第9話 プロローグ(2)

「アーラ、ここに居たんだね」


 不意に呼びかけられて、声がしたほうを見ると、フリューゲルが近づいてきていた。


「また下界を見ていたんだね。そんなに下界が気になるの?」

「そんなつもりじゃ……」


 フリューゲルに指摘されるまで気がつかなかったけれど、また、私は下界を見ていたようだ。


 別に、下界を見ることがいけないと言うわけではない。ただ、Noelノエルたちは、そんなに頻繁に下界を見たりしないってだけ。


 それでも、私は指摘されたことがなんだか気恥ずかしくて、思わずぶっきらぼうに話を逸らした。


「それで? 何? 用事?」

「あぁ、そうだった。もうすぐ開花の時間だよ。早くお祝いに行こうよ」

「そっか。もう、そんな時間なのね」


 庭園ガーデンに唯一そびえ立つ大樹、『リン・カ・ネーション』。


 大樹は一年中蕾をつけていて、一日に一つ、ベルの形に似た白い大きな花を咲かせる。Noelノエルは、このベルの花から生まれてくる。


 そして、今日も、開花の時間を迎えた。


 今日、生まれたのは少女だった。下界の歳でいえば、十代くらいだろうか。


 ベルの花から生まれるNoelノエルの大きさは、決まっていない。下界の人のように、みんなが赤ん坊の経験をするわけではなく、赤ん坊であったり、子どもであったり、成人であったり、老人であったり。生まれ落ちるときの姿は様々。


 Noelノエルの中には、その後、下界の人と同じように体が成長し、歳を重ねていく者もいる。同じNoelノエルとして生まれても、私たちには規格というものがない。


 だからなのか、Noelノエルたちはお互いに意識し合ったり、干渉し合うことがほとんどない。そんな淡白な私たちだが、新たな仲間を迎え入れる時には、唯一、静かで穏やかな喜びを感じている。


 開花の時間は、いつでも静かで穏やかな喜びが大樹の周りを包んでいる。けれど、私の開花のときは、少し違ったようだ。


 なぜなら、一日に一つだけ花を咲かせるはずの大樹に、二つの花が咲いたのだ。


 そして生まれたのが、赤ん坊の私と、私の隣に立つフリューゲルだった。私たちは、いわば双子Noelノエル


 同じ日に二人以上のNoelノエルが生まれることはあまり無い。さらに、赤ん坊の姿で誕生することはすごく稀なケースのため、開花を見守っていた先輩Noelノエルたちも、その時ばかりは珍しく騒めいたと、聞かされたことがある。


 そんな、私たちも誕生以降、周りを騒然とさせる様な、白と青の世界に変化を起こすようなことは何も無く、日々穏やかに過ごしている。

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