第10話フォークとテーブルクロス
「ふ、フォーク?」
基本的な特徴は間違えていない。確かに先端が三叉に分かれた棒だ。
おそらく、線が歪んだことでサイズの指定の部分に影響が出たのだろう。後は全体的な攻撃性の部分も歪んだと思われる。
その結果が……このフォークである。………………ふざけるな。
「ならこっちは!?」
しかし、そんな役立たずのゴミを放り捨てながら、私はもう一つの刻印を起動させる。
本来は一つしか刻まないはずの魔創具ではあるが、私は二つの道具を刻んでいた。
そうすれば二つの道具を作り出すことができるようになり、とても便利ではある。だが、ほとんどの者は一つ分しか刻まない。
それは一つ刻むだけに比べて時間がかかるだけではなく、刻印する際の魔力の制御が難しくなるためだ。
実行するためには才能と努力が必要になるが、私にはそれができると確信していた。だからこそ、二つの紋様を刻んだ。
「ぬ、の……? ……よ、鎧は? 強靭な鎧はどうした! なんだこの薄っぺらな布は!」
思わずそう叫び、手に持っていた布——魔創具を地面へと叩きつけるが、それは布であるが故にひらりと空に舞って行った。
本来作るはずだったのは、どんな攻撃も防ぐ強靭で、重厚感のある鎧だった。
それがどうしたことだ。強靭さも重厚さも消え失せ、厚さが一センチすらないどころか、そもそも着るものですらないただの布が出来上がった。
あるいは、これはマントなのかもしれない。であれば、鎧から変質してこの形になったのも、理解できなくはない。身に纏う、という点では同じなのだから。
だが……トライデント——いや、フォークよりも酷い。鎧どころか服ですらないのだ。元の面影は全く消え失せている。
「——ぷっ」
地面に叩きつけたにもかかわらず、そんな私を馬鹿にするように舞い上がった布を呆然と見つめていると不意に笑いを漏らしてしまったような声が聞こえてきた。
その笑い声は、騒然とした中でもやけにハッキリと聞こえ、私はその声の主人へと顔を向けた。
「公爵家の魔創具がフォークだなんて、冗談だろう?」
「あれがフォークなら、そっちはテーブルクロスか?」
「フォークとテーブルクロスって……ぷぷ。お食事会でも始めるつもりなのかよ?」
最初は何を言われたのか気づかなかった。いや、理解できなかった。
だが、すぐに理解できるようになり……
「貴様ら!」
殴りかかった。
今までそのような感情に任せた暴力など奮ってこなかった。それは貴族に相応しい振る舞いではないから。
だが、この時だけは、この言葉だけは冷静に対処することなどできなかった。
私の感情任せの拳は、先ほどのふざけた言葉を吐き出した生徒——ロイドの頬を打ち抜く。
知らずのうちに魔力を込めていたようで、ロイドは派手に吹き飛ぶが、それでもロイドは苦痛ではなく悦楽を顔に浮かべていた。
「はっ……調子に乗るからこうなるんだよ、次期公爵様」
「このっ! ……いや、待て。まさか……まさか貴様が……」
ロイドの言葉と笑みに違和感を感じ、フッと頭の中に一つの考えが浮かんだ。
違うだろう。そんなことはないはずだ。
そんなふうに考えながら発した俺の言葉だったが、俺の考えを肯定するように、ロイドは殴られた頬を押さえながらもニヤリと笑う。
その笑みが意味するところを、間違えるはずもない。
「きさっ……このおっ! ああああああっ!!」
こいつがやったのだ。
そう理解した瞬間、頭の中の何かが弾けたような気がし、殴られたまま転がっていたロイドに向かって走り、蹴りを放つ。
蹴りだけではない。踏みつけ、馬乗りになって殴り、殴り、殴り……ひたすら感情のままに目の前で笑みを浮かべ続けるものを殴り続ける。
「トライデン様! お、おやめください!」
「放せ! 放せクソガアアアアア!!」
だが、そんな状態が永遠に続くはずもなく、程なくして教師達に取り押さえられることとなった。
そしてそのまま寮へと運び込まれ、外出禁止を言い渡された。
——◆◇◆◇——
本当ならすぐにでも出ていき、あの男を問いただしたいところではあったが、部屋に結界が張られていたために外に出ることは叶わなかった。
無理に壊そうとすればできたが、その場合はまずいことになると理解できたので壊さず、大人しくしていることにした。
「——仕方ない。そうだ、仕方ないことなんだ。こうなることも、最初から考えに入っていたじゃないか」
こうはなってほしくなかったし、こうならないようにしたつもりではあった。
私は公爵家の嫡男。襲われる危険性など、いくらでも考えられたのだから。
だからこそ準備してきたと思っていたが……甘かった。まさか、建物ごと爆破するなどという手を打ってくるとは思いもしなかった。
「……ひとまず、効果を確認すべきか。これで形だけではなく効果まで歪んでいたら……いや、考えるな。考えるのは、実際に見てからで問題ないのだから」
自分に言い聞かせるように呟き、深呼吸をしてから刻印に魔力を通して魔創具を作り出す。
「っ……」
手元に現れたフォークと布を見ると感情が刺激され、それらを投げ捨てたくなる。
だが我慢だ。いちいちそんなことをしていては確認などできたところで今後やっていけるわけがない。
「効果は……一応はなんの問題もなく発動できるか」
広さの問題もあるため全ての効果を確認したわけではないが、とりあえず必要最低限な分は確認することができた。これならば問題なく、とは言わないが、当主に求められる戦力には達していよう。
「しかし……」
効果は確認できた。だが、それでもやはり万が一を思ってしまう。いや、万が一、などではないか。万どころか千や百、十ですらない。うまく認めてもらえる確率としては、よくて五割と言ったところか。
本来であれば失敗して魔創具を作ることすらできなくなるところだったにも関わらず、形が変形した程度ではあるが使うことができるのだからまだマシと言える。何せ、魔創具を作ることすらできないのであれば、そもそも足掻くことすらできないのだから。
だが、やはり形という部分の影響力は大きく、父を説得することができるのかと言ったら……。
いかに目的のものが作れなかったとはいえ、魔創具であることに変わりはない。何があろうと今後これを使用していかなくてはならないのだし、十全に扱えるように〝これ〟で戦う練習でもしておいた方が良いだろうか。
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