第14話ミリオラの困惑

 

 ——◆◇◆◇——


 五日後。すでにあらかたの準備を終え、あとは家を出るだけとなったのだが、その前にミリオラ殿下に会わなければならない。


「これで、この学校とも別れか……。これまで、真面目にやってきたつもりであったのだがな……いや、他者から見れば悪童の類か」


 今までの自身の行いを思い返し、クツクツと笑いをこぼす。


「アルフレッド様……?」


 他の者たちはすでに授業でいない中、殿下に会うべく校舎へと向かっていたのだが、そこで背後から声をかけられた。

 この時間にここにいると言うことは、どうやら殿下は今日魔創具の儀式を行うようで、今から刻印堂に向かうのだろう。

 まさか今日だとは思っていなかったが、ちょうど良いといえばちょうどいい、か。


「殿下? ……これから儀式を?」

「あ、え、ええ。その……アルフレッド様は、もうよろしいのですか?」


 言葉を濁しているが、おそらくは魔創具の失敗について案じているのだろう。


「はい。問題なく、とは言い難いですが、やっていく覚悟はできました」


 覚悟とはいっても、貴族としてではなく、平民としてやっていく覚悟ではあるが。

 だが、どうやらミリオラ殿下は私達の事情を知らされていないようである。大方儀式の妨げとなってはならないと、心を乱すような事は知らされていないのだろう。

 であれば、私から何かを言う事はやめておいた方が良い。

 そう判断し、ミリオラ殿下には何も言うことなく普段通りに会話を続けることとした。


「そう、ですか……」


 そんな私を見て、何を感じたのだろうか。殿下は眉を寄せ、唇を強く結んでしまった。見れば、体の前で組んでいた両手は力を込めて握られている。

 おそらくは、儀式の失敗を考えてしまっているのだろうと思われる。私達は仲が良くないとはいえ婚約者だ。流石に、自身の婚約者がの身に事故が起きたとあっては人ごとではいられないのだろう。自分も失敗したら、自分にも事故が起こったら、と考えれば、その反応も当然のものだ。


「……あなたなら大丈夫だ。積み重ねた時間は、裏切りません」


 しかし、大丈夫だ。殿下であれば、失敗などするはずがない。これまでの殿下の努力は知っている。刻む紋様も、以前見せていただいたことがあった。あれから改良をしたとしても、城の技師が確認しただろうし、大きな問題はないはずだ。多少の緊張があったとしても、殿下の実力であれば失敗する事はないだろう。


 万が一失敗するとしたら、私と同じように誰ぞからの横槍が入ることだが……それも問題ない。

 万全の状態だったはずなのに一度事故が起こったのだ。もう一度がないようにするために、今度こそ万全の状態にしてあるだろう。だからこそ、事故など起こらない。


 それに、私も対策は講じてきた。一応とはいえ、婚約者なのだ。身を挺してでも防がなければならないからな。

 ……いや、違うな。防がなければならないのではなく、防ぎたいのだな。今の関係はお世辞にもうまくいっているとは言い難いが、殿下のことを嫌っているわけではなかった。むしろ好ましいと感じていたのだ。それが恋心ではなかったとしても。

 それに何より、婚約者である殿下を守るのは私の義務であろう? それがたとえ、あと一日しか続かぬ間柄であったのだとしてもな。


「もし不安があるのでしたら、こちらを」


 私はそう言いながら準備した殿下への贈り物を差し出すことにした。本来であれば儀式の数日前には渡しておきたかったのだが、こればかりは仕方ない。


「こ、これは……?」

「結界の魔法具です。これがあれば、万が一建物が崩落することがあっても問題ありません。もっとも、急拵えですので見た目にまで気を配る事はできませんでしたが。未熟な品をお渡しすることをお許しください」


 そう。たった今渡した指輪こそが、私が『アルフレッド・トライデン』として最後にこなすべき仕事として用意した贈り物。

 所有者の危険を感知し、自動で発動する守護の結界を発動する魔法具。これがあれば、たとえ建物そのものが崩壊しようが、ドラゴンがブレスを放とうが、一度きりではあるが大抵の物理的な衝撃から守ることができる。


 多少値が張る素材を使ったが、私が自身の紋血を作る際に集めたものの〝ハズレ〟であったので私自身の懐は痛くない。


「え……」

「では、私はこれにて失礼をさせていただき——」

「待ってください!」


 これから儀式ということで、心を乱さないために直接別れの挨拶はできなかったが、後で手紙でも送れば最低限の礼儀は尽くしたはずだと考えてその場を去ろうとしたのだが、ミリオラ殿下に呼び止められてしまった。それも、普段にはないような大声で。


「あ、えっと……こ、このようなものがあるのでしたら、先日の件は防げたのではないでしょうか?」


 確かにそれがあれば私は失敗などしなかっただろう。だが……


「あの時は用意していませんでした。まさか、部屋が爆発するなどとは思ってもみず。準備不足が露呈してしまい、お恥ずかしい限りです」

「では、なぜこれを?」

「休養中に用意いたしました。また、同じことがあっては問題ですので」

「それは……」


 殿下は一瞬だけ躊躇ったような様子を見せたあと、ぎゅっと手に力を込めてから私のことをまっすぐ見つめて問いかけてきた。


「それは、なぜですか? 私は……あなたにこのようなことをしてもらう存在ではないはずなのに」

「なぜ、と申されましても、私は殿下の婚約者ですので。貴方をお守りするために動くことは、さほどおかしなことではないと思われますが?」


 私の言葉に目を丸くする殿下。それほどおかしな事だろうかと思ったが、今までの殿下へのあたりを考えればそう思われるのも当然といったところだろう。


「そちらは、一度きりしか使えませんが、本日は使わずとも十年ほどは効果が続くと思われます。ですので、いずれ役に立つこともあるかと存じます」


 指輪を受け取ろうとしない殿下だったが、無礼ではあるものの殿下の手を取り、その手に指輪の入った箱を握らせる。あとは使うも使わぬも殿下次第。だが、おそらくはこのまま刻印堂に入るものと思われる。ならば、身につけていなくとも効果自体は発揮するはずだ。問題ない。


「それでは、これにて失礼をさせていただきます」

「あ……ま、待って! なぜっ……。このような気遣いができるのなら、なぜ今まで他者を虐げてきたのですか!? なぜあなたは、優しくしなかったのですか!」

「……あなたと他者が同等の扱いを受けるとお思いですか? 身分が違うのですから、私の態度はそうおかしなものではなかったのではないでしょうか?」

「それは……」

「ですが、これからは私も変わっていかなければならないかもしれないとは思っております。今まで不快にさせ、申し訳ありませんでした」


 一瞬言おうと思ったが、それを言えば殿下の心を乱すことになりかねない。その結果失敗してしまえば、私は自身の行いを悔いることになるだろう。


「え……あ、ええ?」


 私の殊勝な態度に困惑した様子を見せるミリオラ殿下だが、これ以上は構う必要もない。

 最後の仕事を終えた私は、学園から家へと戻り、父に挨拶をしてからトライデン家を出て行った。


 ……これで、もう二度とこの場所へやってくる事はないだろう。

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