第15話これからどうしよう……

 ——◆◇◆◇——


「さて、これから何をしたものか……」


 全ての準備を終えて家を出たが、元々どこかに行く予定があったわけでもないために何をすればいいのかわからない。


 こちらに転生してきた『俺』が思っていたように色々と見て回りたいのは確かだが、それもどこに行けばいいのか、どう見て回るのかなんて何もわかってはいない。

 強いて言うなら、以前気分転換で作った『異世界旅のしおり(実行予定なし)』の妄想通りに動くくらいか。


「ひとまず、この街を離れるか」


 今後どう行動するかは決まっていないが、この場に留まり続けては家の金を使い込んだのがバレた時が面倒だ。おそらく俺を捕まえようとするだろう。責任を取らせるのか、これ以上何も出来ないようにするのかはわからないが。


 それに、父の件を抜きにしてもこの地を離れる必要がある。

 一応オルドスとシルル様には三日後に贈り物が届くように手配しておいたが、受け取れば私が家を追い出されたことを知ることとなる。

 そうなれば、私のことを探し出そうとするやもしれない。もう貴族は辞めたのだ。捕まるつもりはないし、少しでも遠くにいくべきだろう。


 本当ならば、与えられた一週間で色々と準備している間に行き先や手段を決めておくべきだったのだろう。そうすれば、どこに行くのかなんて悩む必要はなく、速やかに行動に移れたはずだ。


 それは意識して決めなかったわけではないのだが、おそらくは『私』の残骸が拒んだんだろうな。

 この家を出てどこに行くのか。そこまで決めてしまうと本当にもう戻れないような気がして、無意識的に行き先を決めることを避けていたのだと思う。

 結局、そんな足掻きをしたところでこうして追い出されたわけだが。


「目指すは……ああ、海でいいか」


 目指す場所などないので、とりあえず思いついたことを口にしてみる。

 自由を得た者が海に行くなど、ありきたりな考えかもしれない。だが、現実なんてそんなものだろうし、それでいいんだろう。何せ、今の私は行くあてなんてない旅人。自由なんだから、思うがままに行けばいいんだ。


「しかし、私はこれからどうなるのだろうな」


 海に向かうと決めて歩き出したはいいが、特に目的があるわけでもないのでどうしたってそんなことを考えてしまう。

 周りの人々は笑顔を浮かべて今を楽しんでいる。その中で暗い雰囲気を纏っている俺は、はたから見れば異物感があるかもしれない。


「ああそうだ。もう貴族ではなくなったのだ。であれば、私などと言う呼び方はやめるべきか」


 心の中ではすでに私ではなく俺になっていたが、口から出てくる言葉は〝私〟だった。これは、これまでの習慣として仕方のないものだろう。


「『私』はもう死んだのだ。ならば、今後口にすべきは『俺』だな。……ふむ。こうも堂々と口にするのは懐かしいものだ」


 自室では時々『俺』として振る舞っていたが、それはあくまでも人目のつかない範囲でだ。周囲に多くの人がいるのにもかかわらず堂々と素の『俺』を出すのは久しぶり……というか、記憶を取り戻してから初めてのことだ。


「しかし……腹が減ったな。どこか食事処は——」


 歩き始めてから数分経ったところで、不意に空腹感を感じた。

 そういえば、家を出る準備はしてきたが、出てくる前に何かを食べてくることはしなかったな。

 一応朝食はとったのだが、ストレスによる空腹だろうか?


 なんにしても、これからこの街を出ていくわけだがこのまま出ていくというわけにはいかない。


 だが、腹が減ったからといって自然と貴族が通うようなそれなりに値の張る食事処を探そうとして、首を横に振った。


「いや、やめておこう。金はあるが、いつ尽きるかわからん状況では、あまり使わんほうが良いだろう」


 資金は大量に持ち出してきた。換金できる宝石類もそれなりにある。いざとなれば、知り合いの商会に預けた金を引き出せばなんとかなるだろう。

 だが、道中でどんなことがありどれだけの金が必要になるかわからない。もしかしたら、今後進む道によっては、普通ではあり得ないような大金を支払うこともあり得るかもしれない。

 それを考えると、今後の方針を決めるまでは無駄遣いをしない方が賢明だろう。


 しかし、言葉遣いもだが、こうしたちょっとした意識を切り替えるというのは難しいな。俺の場合は『俺』としての記憶があるから完全に貴族としての思考に染まりきっていないで済んでいるが、アルフレッドだけの状態であれば悲惨なことになったかもしれないな。


 まあいい。高い食事処なんかではなく、その辺にある屋台で済ませるとしよう。どうせ、これからはそういった食事も増えることになるのだから。

 それに、懐かしくていいじゃないか。


「買ったはものの……品がないな」


 串に刺さったままの肉をそのまま齧り付くなど、貴族としての生活ではあり得ないような行いだ。

 だが、昔の『俺』は屋台で買ってその場で食べるということをよくやっていた。誰だってやったことはあるだろう。祭りの時は当然で、コンビニのホットスナック類も買ってそのまま食べるということがあるはずだ。

 実際、『俺』だってやっていた。にもかかわらず、〝品がない〟なんて思うということは、随分と貴族としての生活に染まっているようだ。だが当然だろう。そうなるように生きてきたのだから。


 まあ、もう自身の振る舞いについてそこまで気にする必要もないのだ。食べたいように食べればいい。そう思いながら齧り付いた。……美味しいな。

 味としては貴族の料理の方が美味しいは美味しい。調味料や技術が発展しているのは現代の地球の方だが、あちらの庶民の味とこちらの貴族の味では、さすがにこちらの方が上だ。

 だが、そんな貴族の味に慣れた俺でも、この味は素直に美味しいと思う。

 一口に味と言っても、それぞれ方向性が違うのだ。貴族としての味は、純粋に美味しいもの。こちらは食べやすい味というか、親しみやすい味だろうか。ありていいいえばジャンクフードである。どちらもそれぞれ良さがあり、どちらも等しく『美味しい』のだ。


 さて、そんなわけで軽く腹ごしらえをしたわけだが、そろそろ出るとしよう。

 街から街へ、あるいは村へと移動するには、馬や馬車を使用するのが一般的だ。馬といっても、動物の『馬』に限定するわけではないし、馬車も同じくだ。曳く生物は馬だけではなくそれに適した魔物や錬金術で生み出したゴーレムの類がある。

 それらは移動速度や最大積載量によって値段が変わるが、探せばそこらで売っているものだ。この町で買って、次の街で売るということもできるし、そうしている者はそれなりにいる。


 あるいは、そこまで金がない者や手間をかけたくない者は、乗合馬車を使用する。

 こちらは余計な手間がかからず、自身で操縦をする必要がない代わりに、他の者と同じ空間で生活しなければならず、移動中はさほど自由がない。

 その上、出発時間も自分で決めることができず、予定通りに進まないことがある。


 それらを考慮してどちらがいいのかと考えるわけだが、俺は今回そのどちらでもない手段で進むことにしている。

 どちらでもない手段。つまりは乗り物を使わない方法——徒歩だ。

 徒歩といっても、実際に歩くのではなく走るわけだが、まあ移動手段の表現としては〝徒歩〟だろう。


 どうして徒歩で進むのかといったら、乗合馬車は時間があったものがあるのかわからず、移動も自分の自由にはできないから。

 それから、今はあまり人と一緒にいたくはない。今しばらく一人で考える時間が欲しいのだ。


 ではどうして馬を借りないのかといったら、そんなのは自分で走った方が速いからだ。


 俺の魔創具は、見た目こそ気に入らない失敗作だが、その能力は聖剣や神器にも劣らないと自負している。

 紋様を刻んだことで俺の体はすでに強化されているし、魔創具の効果の中には身体能力をさらに強化する効果もある。

 なので、魔創具を使用すれば馬よりもはるかに速く走ることができる。……もっとも、この方法には大きな欠点があるのだが。

 それは、魔創具を使用中は、当たり前だが魔創具を常に発現させ続けなければならないということだ。


 俺が家を追い出される原因となった『フォーク』をずっと使っていないといけないというのは、今の俺には少し心にクるものがある。


 だが、これもある意味いい機会だ。どうせ今後はこの魔創具で活動していかなくてはならないのだから、『フォーク』に慣れておくのはいいことだ。嫌々だったとしても、無理矢理にでも使い続ければそのうちには使用するかどうかで迷うこともなくなるだろう。


「さて、それでは走るとするか」


 そう呟くと同時に手のひらの中に魔創具であるフォークを生成。


「……何度見ても、頼りないことこの上ないな」


 一応鎧となるはずだった布……テーブルクロスと呼ばれたあれは、元々『鎧』が『身に纏う布』として変質したのだから、マントとして使えないこともない。

 だが、今はこのフォークの力を確認するために、マントは使用せずにフォークだけで走ることにした。


「性能は想定通りだな」


 魔創具に込められた能力を発動させて身体能力を強化し、走る。

 その速さは想定していた通り、まさしく風になったかのように走ることができた。

 体が無理をしている感じはないし、疲れることもない。これならばあと数時間は余裕で走り続けることができるだろう。


 ……これで形さえまともならばなんの文句もなかったのだがな。


 いや、それはもう過ぎたことだ。形なんて、今更どうしようもないのだから嘆いたところで意味はない。


 どうしても頭の中によぎってしまう考えを振り払い、フォークの能力を確認しながらひたすらに街道を走り続けた。

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