第9話魔創具の儀式
「——では行ってくる」
「はい。承知いたしました。儀式の成功をお待ちしております」
申請を行った翌日。従者のリエラに見送られて私は刻印堂の中へと進んでいく。
刻印堂の中はいくつもの小部屋に分かれており、その部屋一つ一つに特殊な結界が張ってある。
それは、儀式を邪魔しないようにするための守りの結界。建物のすべての部屋に架けられているので一つ一つは弱いが、壊そうと思って攻撃をしない限り壊れることはない。そのため、使用中に誤って誰かが入ることを防ぐ程度のことはできる。
そしてもう一つの効果が、刻印をするための空間作りだ。どちらかといえばこちらが本命の効果である。
刻印をする際、他者の魔力や余計な素材が混ざってはならないのだが、それは空気中に漂っている微細なものでさえも適用される。もし混ざってしまえば、本来想定していた効力を発揮することができなくなることもあり得る。
それを防ぐべく、この建物に張られた結界はそれら微細な〝余分〟が入らないよう、部屋全体を浄化し、儀式を守っているのだ。
貴族達は各々が自分たちが使用するための刻印堂、あるいは部屋を持っているのだが、貴族達と言ってもそれなりに位のある者達に限った話であり、下位の貴族や平民たちは持っていない。
そのため、学園に通っている者には刻印堂の使用が許可されている。
私の場合は領地にある本邸に行けばトライデン家の所有する刻印堂があり、そちらの方が効果は信頼できるのだが、そこまでする必要もあるまい。
そもそも学園で使用することができるのに使用しないとなると、何か理由があるのではと邪推される恐れもある。
そんな面倒を作るくらいならば、多少の違い程度には目を瞑るべきであろう。
そんなことを考えながら刻印堂の予約していた部屋へと入った私は、部屋の確認を行なっていく。
部屋の中には、すでにいくつもの荷物が置かれており、ともすれば散らかっているとも言えるような状態だった。
だが、これで良いのだ。これは昨夜のうちに使用人達を使って運び込ませた素材だ。これを錬成し、塗料と化して魔法を刻み込んでいくことになる。
「まずは道具の確認と行こうか」
口にする必要はないが、こうして口にすることでやることを明瞭にし、意識をそこに集中させる。
と言っても、もうすでに何度も道具類の確認はしているので不備はないが、万が一にでも忘れ物などがありでもしたら、困るなどという話では済まない。
故に、何度目であったとしても直前の確認は必要なことだ。
「さて、それでは始めるとするか」
部屋の中央に座り込んだ後、まずは制服を脱ぎ、上裸となる。
服を脱いだことで露わとなった両腕の肌には、すでにうっすらと線が引いてある。刻印の下書きだ。
あとは紋血を使いその線の通りに肌を彫って行けばいい。
「ぐっ……」
線を彫る、という言葉でわかるだろうが、刻印を刻むのは自身の体を傷つけることに他ならない。つまりは、痛みがあるということだ。
だからこそ、魔創具の刻印を刻むにしても、大抵の場合はただ道具を作り、そこにちょっとした効果を込める程度で終わる。少し炎を出したり、武具を丈夫にしたり、身体能力を引き上げたりといった、本当にちょっとした効果。
何せ自分の意思で自分の体を傷つけなければならないのだ。誰かにやってもらうわけにはいかず、しかもその際には痛み止めなどは使ってはならない。薬も魔法も、自身の体に余分な成分が入っていることには変わらないのだから、それが原因で刻印の効果がズレることもあり得る。
だからこそ、強力な魔創具を使えるものは賞賛される。強力だということはそれだけ多くの刻印を刻んだということであり、痛みに耐え抜いた強靭な精神を持っているということに他ならないから。
そして、今回私が刻むのは、手首の甲から心臓にかけての全てを使用するように設計された紋様。普通は手の甲から肘あたりまでなのだから、その多さが理解できるだろう。
しかもだ。それに加えて、逆側の腕もやる。単純に通常の四倍以上の量を刻むことになる。
辛いだろう。だが、それでもやると決めたのだ。
その紋様を彫るために、自身の体に刃を入れていく。
……
…………
……いったい、どれほどの時間が経っただろうか。
この部屋は周りのことを気にしなくてもいいようにと、時計の類はない。それどころか窓すらもないので、今がいったい何時なのかは全くわからない。
最初の想定では三時間程度で終わる予定のはずだが、想定よりも長引いている気がする。だが実際にはそんなことはないのかもしれない。練習の時以上に集中したおかげで、もしかしたら想定の半分くらいの時間しか経っていないかもしれない。
だが、外の時間がどうあれ、そんなものは今気にすることではない。今気にすべきは、この刻印の最終段階についてだ。もう刻印の大半は終わった。あとは仕上げの部分が残っているのみである。
「最後に、これまで刻んだ効果をまとめ上げ、一つの形にするための線を刻む」
そう口にし、再び自身の肌に刃を入れ、紋様を刻み始めた。ここは刻んだ効果をトライデントの形へと固定するための重要な部分。他の箇所であれば、多少魔法の効果に不具合が出る程度でどうにかなるが、ここで失敗すれば全てが意味をなくす。
故に、これまで以上に集中をして刻んでいかなければならない。
だが、その瞬間——
ドンッ! と体のそこに響くような轟音が刻印堂を蹂躙した。
「なっ——!」
何が起きた。そう思ったが、その衝撃と轟音の中でも持っていた道具を手放さなかったのは意地だろうか。
魔創具の紋様を刻む際、すでに一度入れた刃を止めることはできない。一度定着した刻印は容易く変えることはできないのだから。
ここで止めてしまえば、今線を入れた部分は完全に定着してしまい、効果が歪むこととなる。
だが、今の衝撃で線は歪まなかっただろうか。想定よりも内側に入っているような気がするが、それは果たして気のせいだろうか? 今は形を整えている段階だ。もしここで歪んでしまえば、私の魔創具はトライデントとはかけ離れた何かへと変容することと——
「——すうぅー………………ふぅ」
余計なことに頭を巡らせようとした心を強引に押さえつけ、一度深呼吸をすることで再び意識を刻印へと戻す。
線は歪んだかもしれない。だが、歪んでいないかもしれない。歪んだとしても、確認したところで意味はない。
であれば、なんの問題もないのだと、当初の予定通りに事を進めればいい。
それだけの話だ。問題があった時のことなど、そんなことは後になってから考えろ。阿呆が。
「アルフレッド様!」
刻印を続けると、外から何やら声が聞こえてくるが、気にしない。というよりも、そのようなことをしている余裕などない。
先ほどの爆発で舞い上がった土煙の中、余分なものが入らないようにと刻印を施しながら自身の周りに結界を張り、刻印を続ける。
ただでさえ気を使う作業であるにも関わらず魔法も同時に使わなくてはならないなど、普通の者ではできなかっただろう。だが、私は……アルフレッド・トライデンは天才だ。この程度、乗り切ってみせる。
そして、ついに——
「で、できた……」
刻印が完成した。
紋様を刻んだ痕はまだ傷として痛みを感じるが、数日もすれば落ち着くだろう。あとはこの刻印が想定通りの結果を出すことができれば、それで終わりである。
「おい! トライデン様が儀式を終えたようだぞ!」
「終えたって言っても、あの事故の中だったんだ。中断して失敗だろ」
「いや、でもさっきまで刻んでたみたいだし、成功したんじゃない?」
「あの中でか? すげえ……」
「ああ。流石は公爵家の神童だな」
外野が何か言ってるが、うるさい。
今はそんな言葉に反応している余裕がない。
本来、刻印を終えたあと数日は安静にした方が良いとされている。当然だ。自身の体に刃を入れて傷をつけたのだから。
刻印の能力を発動させるのも、最低でも三日は置いてからの方がいい。使用したところで歪むことはないが、それでもひどく痛むのだという。
だが、今の私はそれだけの時間を待っていることはできなかった。
何せ先ほどの爆発だ。
あの時は刻印の途中だったからと焦る心を無理やりに押さえつけたが、終わってみればその不安が徐々に強まっていき、私の心を締め付けていく。
故に、そんな不安を消し去ろうと、魔創具を生み出すべく刻印に魔力を通していく。
まだ傷が治っていないのにも関わらず刻印を起動させたことで、刻印が熱を持ち始め、全身がひどく痛む。
だが、そんなものは無視してしまえばいい。痛い。ただそれだけで他に害などはないのだから。
そうして、私の魔創具が手の中に出現したのだが……
「な、んだ……なんだ、これは……」
私の手の中にあるのは、持ち手となる棒があり、先端が三叉に分かれており、その先端が尖っている道具——フォークが握られていた。
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