第102話 冬の章(30)

「アーラ。貴方には大変な思いをさせてしまいましたね。ですが、今回のことは、貴方が本来の魂のもとへスムーズに戻るためには、必要な事だったのだと思います」

「園芸を学ぶことがですか?」

「いいえ。学ぶことは、本来フリューゲルが行うことでした。貴方に必要なことは羽ばたくこと。つまり、庭園ガーデンから巣立っていくことです」


 司祭様の言葉に、私は小さく下唇を噛んだ。ここまで司祭様が仰るのだから、私が庭園に戻ることはもう難しいのだろう。


「通常、ココロノカケラが現れる場所は、魂のもとあった世界。そこでココロノカケラが昇華し、元の魂と融合しても、特に乖離はおきないでしょう。しかし、貴方の場合は、魂とココロノカケラの有り様があまりにも違い過ぎました。ですから、魂とココロノカケラのすり合わせをゆっくりと行うことは、貴方がこれから白野つばさとして生きていくためにも、必要なことだったのだと思います」

「白野つばさとして生きていく……」

「そうです。貴方は消えてしまうわけではありません。白野つばさの一部になるのです」


 私は自分の両手の掌をぼんやりと見る。この体はアーラである自分のものか。それとも、私の本体と言われる、白野つばさのものか。昇華したココロノカケラはどうなるのだろうか。司祭様は消えないという。本当だろうか。


 どんなに考えても、すぐに自分が納得できるだけの答えなど出るはずもない。だけど、私がアーラでいられる時間にはもう限りがある。今確認しておかなくてはいけないことならば、すぐに頭に浮かんだ。


「司祭様、私が庭園ガーデンで過ごした記憶は、私がアーラだったという記憶は、これから先も白野つばさの中に残るでしょうか?」

「……おそらく、残らないでしょう」


 私の問いに、司祭様は寂しげに首を振った。


 司祭様のお言葉に私は口を噤む。静かになった私を慰めるように、司祭様は私の掌を撫でた。


「貴方ともうすぐお別れしなくてはいけないことをわたくしはとても寂しく思います。ですが、私はこれからも貴方のことをずっと見守り続けます。遠く離れていても、必ず見守っていますからね。それに……」


 司祭様のお言葉に軽く首を傾げると、司祭様は、にこりといつもの柔和な笑みを湛えた。


「貴方は一人ではないのですよ」

「えっ?」

「貴方のおそばには、いつもフリューゲルがいますから」


 予想外の言葉に、思わず大きな声が出た。これからもフリューゲルがそばにいるとは一体どういう意味だろうか。

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