第16話最初の村にて
しばらくすれば、小さな村にたどり着いた。
国の首都やそれぞれの領地の領都のそば……徒歩一日でたどり着ける範囲内には、それなりに村があるものだ。簡単にいえば衛星のようなもの。その範囲内には、主要な街道から外れていてもいくつもの村がある。
それは、何か異変があった時に村では対処しきれないものだからだ。何かあった際に、すぐに助けを求めることができる場所というのは大事なのである。
なので、ここから先は途端に村の数が減ってくるだろう。
もちろん街道を進んでいれば宿場町や村が存在しているだろうが、少し道を外れれば人の手が入っていない大自然となっている。
とはいえ、全く村がないというわけでもない。街や主要な街道から離れてはいるものの、周りに人がいないからこそ自身の農地を確保できるのだと、ぽつりぽつりと村が点在している。
その場合は賊や魔物からの被害にどう対処するのかが問題となってくるのだが……まあそれは今はいいか。
目の前にあるのは街のすぐそばにある、それなりに人通りの多い町未満といった様子の村だ。この辺りならば、魔物や賊の被害など、さほど心配することではない。
「ま、魔物が出たぞーー!」
……もっとも、全く現れないというわけでもないが。
村人の叫びを聞いた俺はすぐさま駆け出そうとしたが、数歩足を踏み出したところで動きを止めた。
いや、待て。私でいいのか?
この村は魔物に襲われているとはいえ、それは今までもそうだったはずだ。今までだって魔物に襲われることがあっただろうし、その度に乗り越えてきたのだ。なら、俺が余計なことをする必要などなく、むしろ手を出すことで混乱させてしまうことに繋がるのではないだろうか?
俺の武器はフォークだ。多少は練習をしたとはいえ、こんなもので魔物を相手に戦うことができるのか?
「……何をふざけたことを」
仮に手を出すことが邪魔になるのだとしても、見に行かない理由にはならない。
もしかしたら今まではギリギリなんとかなっていただけで、怪我人や死者が出ていたかもしれない。
一度見に行って、邪魔になるようであれば手を出さなければいい話だ。
俺が行けば助けることができる者がいるかもしれない。
ならば、行かない道理がどこにある。
どうやら、魔創具がフォークになってしまったというのは、よほど俺の心に影響を出していたようだ。
まさか、貴族としての責務を捨てて助けを求める者を見殺しにするかもしれない選択肢を選ぼうとするとは。
確かに今の俺は貴族ではない。それは事実だ。
だが、だからどうした。身分こそ貴族ではなくなったものの、その心まで、これまでの人生まで失った覚えはない。
『貴族であれ』
その言葉は単なる身分上のことではなく、覚悟を表す言葉なのだ。
なら、やることなど決まっている。覚悟など、アルフレッドとして生きることを決めたその日にできている。
「——フォーク、生成」
嫌いであり、あまり見ていたいとも思わない魔創具の名を口にし、手の中に呼び出す。
一瞬のちには手の中にフォークが出現し、その存在を手のひらを通して俺に伝えてくる。
「なんとも無様な武具だ。だが……征くぞ」
手の中に現れた感覚に対して自重的な笑みを溢し、走り出す。
「いやっ……いやああああああ!」
「うわあああああっ!」
「自警団! 自警団はどこだあ!」
走って向かった先では、一匹の大きな蛇が村人たちを襲っていた。……いや、あれはミミズか? よく見ると体の半分ほどが地面に埋まっている上、頭部には大きな口がついている。
確かあれの名前は『地喰い蚯蚓(アースイーター)』、だったか? 傭兵ギルドにおいてはAランク以上の戦力が必要とされている強敵だ。
旅に出て早々に出遭う魔物としては些か大物すぎる気がするが、臨むところだ。むしろちょうどいい。フォークでどれくらい戦うことができるのか、確かめてやろうではないか。
走りながらフォークを前に突き出し、杖としての役割を求める。
「まずは小手調べ。——風削」
突き出したたフォークの先端からは、目では見ることができない円錐に渦を描く風が放たれた。
その風は今にも村人たちを襲おうとしていたミミズの巨体を後方へと押し除け、その体を削っていく。
悲鳴はない。だが、血を撒き散らしながら暴れる様は苦しんでいるのだと理解するのには十分だった。
「退け! 巻き込まれても承知できんぞ!」
怯えて蹲っていた者、転んでしまっていた者、転んだ者を助けようとした者。様々な者がいまだミミズの脅威から逃れ切っていなかったが、そんな者達へと声をかけつつ巨大ミミズへと駆けていく。
つい仰々しい言葉で指示を出してしまうが、これはもう癖だ。アルフレッドとして生きてきた時間が作り上げた結果なのだから、仕方ないと諦めるほかないだろう。
「できることならばもっと格好のつく武具で戦ってやりたかったが、すまぬな」
痛みで暴れるミミズの懐に潜り込み、全力の突きを放つ。
突き出したフォークはなんら抵抗を感じさせることなくミミズへと突き刺さり、その痛みによってミミズはさらに激しく暴れ出した。
「やはり長さが足りぬか。ふっ、当然だな」
だが、暴れはしたものの、言ってしまえばそれだけだ。大して血が流れることもなく、動きを邪魔することもない。
だが、わかっていたことだ。あの巨体であれば、フォークを刺されたところで大した怪我ではないだろう。人で言うならば、腹に楊枝が刺さった程度か。痛いことは痛いが、死ぬほどではない怪我。
であればどう倒すのか。また魔法を放つか。それでもいいが、だがまだ試していないことが——
「オラアア!」
と考えたところで、不意に気合いの込められた叫びと共に人が降ってきた。
どうやら男のようだが、その手には大きな剣が握られている。剣、と言っても、鍛治師が作るような洗練された見た目ではなく、ただただ大きく頑丈そうだが無骨な剣だ。
そんな無骨な剣を握った男が空から降ってきて、巨大なミミズの頭部に剣を叩きつけた。
ドンッと重々しい衝撃を感じさせるような音が響き、ミミズはその身体をのけぞらせて後ろへと倒れた。
だが、剣で切り掛かったにしては傷がない。あの見た目の件なのだから切れ味は期待できないだろうが、それにしても血の一滴すら出ないというのはおかしいが、それだけあのミミズの体が丈夫だということだ。
それを考えると、俺の武具はリーチこそ足りないが、攻撃力や貫通力という意味では十分なものを備えていると言えるだろう。
「てめえら! 倒れたぞ!」
「「「おう!」」」
空から降ってきた男の言葉に応えるように、いつの間にかやってき程た者達は声を揃えて叫び、各々武具を手にしてミミズへと駆けて行った。
あの者らは何者だ、と思ったが、おそらくはこの村の自警団なのだろう。
それからの戦いは、闘いとすら呼べないような一方的なものだった。
倒れたミミズになれた動きで連携して鎖を巻きつけ、それを地面に固定することで動きを止めた。
縛られたミミズは暴れ出そうと地面の中に埋まっていた残りの体を出したが、その前に大きく開いた口の中に自警団の者達の武具が刃を突き立てた。
そして、それだけにとどまらず自警団のうち数人がミミズの口の中へと入っていった。
一見すると自分から食べられに行ったようにしか見えない行為だが、直後、その行為の結果が現れた。
おそらくは体表に比べて柔らかい口の中から攻撃したのだろう。それが滅多刺しにしたのか首を落とすように切ったのかはわからないが、ともかくその攻撃によって、ミミズは大きく跳ねたのちに動きを止めた。
「っしゃあ! 俺たちの勝利だ!」
「「「うおおおおっ!」」」
完全に巨大ミミズが動きを止めたことで、空から降ってきた男が叫び、それに続いて先頭に参加した者達が勝鬨をあげる。
どうやら、もう俺のやることはないようだ。そう判断し、その場を去ろうとしたのだが……
「おいてめえ。どこいくつもりだ?」
「……何か用か?」
「ああ」
話しかけてきた人物は先ほど空から降ってきた地喰い蚯蚓へと切り掛かった男。
だが、その態度はあまり友好的とは思えないように感じる。俺の姿を見るなり上から下へと視線を巡らせ、訝しむように眉を寄せている。
そして何を思ったのか、一際眉を寄せると俺のことを見つめ……
「あんたのおかげだ。まじで助かった。今回は誰も犠牲にならずに済んだ。ありがとう」
感謝の言葉と共に頭を下げてきた。その様子からはまだどこか硬い雰囲気が感じられるが、村などこんなものだろう。武力を持った初対面の人間が自分達の領域にやって来たのだから、警戒するのは当然のことだ。
「気にするな。貴族としての責務を果たしたまでだ」
「貴族?」
「あ……」
言ってから思い出したが、そういえば俺はもう貴族ではないのだったな。
これからは気をつけなければ。貴族を僭称したとなれば、捕まることとなってもおかしくはない。と言うよりも、捕まって当然だ。
慣れというのは早々に変えられるものでもないが、こればかりは変えなくてはまずいか。
だが、そんな俺の考えをよそに、男は先ほどまでとは違う雰囲気を放ち始めた。
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