Ⅹ
……はずなのにもかかわらず。
なぜか、僕とドリンクバーからジュースを持ち去った男との距離は縮まらない。アキレスと亀にでもなった気分だった。焦りから足をせかせかと動かしてみるものの、一向に届く気配はない。
いったい、どんなカラクリなのだろうか? わからないながらも、息を切らしつつひたすら男の後を追う。
道路を歩き、歩道橋を渡り、公園を横切り、ショッピングモールを潜り……どこまで行くつもりなんだこの男は、などと思いながらも、宛のない追跡は続いた。
そんな尾行にも終わりは訪れる。幸か不幸か、見失うことなく、果てを迎えることとなる。
何階あるかわからない高層マンション。
ここまで来て、玄関口のロックに引っかかったらどうしようもないと不安に襲われたが、間一髪。足を止めた男の後ろに引っ付くことに成功して、中に入ることができた。そのままエレベーターの中に男とともにもぐりこんだ。ようやく、尻尾を掴んだと興奮に包まれつつ、階数表示板の前にいる男の背中へと声を投げかけた。
「あなたはカラオケ屋で、料金を払わないまま出て行きましたよね? その手に持ったメロンソーダとコップは店から勝手に持ってきているのを僕は見ているんですよ」
「………………」
「今日のカラオケ屋さんだけじゃありませんよね。何年か前はネットカフェ。それより前にはファミレスからも、ジュースを代金を払わずに持っていきましたよね?」
「………………」
「あなたはどんな目的があってジュースを持ってきてるんですか? それと、不躾だとはわかっているんですが、あなたは何者なんですか? 僕以外にはあなたの姿も見えていないみたいですし。だからといって、物に触れていたり、マンションのドアロックに引っかかっている辺り、幽霊おいうわけでもないでしょうし」
「………………」
こうした問いに対して、男性は沈黙で応じた。まるで、僕のことをいないもののように扱う振る舞いに、言葉を重ねるごとに不安は募っていった。
これは僕の妄想なのではないのか? ただただ虚空に向けて、ぶつぶつと声をかけているだけなのではないのか、と。とにもかくにも不安は拭えないまま、ひたすら口を動かし続けていた。
程なくして、揺れる感情を抑えきれなくなった僕は、エレベーターの扉から飛び出したのに合わせて、怪人物の肩に手を伸ばした。強引に言うことを聞かせる。そんなつもりだったのだが……残念ながら、空を切った。
つまるところ、最初に追いかけ始めた時と同じで、再び縮まらない距離が僕と男の間に生まれたのである。まるで、僕とかの怪人物との間にあった空間が無理やり引き裂かれたような……そんな風に見えた。
僕はなにが起こったのかわからず、一瞬、ぼんやりしたものの、半ば本能的に足を動かした。たとえ、詰められない距離があろうとも、ここまで来たのになにもできない、というのが許し難かった。
程なくして、怪人物が下りた階層のうちの一室の扉を開いて、ゆっくりと中に入っていこうとしていた。鍵でも閉められたかなわないと走りこんだ僕は、怪人物に続いて室内に滑りこむことに成功した。そして――
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