば、その理解度は他者に劣るものではないと自負している。
ギイイィィン、と槍とフォークがぶつかり合う音が響き、突き出された槍は俺の顔の横を通り過ぎていく。
「んなおもちゃでっ……! バカにしてやがんのかあっ!」
先ほどの一撃も本気ではあったのだろうが、今度こそ全力で放ったのだろう。
その槍を防がれたことで、賊のボスは目を見開いて俺のもっている武器を見つめ、歯を剥き出しにして怒りを露わにした。
それも仕方のないことだろうと思う。何せフォークだ。武器として使っているが、本来の使い方は食器だ。俺は自分のことなので理解しているが他者からしてみればただの食器である。
そんなもので、今まで鍛え上げてきた槍が受け止められたら……ああ。俺もバカにされていると怒る自信がある。
「バカになどしていないさ。ただ、使える武器が今はこれしかないというだけの事だ」
できることならば俺とて槍で戦いたかった。だが、これは仕方のないことだ。何せ、俺はトライデントを使うことができないのだから。
「だからって、フォークなんかで戦うわけねえだろうが! てめえほどの強さなら、魔創具を持ってるはずだ。どうして使わねえ! なめんじゃねえぞオラアア!」
「舐めてなどいないのだが……仕方ないか」
いくら言葉を重ねたところで、フォークが魔創具だなどと信じてもらうことはできないだろう。
だが、このままフォークで戦うのも忍びない。であれば……
「っ!」
もっていたフォークをボスへと投げつけ、その隙に走り出して近くに落ちていた槍の元へと向かう。
突然飛んできたフォークを弾きつつ、ボスは走り出した俺の後を追うように走り出し、再び槍を構え——放った。
「さて、失礼したな。これで武器が用意できた」
落ちていた槍の元まで辿り着いた俺は、しゃがむことなく足の動きだけで槍を跳ね上げ、それを手に取って迫り来る槍の一撃を受け止める。
またも己の槍を受け止められたことが気に入らないのだろう。それも、フォークではなくなったとはいえ、魔創具ではない普通の槍に、だ。
ボスの男はギリリと歯を鳴らしてから俺の槍を弾き、突きを放った。
その突きに合わせるように槍を戻してボスの槍を小さく弾き、そのままお返しとばかりに今度はこちらから突きを放つ。
そこからはその繰り返しだ。
突いて弾いて突いて弾いて、たまに薙いでまた突いて……。
そんなことを繰り返し、数合ほど切り結んだところで、突きではなく力の込められた薙ぎ払いがきたので、受け止めるのでもそらすのでもなくその場を飛び退いて距離をとった。
みれば、賊のボスも軽く後方に下がりこちらを見つめている。
ふむ……一旦仕切り直しだな。
だが、せっかくだ。聞くだけ聞いておくか。
「賊の首魁よ。降伏する気があるのであれば、問いに答えたのちに慈悲をもって終わらせよう」
おそらくは断られるだろうと理解しながらも、それでも問いかけてみた。
だが、予想通りというべきか。ボスの男は不機嫌そうにこちらを睨みながら拒絶の言葉を口にする。
「はっ! 調子に乗ってんじゃねえぞガキが。六槍をなめんじゃねえ」
「六槍? ……なるほど。貴様は『王国六武』の六番目、エルグランの血統……いや、門下か」
王国六武とは、王国に所属している過去の天武百景の優勝者、および準優勝者のことである。
だが、優勝者や準優勝者と言っても、当然ながらその強さに違いはあり、準優勝者といえど他の優勝者に勝つこともある。それはその時の大会の参加選手の質に違いがあるので仕方がないことだ。
そして、大会の優勝者といえどずっと生き続けることができるわけでもない。いずれは死ぬこととなる。
だが、国としては六武——つまりは大会の優勝者、準優勝者という『力』を失いたくはない。そのため、六武という地位は継承することが可能となっている。六武が誰かを指名し、自身がその地位から退くことで六武を継承することができるのだ。こうすれば『六武』という集団が国からなくなることがないから。
実際、現在の六武の中には、自身で優勝、準優勝したことのない者もいる。
だが、エルグランは違う。名を継いだだけの六武ではなく、自身の力を持ってして優勝を奪い取った本当の強者。六武に加わったのが最近だから六番目と呼ばれているが、それは強さを示した序列ではない。名を継いだだけの六武と戦えば、勝つこともできるだろう。
実際、エルグランは天武百景の優勝という実績を持って道場を開いており、そこの門下は数百を超えていたはずだ。そのくらいには人気がある力の持ち主だ。
エルグランには子も孫もいるが、俺はこの男を見たことがない。
これでも槍の名手の貴族だったのだ。エルグランとはそれなりに交流があった。その俺が見たことがないとなれば、血縁ではなく門下の者と考えるべきだろう。
「確かエルグランは反同盟派でも反獣人派でもなかったはずだが……見たところ貴様だけのようだな。金に釣られたか。哀れな」
エルグランはもう老齢だが、いまだに武を極めんと槍を振っているような男だ。そんな者が政治に関わるわけもなく、種族差別をするはずもない。むしろ、進んでさまざまな種族と接しようと思うだろう。他種族の中に強者がいるかもしれないのだからな。強者に会える機会を自ら捨てるわけがない。
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