第45話

 オレは目を覚ますと、それは宿屋だった。

 さっきまで巨大熊lv42との死闘を繰り広げたあとの記憶がない。

 そのあとどうなったのだろうか?

 思い……出せない。

 リョウコに何か言われた気がするのだが、なんて言われたんだろうか。

 ありがとうだっけ?

 それはよく覚えていなかった。

 巨大熊との戦闘でダメージを負いすぎて、ヒットポイントが減少しすぎていたのだろう。

 マジックポイントがなくなっていたのだろう。

 むしろ目を覚ましたときにいたのは、ユイカだった。

 目の前にいたのはユイカだった。

 ユイカは倒れて起きないオレの面倒を見ていてくれたのだ。

「うわあああ」

「うわあああっ。もう急に起き上がらないでください。びっくりするじゃないですか、おっさん」

「おう。悪い。でもこっちだってビックリしたぜ? ユイカの顔が目の前にあるんだから」

「だって、おっさん、全然起きないんですもの。死んだふうに寝ているので、本当にもう起きないんじゃないかと思って、わたしは……わたしは……」

 といって、泣き出すユイカ。

 おいおい。

 泣くなよ。

 おっさんというのは泣き出す女性に弱いのである。

 泣き出す少女に弱いのである。

 そしてユイカはオレが三日三晩寝っぱなしだったことを語った。

 血だらけで宿屋へと帰ってきて、傷の手当てをして、それからずっと寝っぱなしだったらしい。

 体力は回復しているけれど、あとは精神力が戻れば起きるだろうというのが回復術師であるエルマの話だったという。

「そっか……オレはあやうく死ぬところだったのか……」

 でもオレはあのときの戦いを後悔していない。

 オレが戦わなければ、オレがリョウコを守らなければ、ゴブリンスレイヤーのリョウコはあのときに死んでいただろう。

 それはリョウコだけではなく、試験官のおっさんも死んでいたかもしれない。

 巨大熊に殺されていたかもしれない。

 三日も寝ていたのか。

 なんだか三日間という時間がもったいない気もするが、まあ無事だったのだから、まあいいだろう。

 身体がいてえな。

 体力は回復しているはずなのに、マジックポイントは回復しているはずなのに、聖剣エクスカリバーを作ったことが原因だろうか、聖剣エクスカリバーのレプリカを作ったことが原因だろうか、作りすぎたことが原因だろうか、身体がひどく痛い。

 筋肉痛とは違う、身体を切り刻まれたような、痛みがある。

 あ、そういえばオレ、倒した巨大熊はどうしただろうか。

 ちゃんとアイテムボックスに入れただろうか。

 ちゃんとアイテムボックスに大熊と巨大熊を入れているのだろうか。

 モンスターの素材というのは高く売れるから、できるだけ持っておくにこしたことはないのだけど……。

 でも巨大熊を倒したあとの記憶はないし、もしかしたらもうダメかもな。

 ほかの冒険者に巨大熊をとられちゃってるかも、と思ってアイテムボックスを見てみたら、そこには大熊二体と巨大熊一体が入っていた。

 お、よかった。

 大熊も、巨大熊も解体すれば素材は売れるだろうから、モンスターとはいえ、その素材が無駄にならなくてよかった。

 ユイカが言った。

「おっさん、もう危険なモンスターとは戦わないと誓ってください。おっさんはいつもいつも死にそうになってばかりいます。このままだと、本当にモンスターに殺されてしまいます」

 と涙ながらにいうユイカ。

 とはいえ、冒険者とは本来そういうものだし、モンスターを討伐しないと、オレは生活することができない。

 冒険者とは、死と隣り合わせの人生だ。

 そんな人生を歩むしかないのだ。

 だからオレはそう思いながら、ユイカの頭を撫でた。

「すまん。心配させたなユイカ。でもオレは大丈夫だ。オレが死んだらユイカが悲しむ。だからユイカを悲しませないためにオレは死なないよ。どんな強いモンスターを相手にしても、どんなに化け物を相手にしても、オレは死なない。オレは負けない。そして危険なモンスターと戦わないでという意見も残念ながら聞けない。オレはほかの冒険者がモンスターにやられるところを見たくないんだ。オレがどんなに苦しむことになっても、オレがどんなに死ぬような苦しい思いをしても、オレは仲間を守りたいんだ。みんなを守りたいんだ。オレは生きている限り、冒険者としてみんなのことを、仲間のために戦いたいんだ」

 とオレは言った。

「おっさん……」

 ごしごしと涙をぬぐうユイカ。

 ユイカは言った。

「なら約束してください。絶対に死なないと。絶対にモンスターには負けないと」

「おう。オレは絶対にモンスターには負けない。絶対にユイカが悲しむようなことはしない」

「約束ですよ」

「おう」

 約束は破るためにあるのだ。

 オレはそう思いながら、ユイカと指切りした。

 モンスターと戦うのに、絶対の勝利などないのだから……。

 さて、オレは朝飯、というか昼飯の時間だった、を食うと、解体場へと向かった。

 大熊を解体してもらい、巨大熊を解体してもらい、そのモンスターの素材を買い取ってもらおうと思ったのだ。

 と、モンスター解体場にいたロカが、巨大熊を見て、嘘だろおいと驚いた顔をしていた。

「昇格試験で突然巨大熊が現れたって話は聞いたが、そいつを討伐したってのは、そいつを討伐した凄腕の冒険者ってのは、お前だったのか。サトウだったのか」

 と、驚いているロカ。

 ロカは言った。

「すげえじゃねえか、サトウ。巨大熊なんていうモンスターを討伐できる冒険者は、ほとんどいねえぞ。上級の冒険者でもなけりゃあ、巨大熊なんて倒せねえぞ。討伐なんかできないんだぞ」

 というロカ。

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。なんでお前普通の顔してんだよ。すました顔してんだよ。これはすげえことなんだぞ」

 そうなのか。

 だがオレはユイカになかれたことがショックだったので、あまり素直に喜ぶことができなかった。

 冒険者ってゲームの中だと主人公みたいだよなとか。

 モンスターを倒してかっこいいよなとか。

 そんなことを考えていたが、実際に異世界にいってみると、その異世界の住人には怪我をして泣かれる、モンスターと死闘を繰り広げて殺されかけて泣かれる、心配される、なんてことになるなんてことは考えてもいなかったのだ。

 とはいえ、巨大熊を倒して得たお金を見て、大熊を倒して得たお金を見て、オレはその一瞬で悩んでいたことが吹っ飛んでしまう。

 巨大熊を討伐した金額は、なんと金貨三十枚だった。

 巨大熊だけで金貨三十枚だった。

 金貨三十枚というのには、日本円にすると、約三十万円ほどの金額である。

 そして大熊が一体で二万円ほど。

 二体で四万円ほど。

 日給で三十四万円も稼げるようになるなんて、すげえ嬉しい、ユイカなかしてごめんね、でもオレはお金のほうが重要なんだとそう思いながら、お金ないと生活できないだろと、手に入れたお金を見ていた。

 オレは思った。

 これでうまい酒が飲める。

 うまい飯が食えると。

 あとはユイカをなかせたので、ユイカを悲しませてしまったので、今度これでユイカにプレゼントでも買うとするか。

 プレゼントを買えばユイカは許してくれるだろうか。

 ユイカには何を買えばいいのだろうか。

 悩むなあ。

 オレ、女の子へのプレゼントって、何を買えばいいのかわからないんだよな。

 ユイカは何を上げれば喜ぶのだろうか。

 武器がいいかなあ。

 防具がいいかなあ。

 アクセサリーがいいかなあ。

 でもユイカは冒険者じゃないしなあ。

 何をあげれば喜んでくれるのだろうか。

 そんなことを考えながら、オレは悩みながら、冒険者ギルドへと向かった。

 冒険者ギルドのいつものミリカさんの列には、大勢の冒険者が並んでいた。

 いつも人気のミリカさんである。

 人気だからより人気の受付嬢になるのだろう。

 オレはミリカさんの列に並ぶと、その順番が来るのを、一人、一人が進んでいくのを待った。

 そして順番がやってくる。

 昇格試験の結果がどうなったのか、それを聞きに来たのだ。

 あのあと昇格試験はどうなったのだろうか。

 被害はなかったのか。

 みんな無事だったのか。

 冒険者ギルドにも被害はなかったのか。

 そういったことを聞きたかったのだ。

 と、ミリカさんが言った。

「サトウ様、昇格試験、本当にご苦労様でした。まさかあんなことになるなんて……本当に申し訳ありませんでした。昇格試験を受けた冒険者たちには何事もなかったんですが……それはサトウ様のおかげです。自らの命を懸けて戦ってくれたサトウ様のおかげです。本当にありがとうございました」

 といって、頭を下げるミリカさん。

「いえいえ、オレはまあ……近くにいた冒険者を守りたかっただけですから」

「そうですか……」

 とりあえず納得するミリカさん。

 ミリカさんは気を取り直して、言った。

「それでですねサトウ様、昇格試験の結果なんですけど」

「昇格試験の結果、どうだったんですか!? ああ、オレは勝手な行動をとったから……もしかして不合格? 冒険者ギルドから試験官のいうことを無視して、逃げなかったから、敵と戦ったから、不合格? もしかして、ダメだったんでしょうか?」

「いえ、サトウ様の昇格試験の結果は、合格です! もちろん合格です!」

 というミリカさん。

「よかった」

 勝手な行動をとったから、ダメなのかと思った。

「それでですね、サトウ様は今日から単独でも、新しい場所の攻略が可能となりました」

「新しい場所の攻略?」

「それは地下迷宮です。ある程度実力が認められた冒険者だけが入ることができるダンジョンのことです。ダンジョンの奥にはものすごい財宝が眠っていると聞きます。エリクサーもダンジョンの奥で入手することが可能ですよ」

「エリクサーをダンジョンの奥で入手することってできるんですか!?」

「はい。もちろんです。まあ地下迷宮百層とか、それくらい奥深くの階層じゃないと、そういったレアなアイテムはでないんですけどね」

 というミリカさん。

 エリクサーというのは金貨百枚の値段でしか買うことができないと思っていた。

 だがそれは違うようだ。

 ダンジョンに行けば、ダンジョンの奥深くに行けば、エリクサーという回復アイテムを入手することができる。

 オレはその話を聞いて、早くダンジョンの奥深くにまでいってみたかった。

 ダンジョンの奥深くには何がいるのだろうか?

 モンスターがいるのだろうか。

 ドラゴンがいるのだろうか? 

 それともとらわれた姫でもいるのだろうか?

 それは、オレにはまだわからない。

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