Lady Killer

水谷一志

第1話 Lady Killer

 こんなはずじゃなかった……のに、なぜか清々しい自分がいる。自分の今までやってきたことを否定される感覚。でもそれでいて、ココアのように温かい感情。

 世の中は、「恋愛偏差値」で稼ぐ時代だ。科学技術が進歩し、人類は感情を数値化できるようになった。すると今までSNSのフォロワー数やアクセス数などでついていた広告収入が、「感情の揺さぶり」にもつけられるようになった。もちろん俺は専門家ではないので具体的なアルゴリズムやメカニズムなんかは分からない。ただ、俺は思った。これでなら俺はプロになれる。お金をたくさん稼げる。

 もちろん感情には種類がある。でもその目玉は何と言っても恋愛だ。相手をその気にさせ初動の金銭を獲得する。さらに相手を本気にさせ大量の収入を得る。これを複数の人間に繰り返せば、その辺のホストなんかより俺は大金を稼げる……そう思った。

 そして俺は流行りのマッチングアプリを起動する。この稼ぎ方には何パターンかあり、相手の女性によって完全にキャラを変動させるタイプの人間もいるが俺はそうではない。逆にある程度のキャラを固定しそれに合わせて女性を選ぶタイプだ。それなりに俺はパリッとした見た目に見えるので体育会系や筋骨隆々系が好きな女性は最初からパス。自分のテリトリーに入ってくるタイプのみ狙う……そういう戦略を立てている。


 また、俺の戦略はサッカーで言う所の「カテナチオ」に近いと自分では思っている。ひたすら相手に共感する。これは守備。しかし共感するだけでは0-0のままで何も発展しない。どこかで「意外と男らしい」所を見せないといけない。そこがミソ。その「攻撃」、一点をもぎ取るための工夫に、俺は命を懸けてきた。

 相手の悩みを感じたら即アドバイスモード。もちろんここで押しつけがましくなったらダメだ。共感をベースにしつつ「それって……」とさりげなく、少しだけ空気を変える。この塩梅が自分自身で言うのも何だが絶妙だ。あくまで勝利は1-0で良い。オーバーキルはダメ。

 俺はこのやり方で数多もの女性を手玉にとった。それは直接収入に反映される。そう、収入こそが俺のモチベーション。このまま行けば順調に人生が送れる……そう思っていた。


 三

 その出逢いは突然、ただいつもと同じ流れだった。俺は本当にいつも通り、マッチングアプリで稼ぎを得ようとする。今月はちょっと手を抜いていたから取り戻さなきゃな……なんて考えていた時。彼女を一目見た瞬間、俺はやられた。

 そう、それは予期せぬもの。たまたまその時、稼ぎの方は減っていた。どうしていつも通りの金が入って来ないのか?俺のスキル、もしかして落ちたの?そんな疑心暗鬼に陥りそうになっていた時、俺は彼女と巡り逢ってしまった。

 デートでレストラン、ディナーに行くいつもの流れの時。椅子につく瞬間の会話が弾みスムーズ。それだけで前までの俺ならもっと稼げると思っていたはずだが、今日は違う。

 もう食事をした時から俺の心は固まりつつあった。今までかき乱されていた気持ちがある一点で腑に落ち、その後加速していく。もうこの稼業は辞めよう。これからは一途になろう。とにかく身辺整理をしなければ彼女に交際を申し込むことすらできない。今までの俺の経歴からは考えられないピュアな気持ちが、なぜか溢れるように出てきた。でも人生の転換点なんて、こんなものなのかもしれない。


 四

※ ※ ※ ※

 今日は特に上手く行った。何せ事前リサーチが功を奏した。

今は「恋愛偏差値」で稼ぐ時代。ってか相手もその稼ぎでしょ?こんなに私にカモになってくれるなんてこと、ある?……まあいい。相手の感情の揺れは過去イチで大きい。これは本当に良い稼ぎになるな。

 私は席を立ったトイレの中でスマホをチェックし、ほくそ笑みながら彼の席へと戻った。 (終)

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Lady Killer 水谷一志 @baker_km

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