第13話最後にやるべきこと

 ——◆◇◆◇——


「アルフレッド様!」


 父の執務室から出た私は、自身の部屋に戻ろうと歩き出したのだが、そこで声をかける者が現れた。私につけられた専属の従者であるリエラだ。

 私は誰に言うでもなくこちらに戻ってきたはずなのに、学園についてきていた彼女がどうして……ああ、そうか。謹慎中はこちらに戻していたのだったな。そして、謹慎が明けてすぐに私はこちらに来たからここで合流することとなったわけだ。


「……ああ、リエラか。どうした?」

「どうしたではございません! なぜアルフレッド様が廃嫡になどなるのですか!」

「それは……はっ。知ってるだろ? 俺の魔創具が——」

「魔創具がなんだというのですか! あなた様こそ我々の主として相応しいと皆そう思っているのです! 孤児の保護に仕事の斡旋に治療院の後ろ盾。領民達は誰もがあなた様に感謝しております。私とて、あなた様の慈悲に救われた一人です! アルフレッド様以上に当主として相応しい方などおりません!」

「だが、それは普通の貴族の話だろう? 『トライデンの当主』としては相応しくない」


 リエラが私のために怒っているという事は理解できる。

 だが、もういいのだ。すでに、私の心は諦めてしまっているのだから。今更誰が何を言おうと、どう動こうと…………どうでもいい。


「父の言うこともわかるのだ。ここで私が足掻いたところで、将来的にトライデン家の害にしかならないとな。他の貴族は私のことを見下すだろう。表面上は事故を憐れみつつもな。だから……だから、俺はここに居ちゃいけないんだ」


 諦めはした。だが、まだそのことを心の底から受け入れたわけではないのだろう。当たり前と言えば当たり前の話だ。自身のこれまでを、人生を否定され、それをすぐに受け入れることができる者などいるはずがないのだから。


 しかし、だからだろう。普段通り冷静な態度で理解しているんだと言いながらも、言葉を乱してしまったのは。


「ですが——」

「黙れ!」


 尚も言い募ろうとしたリエラだったが、そんな彼女の言葉を遮り、怒鳴る。そして——


「リエラ、お前を、俺の専属から解雇し、以後、許可なく話しかけることを禁ずる。通常業務に専念せよ」


 アルフレッド・トライデンとして、彼女に最後の命令を下した。


「——ありがとう」


 私はこの家を去ることになる。だが、それを惜しんでくれた者がいたのだと分かって、ほんの僅かではあったが心が軽くなった。


 そのことに対して、そして、これまでの彼女の働きに対して小さく感謝を述べ、私は自身の部屋へと向かった。


 ——◆◇◆◇——


「——前向きに考えるべきだ。生まれ変わったのだと理解した直後は、貴族なんてやめて旅に出たいと思っていたじゃないか。もしかしたらいつかは、と思いながら、気分転換がてら冒険に出る準備もしていたんだ。生きていけないことは、ないはずだ」


 貴族として生きると決めた以上は来ないとわかっていた『今』を想い、この状況に備えて準備をしていた。具体的には王国内の各地にある商会や孤児院などに金をばら撒いて拠点となりうる場所を作り、傭兵ギルドの一つと親しくし、平民でも使える繋がりを作っていた。そうしてここをこうすればこんな暮らしができる。いや、こうするのも捨て難いと、妄想しながら色々と手を出していた。

 使うつもりなどない。ただの妄想の足しにしていただけだったが、これを使えば死ぬ事はないどころか、真っ当な生活を送ることができるだろう——平民として、ではあるが。


「今後は家に縛られることがなくなったのだ。であれば、私は自由に生きることができる。そう、考えよう。そうすべきだ」


 自身に言い聞かせるように呟き、私は今後やるべきことを考えていく。

 その中で、一つ思い出した、というよりも思い浮かんだ事があった。


「ああそうだ。殿下に贈り物でもするべきか? 一応とはいえ婚約者だったのだ。こちらの事情で切るにしても、詫びの一つくらい必要であろう」


 その辺りの事は父がやるだろうが、アルフレッド個人として渡しておいても問題ないだろう。このまま何にもなしに分かれるのでは、不義理がすぎる。

 もっとも、ミリオラ殿下は俺からの贈り物など喜びはしないだろうが……ああそうか。ロイドが選ばれたのも、その辺りの理由かもしれないな。ミリオラ殿下と仲が良いから。

 確かに、他の分家から人を持ってきたところで、ミリオラ殿下の気はロイドに向かっているのだから上手くいくとは言い入れない。であれば、初めから親しいロイドを持ってきた方が面倒がなくていい。そう考えたのかもしれない。


 ……だが、その辺りの事情はもう俺にとってはどうでもいいことだな。今は、『アルフレッド・トライデン』が最後にやるべき仕事について考えよう。


「しかし、何を贈るか。家具や服は一週間では足りないが、かといって既製品ではな……」


 王女に限らず、王族や高位貴族に贈り物をするのに既製品ではならない。よほど珍しいものであれば問題ないのだが、そんなものがそこらに転がっているわけがない。

 しかし、だからといって新たに発注するにしても、贈り物として相応しい工房は短くとも一月は待つこととなる。とてもではないが間に合わない。


「——ああ、そうか。そうだな。ちょうど素材もあるし、護身用の魔法具でも作るか」


 ふと机の上に置かれていた素材が目についたのでそれもいいなと思ったのだが、口に出してみるとなかなかに良い考えのように思えた。これならば既製品ではないし、それなりに価値がある。ちょっとした贈り物としては十分だろう。


「それから、オルドスとシルル様にも送るか。よくしてもらったからな」


 魔法具を作るのは、それなりに手間も時間も金もかかる。

 だが問題ない。学園に通う必要がなくなった私には時間があり、金もある。そもそも材料ならいくらでも残っているのだ。ならば問題なくできるはずだ。


「——ああそうだ。それから、これまで交流のあった商会達にも連絡をしなければならないか。特に大きな取引があったと言うわけでもないが、いきなり連絡が途絶えたら心配もするだろう。教会も、連絡もなくいきなり支援が打ち切られるとなれば混乱するはずだ」


 あとは傭兵ギルド『バイデント』にも連絡入れておくか。あそことは何か取引があったわけじゃないけど、色々とよくしてもらったからな。施設を借りたり、兵力を借りたり、問題解決をしてもらったり、まあ色々だ。

 特別何かを贈る必要はないだろうが、最後に別れの手紙の一つも出さないのは不義理だろう。


「……せっかくだ。まだ嫡男としての権限があるうちに、やらかしておくか。どうせ俺はもうこの家から追い出されるんだ。好き勝手やったところで、関係ない」


 以前までは、家の衰退に繋がりかねない行動は『私』が止めていたんだが、今はそう言ったことに対する制限が外れている。それだけ『私』が薄くなったからだろうが、俺のやろうとしていることを考えれば好都合である。


 もっとも、好き勝手やると言っても流石に家を潰すつもりはない。トライデン家が破綻するようなことがあれば民が傷つき、国も不安定になる。それは流石に『私』が許さないし、『俺』としてもそうはなってほしくない。

 なので、やるのはちょこっと金をばら撒いたり、トライデン家の支払いでどこかに寄付をしたりするくらいだ。

 私が動かせる金は少ないが、次期当主の印章はまだ手元にあるのだ。それを使えば借金をすることくらいはできる。


 まあ、返済で一気に金が消えることになるのだから一時的には大変だろうが、私財を投げ打って民を救おうとしたと言えばトライデン家の名声は高まるだろう。戦場だけではなく、貴族にふさわしい貴族として呼ばれるようになり、うまくやれば以前よりも裕福になることさえできると思う。


 とはいえ、その辺りは当主の手腕次第だが、『トライデン』という名前がある以上はよほど下手を打たない限りは難しくはないはずだ。


 というわけで、何を贈るかな。単純に考えれば、商会で買ったものを各孤児院や教会に届けさせる、というのが一番か? 服も食べ物も、どれだけあっても足りないだろうからな。家具も古くなるものだし、建物だっていつかは崩れる。孤児院のように常に金のない場所であれば建物の修復なんてしてる余裕はないだろうし、中には今にも壊れそうなくらいボロい場所もあると聞いていた。


 ……そうだな。建物でいくか。今まではそれなりの大金を使うことになるので手が出なかったが、今ならいける。

 知り合いの商会に全部投げておけば、あとは完璧にやってくれるだろう。渡した金をそのまま持ち逃げされることもないはずだ。気まぐれとはいえ、付き合う者は選んだつもりだからな。


 贈り物について考えをまとめると、最後に私が『アルフレッド・トライデン』としてやるべき仕事を果たすべく、準備に取り掛かった。

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