第8話魔創具について

 ——◆◇◆◇——


「——それでは、明日より『魔創具の儀式』のため、刻印堂を開放しますが、その前にまずは魔創具とはなんなのか、というおさらいから始めようと思います」


 ついにやってきた魔創具の儀式。この日のために数年かけて準備をしてきたのだ。待ち遠しいなどと言う言葉では言い表せないほどに心が逸る。


 だが、そんな私の心の内など知らない教師の女性は、教壇に立ちながらゆったりとした声で話ていく。


「魔創具とは、錬金術より発展した技術です。錬金術は元々ある物質を別の物質へと変化させる技術でした。その技術を応用し、既存の物質を特殊な塗料の形へと変じさせ、それを用いて自身の体に魔法の紋様を刻むことで、塗料を作る際に使用した物質を用いて設定した武具を生成する魔法。それが魔創具です。そしてここからが重要なことですが、そもそも普通の武具を作るだけであればこのような大掛かりな準備をしてまでやる価値はありません。何もないところから武具を出せるというのは護身の観点から見れば有用ですが、言ってしまえばそれだけです。ですが、なぜこれほどまでに準備を整えてやるのかというと、生み出せるのがただの武具ではないから。その一言に尽きます。魔剣や聖剣といった、特殊な効果がかかった武具を生成する。それこそが魔創具の最も重要な部分です」


 教師の話したように、大元にある技術は錬金術だ。元々は大型の道具を持ち運ぶために小型化の魔法を施したのが始まりらしい。

 二メートル以上もある実験道具を片手サイズにまで圧縮し、それを持ち運ぶことでどこでも実験、作業ができるようにしたのだとか。

 そこからの流れで、実験道具以外のものを小型化していき、最終的には持ち運ぶことすらしなくてもいいように体に刻むことになったとか。これならば武器がない状況に陥ることもないし、無くすことも、他者に細工を施されることもない。


 加えて、一度物質化を解除して体に取り込むことで、魔法の効果を付与しやすい状態となり、容易に『魔法の武器』を作ることができるようになる。

 元が荷運び用の便利なだけの魔法から、こうして貴族に必須とすら言われるほどの技術になるとは、面白いなと改めて思う。


「魔創具の形状は千差万別で、そこに籠められた効果もまた個々人で変わります。例えば……私のこれは剣をモチーフとした、戦うものとしては一般的な武具の一つです。使用した素材に関してですが、これは武具の性能や欠点を他者に知られることになる可能性があるので言わないこと、聞かないことがマナーとなります」


 自身の魔創具である剣をを右手に生成しつつ、教師の女性は話ていくが、そのことについては私も嫌と言うほど教えられた。学園でも家でも、何度も繰り返し言い含められたので忘れるはずがない。貴族というのは、マナーを守らない相手には厳しいから。いや、厳しいというよりも、足を掬うための材料探しに励んでいる、の方が正しいか。

 マナーをやぶったりミスをしたものは、ここぞとばかりに論っていくものの集まりだからな。


「この儀式に必要なのは、まずは魔創具を作るための、元となる素材です。無から有を作り出すことはできないので、その最初に準備した素材次第で作れるものが変わります」


 これは単純な話だ。爪楊枝一本から家を作ることはできないように、元となる材料がなければ何も作れない。何せ元々が物体を運搬する用の魔法だからな。新しい物体を生み出す魔法ではないのだ。

 なので、最初に用意した素材の分のものしか作ることができない。

 逆にいえば、素材さえ足りていれば同じものをいくつも作ることができるということだ。

 もっとも、壊れたところで一旦物質化を解除してまた作り直せば、魔力を消費するものの新品を作り直すことができるのだから、そんなにいくつも作るための用意など必要ないが。


 一応後から追加で素材を足すこともできるが、これは特殊な例なので説明はいらないだろう。


「そして第二に、自身の体を器とし、素材と繋ぐための魔法術式を刻むための塗料です。この塗料は紋血と呼ばれ、紋血で刻んだ魔法は自身の体と完全に同化します。同化する、と言うのがどう言う意味かと言うと、仮に腕を失うような怪我をしたとして、その部分に魔創具の魔法が刻まれていたとしましょう。その際、普通の塗料で書いただけでは治癒を施しても腕が再生するだけで、描いた塗料の方は消えてしまいます。ですが、紋血で刻んだものは体の一部として扱われ、治癒を施した際に共に再生します。ですので、一度刻んでしまえば武具をなくすことはない、と言うことです」


 これが魔創具の儀式で最も大事なものだ。これは使用者の体と同化するため、下手な素材を使えば拒否反応を起こすことになる。

 加えて、この塗料——紋血の出来次第では、素の能力も変化することとなる。何せ魔法を刻むことによって器として最適化させるのだ。器の最適化——つまりは肉体の変質である。

 刻む魔法、使用した素材いかんでは、魔創具の器である自身の体の出来にも関わってくるのも当然のことであろう。


「最後に、外部の邪魔が入らない密閉した空間です。魔創具の紋様を刻む儀式は繊細ですからね。ちょっとした魔力の揺らぎすらも紋様に影響を及ぼす可能性があります。ですので、自分以外には誰も入ることができず、また、外部の影響を受けることのない空間が必要となるのです。この学校の場合は、『刻印堂』と呼ばれている場所がそれに当たりますね。一般の者は金銭を支払い近くの所有者に借りるしかありませんが、大抵の場合は魔法師ギルドが保有しているのでそちらを使います。ただし、魔法師ギルドの場合は場所や状況によっては数年待ちということもあり得るそうです」


 貴族にとっては必須となる魔創具だが、だからと言って貴族しか持っていないというわけでもない。平民でも持っているものはいるものだ。

 だが、道具を揃えたり、場所を確保したりと面倒な上にそれなりに金がかかるので、魔創具を持っている平民というのはほとんどいない。武具が必要な場合は、実物を用意するしかないのだ。


「以上が魔創具の基本的な情報となりますが、流石に忘れている人はいませんよね?」


 教師の言葉には誰も返事はしないが、頷いたり、当然だという顔で見返したりと、肯定の様子を見せている。


「それではみなさん。明日から『刻印堂』が開かれますが、儀式を行う方は申請を行い、順次儀式を行なってください。今学期以内には全員が儀式を終わらせるように願います」


 そうして教師の話は終わったのだが、そろそろいいだろう。

 そう判断し、スッと手を上げた。


「はい」

「え? あ、え、はい。アルフレッド様。どうされましたか?」

「申請をいたします」

「え?」


 教師はいきなり申請されたことで驚いたのか、キョトンとした表情をしている。

 まあそうだろうな。皆、これまで時間をかけて準備をしてきたとはいえ、少しでも良いものを用意しようと、期日のギリギリまで研究や素材の準備を行なっている場合が多い。

 過去の例で言うと、刻印堂の使用可能と同時に儀式を行う者はいなかったはずだ。


 だが私は、明日儀式を行うことにした。

 散々準備をし、何度も確認を行なってきたのだから、今更慌てて弄れば逆に失敗することになる。


 それに加え、刻印堂が開かれた直後が一番安全だというのもある。

 開放するにあたって、教師陣は刻印堂の確認をしただろう。結界に異常はないか、事故が起こる様な何かはないか、他にも問題になりそうなことを探し、排除したはずだ。

 確認したこそ開放することができたのだから。

 故に、今がもっとも安全である。儀式中が最も無防備になるからな。安全には配慮しなければならない。ないだろうとは思うが、これでも公爵家の嫡男なのだから狙ってくるものがいないとも限らないのだから。


 そして、刻印堂は誰かが使用する毎に掃除をしているらしいが、それとて完璧というわけではない。もし何か変なものが落ちていたり、刻印堂にかかっている魔法が歪んでしまっていたりすれば、儀式は失敗することとなる。


 以上の理由から、使用許可が降りたその日、一番最初に行うのが最も安全なのだ。


「——あ。か、かしこまりました。それではいつがよろしいでしょうか?」


 教師は私が申請をしたのだと理解すると、僅かながらではあったが、震えた声で承諾の意を告げてきた。もっとも、この態度は突然の申請に加え、その申請してきた相手というのが私というある種の問題児であったこともあるのだろうな。何せ、私は嫌なことがあると周囲の生徒や教師に当たり散らす悪童なのだから。


「可能であれば、明日すぐにでも構いません」

「明日、ですか……準備の方は……」


 準備など、とうに済んでいる。あのドラゴンの素材を手に入れた翌日には調合を行い、出来上がった紋血に魔法を封入し、刻む紋様の形も何度も確認した。もう下書きなど見ずとも全くの誤差なく描くことができる。


「すでに済んでおります。あとは刻印堂の許可さえいただければ」

「し、承知いたしました。ですが、刻むにあたって時間的な余裕はあった方が良いでしょう。明日儀式を執り行うということで手配しておきますが、それで構いませんか?」

「はい。それでお願いいたします」


 そうして教師から許可をとった私ではあったが、その後は誰かが申請をするということもなかった。

 また、私と同じ日に儀式を行なって万が一にでも難癖をつけられでもしたら事だと思ったのか、本日の刻印堂の仕様は私一人だけとなった。

 ただ普通にしている生徒には何かをするつもりはないのだが……まあ良い。これはこれで面倒がなくて済む。儀式を邪魔されないように警戒するが、刻印堂に近づく者がいれば、その者を警戒すればいいだけの話であるのだからな。

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