第101話 冬の章(29)

「そんな……。つまり、私は、消えてしまうと言うことですか?」


 強い声を出して反発心を露わにした私は、あろうことか司祭様の肩をガシリと掴み揺さぶった。そんな私の失礼な態度にも司祭様は嫌悪感を表すこともなく、ただされるがままになっていた。


 そんな私の腕にそっと手をかけて止めたのはフリューゲルだった。見ると彼の顔にも哀しそうな翳りが色濃く表れていた。


「アーラ。そんなことをしては駄目だよ。司祭様は何も悪くないんだから」


 フリューゲルは哀しそうに首を振る。行き場がなくなり焦燥感に包まれた私の腕は、掴んでいた司祭様の肩からズルリとずり落ちた。そのまま、ボスリと落ちた先にあった布団をきつく握りしめる。


 手に力を入れれば入れる程に、私の目からは涙がこぼれ落ちた。私を包む布団には次々と小さな染みができていく。


「フリューゲル。私は消えてしまうの?」


 私の涙交じりの問いかけに、フリューゲルは無言で答える。


「……下界へなんて来なければ良かった。白野つばさになんてならなければ……」


 悔いだらけの私の零した言葉をフリューゲルはそっと拾い上げた。


「それは違うよ、アーラ。きみは本来はこちらの世界で生きていくはずだったんだ。それを僕がきみと離れたくなくて、天界へと連れてきてしまったから……」


 フリューゲルの言葉に私は、涙に濡れた顔を勢いよくあげた。


「違う。フリューゲルのせいじゃない。私もフリューゲルとずっと一緒にいたかったの。だって、あなたは私の片割れだもの」


 私の言葉に、フリューゲルは嬉しそうな、しかし、どこか哀しそうな笑顔を見せる。


「貴方方のどちらが悪いということはありませんよ」


 互いに庇いあう私たちの間に、司祭様のお声がそっと落ちた。私たちの視線が司祭様へと向けられる。その視線をしっかりと受け止めた司祭様のお顔は、もう曇ってはいなかった。


 庭園ガーデンでいつも見せる凛としたお顔で、司祭様は私たちを交互に見やる。


「貴方方の絆がそれだけ深かった。それだけのことです。どちらが悪いということはありません」

「私達の絆……」


 止まることなくハラハラと零れ落ちる涙を、司祭様はそっと指先で拭ってくださった。そして、じっと私の顔を見つめる。司祭様の瞳が直ぐそばにある。これまで、司祭様のことを何度となく見上げてきたが、こうして真っ直ぐにそのお顔を拝見したことはなかったなと思う。


 相変わらず整った綺麗なお顔を少しだけ引き締めて、司祭様は口を開く。

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