Ⅵ
あの男はいったい何者なのだろう? 二度の邂逅を通して当然のように膨らんだ疑問は、答えようのない問いとして僕の中でわだかまって存在した。
僕が知っているのは、あの男がドリンクサーバーから注いだ飲み物を持ったまま店外まで持ち出すことと、おそらく僕以外には姿が見えていないということくらいであり、他はなにもわからない。ならば、実際に会ってみなければという話であるが、どこに出現するのかは不明である。
手がかりは僕の記憶のみ。そもそも、ほとんど後ろ姿しか確認していない相手である以上、町中でもみつけられるか怪しい。
となれば、できることといえば機会をひたすら窺うことくらいしかないが、出現条件自体もよくわからない相手にどのように待ち伏せすればいいのだろう。これまで二回、別々のドリンクサーバーの前に現れている以上は、そこで待ち伏せるのが定石ではあるのだろうが、たまたまあの二回だけが特別だったという可能性もなくはない。そもそもの話として、あの二回、ドリンクサーバーの前に現れた男は同一人物なのだろうか? 疑い出せばきりがないが、たしかめるすべがない以上、僕自身の記憶力にも疑問符をおぼえなくてはならない。
……こんな調子で、二回目の邂逅時から、僕の頭はドリンクバーに現れる怪人物についての考えで占められるようになった。ファミレスの時に起こった出来事に関する苦い記憶は遠ざかったが、今度は今度で、あの男は何者なのだろう? という探究心で他事に関する集中力が随分と削がれるかたちとなった。
それでも考えは止められず、材料が少な過ぎて答えが出ない無駄な問いかけを、何度も何度も頭の中で重ね続けて……
「どうしたんだ。最近変だぞ」
挙句の果てに、心配になった友人にそう尋ねられることとなった。最初は、どうもしないよ、とごまかそうと思ったが、友人のじと目は僕の噓など通じない風に感じられたので、すぐさま根負けした。
「実は、大部分は僕の疲れとか妄想のせいかもしれないし、それを踏まえて聞いてもらえるとありがたいんだけど」
思い切り予防線を張ってから、ファミレスからネットカフェの両方で会ったドリンクバー怪人についての話をした。
「病院は行ったか?」
話を聞いて真っ先にそう尋ねてくる友人を、ひどい、と思う一方、安堵もする。
「行ってない。それで本当に病気だったら怖いし、そもそも見えたからって別に実害はないし」
「実害はあるだろう。明らかに、お前の生活に支障が出てるし」
「たしかに」
当時は盲点だったというか気付いていたけど目を逸らしていたのかもしれない。とはいえ、それ以上に通院でどうにかするつもりは、この時点ではなくなっていた。
「けど、僕としてはとりあえず、自分なりにこのおっさんについてもっと知りたいと思う」
その熱情の根源はなんなのかまではよくわからなかったものの、とにかく納得行くまではやってみたかった。友人は呆れたように溜め息を吐いたあと、
「お前がそれでいいんなら、止めないよ。ただ、明らかにおかしいことをしはじめたら別だぞ」
そう言い含めてきた。僕はありがとう、と告げたあと、いい友人を持った、と誇らしくなった。
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