第17話ありがとうございました!

 

「あんた、貴族なのか?」

「……いや、違う」


 なんだか不穏な気配を放ち始めた男を前に、何やら雲行きが怪しいと感じた俺は男の言葉を否定する。

 だが、一度貴族と口にしてしまったのだ。今更否定したところで遅かった。


「違うこたあねえだろ。まあそうかもしれねえとは思っちゃいたが、そんな話し方にその服。どっかの貴族の金持ちだろ」

「……」


 その声には怒りや嫌悪感が隠されもしていなかった。

 ここで俺がなんと答えようとも良い結果になるとは思えず、俺はただ黙って話を聞くしかない。


「正直、オレァ貴族なんてえのはクソみてえな奴らしかいねえんだと思ってる。人の金を理由をつけて奪っていくくせに、自分達は贅沢な暮らししやがって、ってな。ちっとでもなんかあれば難癖つけて俺達を攻撃してくる奴の話なんざ、どこでだって落ちてる話だ」


 この男の言うように、今のこの国の貴族というのは、本来の在り方からズレている。

 自身の欲を満たすために他者を傷つけ、踏み躙る。それはあってはならないことだ。

 だが現実として、そんなことが罷り通ってしまっている。あってはならないことだが、ありふれたことでもあるのだ。


「この村だって、守ってもらえるからこそここにいるってのに、国が誰か戦力をここに置くことはしてくれねえ。駆けつけんは、いつだって最悪の状況になってっからだ。それなのに、守ってやってんだから税をよこせってんで金を奪っていく。そんな奴らが貴族で、そんな奴らしかいねえと思ってた」


 先の言葉で、この男は「今回は誰も死なずに済んだ」と言っていた。それは、いつもは誰かしらの犠牲があると言うことだ。

 王都の近く。兵士や騎士に守ってもらえるからこそこの位置に村があると言うのに、守ってもらえない。


 確かに、村が崩壊するようなことは起こらないし、王都が近いのだから賊は寄り付かない。それを考えると、『守っている』という言葉は必ずしも嘘であるとは言えないだろう。


 だがそれでも、犠牲は出ている。全てを完璧に守ることは不可能だろうと理解しているし、常に戦力を置いておくことは出費や管理の関係からできないというのも理解できる。

 だが、当人達にとってはそんなことは関係ない。誰かが死んだという事実だけが残るのだ。

 守ってもらえないのに税だけ奪われる。そんな認識でも仕方ないだろうし、そこにはなんとも言い難い、俺ではわからない感情が渦巻いていることだろう。


 実際、もっと上手くやろうと思えばできるのだ。政に関わる者達が自身の欲を捨て、ただ政治家としての機能を果たすために動けば、出費だ管理だと騒ぐこともなく、周囲の村に定期的に人を派遣することも、常駐させることもできる。


 それをしていないのは、ひとえに政に関わる上層部の腐敗のせい。


「だが、あんたはちげえんだな」


 その言葉は、俺〝達〟の生き様を、覚悟を認めてもらえたように思えた。


「……貴族とは、民を守り、国を守る存在でなくてはならない。民があってこその国であり、民があってこそ我ら貴族の生活が成り立つ。民がいなければ家も服も食事も、全てが手に入らないのだから。なればこそ、貴族は民を守るために動かなければならん。私心を滅し、国のために、民の幸福のためを第一に考える。それが政に携わる者の在り方だ」


 だからだろう。その言葉を嬉しいと思ったからこそ、俺はこんな『貴族の在り方』なんて話しているんだろう。たとえその内容が、〝そうであって欲しい〟と俺が勝手に思っている、独りよがりな押し付けなのだと理解していても。


「……だが、すまぬな。我らの行いによってそなたらを苦しめたことは心苦しく思う。貴族の非道、外道。貴族に対する全ての誹りを受け止めよう」


 そして、そんな想いを理解してもらえたと思ったからこそ、他の貴族達の振る舞いを申し訳なく思う。

 それによってこの者らが受けたであろう傷を、失ったであろうものを思う。


「なんつーか、調子狂うな。確かに貴族はきれえだが、あんたに言うことなんて何もねえよ。俺達にとって、あんたは貴族じゃなくて恩人だ。だから、あー……感謝してる。思うのなんざ、それだけだ」


 男は俺の言葉に対し、複雑そうな笑みを浮かべて頭を下げてきた。


「そうか……」

「ああ。……あんたみてえな貴族ばっかなら、俺達ももうちっと幸せな暮らしってやつができんのかね」

「……すまぬな」


 俺に話しかけたわけではない。ただつい溢れてしまったような男の言葉だったが、だからこそそれは本心からの言葉であるのだと理解でき、俺はただ謝ることしかできなかった。


「あ? ああ、愚痴ったわけじゃあねえんだ。いや、愚痴なんだが、あんたに言ったわけじゃねえ」


 自分の言葉でおかしな空気になったと思ったのだろう。男は誤魔化すようにボリボリとかくように後頭部に手を当てて、息を吐き出してから改めてこちらに向き直った。


「まあ、あれだ。まじで助かったよ。だが、ひとつ言わせてくれ。確かに助かったが、魔法使いが前に出るなんざ何考えてんだ。自分が囮になるつもりだったのかもしんねえが、やめとけよ。そんなんやってっと、命がいくつあっても足んねえぞ」


 頭を上げてこちらを見た男は、心配そうな表情をしながら忠告をしてきた。その言葉は善意によるものなんだろうが……


「魔法使い? 俺がか?」


 確かに魔法を使いはしたが、俺は魔法使いというわけではないのだがな。


「あ? ちげえのか? なんかすげえ攻撃してたが、ありゃあ魔法だろ? 持ってた武器も短え杖だったろ?」

「ああ……。いや、あれは……」


 違う。そう言おうと思ったのだが、そういえば俺が持っていた武器はフォークなのだった。

 武具にフォークなどというものを選ぶ者はそうそういない上、敵と戦うことに用いたのだからなおのことフォークという食器を使っていたとは思えないだろう。

 それを考えると、杖と誤認したのも理解できるか。


「どうした?」


 俺が言葉を止めたことで不思議そうな顔をした男だったが、杖ではなくフォークだ、などと訂正しても混乱するだけだろうし、わざわざしたいとも思わない。なので、そのまま勘違いさせたままで構わないか。


「いや、何。なんでもない。忠告感謝しよう」

「おう。……っと、今更だが、俺はクレスだ」

「俺はアルフ——」


 アルフレッドだ、と名乗ろうとしたが、自慢ではないがアルフレッド・トライデンというのはそれなりに名が通っている。それは貴族間だけのことだろうが、有名なのは事実だ。

 もしアルフレッドという名を名乗っていれば、何かあった時に見つかる可能性がある。


「アルフか。んじゃあ、アルフ。しつけーだろうが、改めてありがとな」


 追っ手がいるわけでもないからそこまで必死になって隠す必要もないかもしれないが、一応隠したほうがいいかもしれないなと思って言葉を止めたのだが、どうやらクレスは『アルフ』というのが俺の名であると誤解したようだ。

 だが、それでいいのかもしれない。名を隠すという意味でもだが、今までとは生き方を変えるという覚悟のような、人生の区切りとしてはちょうどいいだろうと思ったからだ。


「んで? あー、あんたはなんでこんなところに来たんだ? これから王都に向かう、って感じでもねえよな?」

「そうだな。王都から出てきたところだ。どこへ向かうかは……ひとまずは海だな」

「海? あー、魚がいるところか。またなんだってそんなところに? しかも、連れもいねえみてえだが」


 普通の貴族は馬車で移動し、何人もの供を連れているものだからな。身なりは貴族的とはいえ、一人で行動している俺は不思議な存在だろう。


 しかし、なぜ、か……。本当の理由は言うわけにはいかないし……


「……傷心旅行、と言ったところだ。たまには一人で旅をしたい気分の時もある」

「そうか。……まあ、あれだ。今日はこの村に泊まるのか?」

「いや、まだ余裕があるのでな。次の村へと進むつもりだ」


 時刻はまだ昼を少し回った程度。この分ならば、また走って進めば次の村へと辿り着くことができるはずだ。

 今は、できる限り王都から離れてしまいたい。ここでゆっくりしている余裕はないのだ。


「そうか。礼をするつもりだったんだが、無理に引き留めるのもわりぃか」

「気にするな。クレスの言葉が何よりの報酬だ」

「はっ。かっこつけんなぁ」


 俺がかっこつけて礼をことわったと思ったようでクレスは笑っているが、違う。俺は本当に嬉しかったのだ。


「まあ、しゃーねえ。ここを離れるってんなら止めねえ。だが、またここに来ることがあったら、そん時は礼の一つでもさせてくれ。村長の家にくりゃあ俺がいるだろうからな」

「長の家系だったのか」

「んな仰々しいもんでもねえけどな。まあ、そんなもんだ」


 クレスは照れたように少し顔を逸らした。

 だが、なるほど。最初に地喰い蚯蚓に攻撃をしたのは、戦う力があるからというだけではなく、むしろ逆か。戦う力があるから前に出たのではなく、戦うために力をつけたのだろう。長の子として、皆を守らなければならないから。


 きっと、そんな想いを感じ取ることができたからこそ、俺はここまでクレスに気を許したのだろう。


「まあ、そんじゃあ話もここまでとすっか。あんたのことだから問題ねえだろうが、きいつけろよ」

「ああ」


 最後にそう言葉を交わして俺は村を出て行こうとしたのだが、そこでふと気になったことがあった。

 今回は俺が助けに入ることができたが、次はどうなる? 今までは襲われる度に犠牲が出ていたみたいだが、また犠牲が出ることになるだろう。……それでいいのか?


 いいかと言われれば、良くはない。だが、俺に何ができる。ここに留まり続けるわけにはいかないし、守るために兵を用意するなんてこともできない。


 だが、この村の現状を知ってしまった以上は何かどうにかしてやりたいと思ってしまうのだ。


「どうした? 泊まりたくなったか?」


 考えを巡らせているといつの間にか足を止めていたようで、クレスが冗談めかしながら声をかけてきた。


「いや、一つだけ助言をしておこうかと思ってな」

「助言だあ?」

「村人を守りたいのであれば、魔法について勉強しろ」


 何をどうやって村人達を守るのか。その問題に答えを出した俺は、クレスへと振り返って話だす。

 クレスは身体強化の魔法を使っている。それは空から降ってきた動きを見ていればわかるし、傷をつけることこそ叶わなかったが、あれだけの巨体を倒すだけの攻撃を繰り出すことができていたことからもわかる。

 だが、それだけだ。おそらくはまともに習ったわけではないのだろう。この村に立ち寄った傭兵や騎士達などに教えてもらったのだろうが、その大半は自己流だと思われる。

 だからこそ強化できていても傷をつけることができなかった。効果は現れていたものの、正しいものではなかったから強化するにも限度があった。


 だから、ちゃんと学べばもっと楽に、安定して倒すことができるようになるだろう。


「そして、村人にも魔法を覚えさせろ。戦わせることが目的ではない。たとえ戦うことができぬ村人であろうとも、魔法という『武器』があれば、敵を前にしても怯えて立ちすくみ、逃げ遅れると言った無様を晒すことも減るであろう。それは、命を繋ぐことにつながる」


 村人達には『戦う術』と言う心の支えがないから怯える。それが実際には使い物にならないナイフだとしても、襲われた際に〝いざという時にこれを使えば〟という安心感があれば、危ない時であろうと冷静に動くことができるものだ。

 だからこその魔法。常に何かを持ち歩く必要はなく、努力して身につけたのだからこれさえあればどうにかなる、と安心を得ることができる。


「そりゃあ、まあ……。だが、魔法なんてどこで覚えりゃあいいんだよ。俺たちゃあお行儀よく学校に通うなんてこたあできねえぞ」

「ロンダール商会に行け。『路地裏の間抜けどもに用がある』と言えば、教師の一人くらいはよこすはずだ。最低でもなんらかの書は手に入るだろう」

「間抜けって……本当にそれでいいのかよ」

「構わん。それでダメなら俺の名を出せ。あそこの商会長とはそれなりに繋がりがある」


 ロンダール商会とは、『俺』が気分転換がてら投資した商会だ。

 それほど大きなところでもないが、元々弱小闇ギルドだった者達を取り込んで作った商会だけあって、裏にも表にも通じている使い勝手のいいところだ。今回のようなことであろうと受けてくれるだろう。


 もっとも、あらかじめ伝えて置いたわけでもないし、俺の名前も『アルフレッド』ではないので、実際に行ったら多少なりとも揉めるかもしれないが、最終的には理解してもらえるだろう。


 ここでこの繋がりを出すことは俺の痕跡を残すことになるが、だからどうした。ここで助けるべき民を見捨ててのうのうと生きたところで、そんな人生になんの価値がある。


「ではな」

「あ、おいっ」


 呼び止めるクレスの声を無視して、ここまで来た時と同じように再び手のひらの中にフォークを作り出した。


「アルフ様。ありがとうございました!」


 それは貴族的に見れば礼儀も何もあったものではない。ただ言葉と共に深く頭を下げただけ。

 だが、その言葉が、行為が、何よりも嬉しかった。


 そんなクレスの声を背に受け、俺は村から走り去っていった。

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