第15話 女子高生のbefore after2

   *水花*


 駅ビルの中には、幾つも洋服の店があった。その幾つかの店を、ザクロは通り過ぎていく。


「ねえねえ、こことかここの店とか見ないの?」

「おいおい、店頭見るだけでわかるだろ? ご年配向けの店だぞ」


 呆れたようにザクロがいう。


「そうなの? でもほら、奥に良い服があるかもっ」

「想像以上のポンコツだな……。店には店のテイストってもんがあるだろ? 店頭でマネキンが着てる服を見れば、大体の系統はわかるから、早瀬に似合わなそうな店は全部パスだ。そんなことしてたらそれこそデートに遅れるぞ」


 なるほど、そう言うものらしい。ポンコツ、と言われたことは引っかかったが、おっしゃる通りおしゃれポンコツなので黙るしかない。

 黙らせたかったら実力で。それは、ファッションの世界でも同じなのだろう。

 ザクロは駅ビルの案内図を確認した後、エスカレーターに乗り出した。

 上階は確かに、先ほどの店よりもカラフルで明るい色が多くあった。これが若者向けの服屋、と言うことなのだろう。


「予算どんくらい?」

「あ、えっと」


 悩むそぶりを見せる早瀬さん。自身の懐事情と相談しているのだろう。


「……1万円、くらいかな」


 出てきた金額は、高校生にしてはかなり強気の額に思えた。それだけ、今日のデートに気合いが入っているということだろう。


「相手どんな感じ?」


 続けてザクロが質問を重ねる。


「え?」

「いや、好みとかもあるだろうし、相手に合わせた方がいいだろ。年上? 年下? 落ち着いてる? チャラい?」

「と、年上で、落ち着いた感じ……です」

「ふうん。じゃあ春先だし、トレンチコートとか入れたいが……1万円じゃ厳しいな。潔くカットして、代わりに靴と鞄も揃えるか……どんな店いくとか分かる?」

「い、いえ……」

「ならきれいめにしておこう」


 ザクロが入った店は、若者で賑わっていた。私たちと同じく、制服姿の女子高生もいる。人気店なのだろう。

 テキパキといくつか商品を手に掴み、早瀬さんに合わせてみては、戻したり、カゴに入れたりしている。


「そんなに買うの?」


 カゴに突っ込んだものが1万円を超えたところで声をかけた。


「買うわけないだろ、全部試着だ」


 そう言って、カゴを早瀬さんに押し付ける。彼女も戸惑った顔をしていた。


「試着……ですか?」


 その発言を受け、ザクロが驚いた顔をする。


「服を買うなら試着はマストだろ」


 いったいったとばかりに、ぐいぐい試着室へ向け背中を押す。それにしても、初対面の女子の背中を押せるコミュ力の高さはなんなんだ。すごいな。


「これとこれね」


 組み合わせがあるらしく、試着室前で指示を出すザクロ。しばらく待って出てきたのは、白のニットと、薄い青のスカートを身に纏った早瀬さんだった。

 制服を脱ぎ、髪型も変えた彼女は、まるで別人のようだった。


「似合ってる……けど、白いと汚れない?」


 あたしの指摘に、ザクロは呆れたように手を広げ、やれやれとばかりに首を振る。


「またそれかよ。で、それ言われるかもって思ってたわ」


 今度はこれとこれな、と再び指示を飛ばす。再びカーテンが閉まる。


「つーか、俺らなにやってんだろな」


 あたしのそばでボソリとザクロが言った。


「えー。あたしは結構楽しいけど?」

「俺も結構楽しい」


 くすりとザクロが笑う。カーテンが開く音がした。

 出てきた早瀬さんは、黒の小さな水玉柄のワンピースに、白のカーディガンを合わせていた。白?


「食べる時は上着を脱ぎゃいいだろ。あとそのワンピの柄は水玉じゃなくてドットな」


 まるでエスパーみたいに、あたしの考えを当てていく。さすがは相棒といったところか。

 あらためて、早瀬さんを見つめる。……うん、よくわからないけれど似合っている。なにより、着ている早瀬さんの表情がいつもより華やいでいて、この服を気に入っていることが分かる。


「うん良さそうだな。じゃあそのセットで買って。ついでにそのまま着替えてくれ」


 そんな早瀬さんの感覚を、ザクロも承知しているからだろう。サクッと決定して、会計を促した。


「え……? いま、ですか?」

「どのみち今日デートなんだから、どこかのタイミングで着替えるだろ。いえば更衣室貸してくれるし、その服に鞄と靴を合わせるんだから、着といてくれた方が選びやすい」


 ためらう様子を見せながら、早瀬さんは納得したようだった。一度カーテンが閉まり、制服姿に戻ると、カゴに服を詰めてレジへと向かった。会計を済ませ、再び先ほどのコーデに戻り、鞄と靴を選ぶ。

 鞄はワンピと同じ黒色。手に持つことも、肩にかけることもできるタイプで、値段より高級そうに見えた。靴も同じく黒で、シンプルなデザインのブーツ。


「本当は靴と鞄は金かけたいんだけどなー。ま、予算重視で」


 どこか不満げな口調のザクロだが、表情は満足そうだ。すべての会計を終えて、店外へと出る。後ろからは、先ほど買ったコーデを身に纏い、お店の袋に制服を入れた早瀬さんが着いてくる。


 学校からそのまま買い物にきたから、学生鞄とお店の袋と、買ったばかりの鞄とで、明らかに容量オーバーだ。

 ここで解散にしよう。

 そう話がまとまったところで、早瀬さんが足を止めた。先を歩いていたあたしとザクロも、その気配に立ち止まり、振り返る。


「あの……」


 早瀬さんの眼鏡の奥の瞳を見つめる。その目はいつもと同じように逸されて、けれど、再び真っ直ぐとあたしを、そして、ザクロを見つめた。


「今日は、えっと、ありがと……」


 そこで言葉が止まる。後に続けたい言葉がありそうな様子だったけれど、言うつもりはないようだった。

 そんな彼女に、一歩、二歩と近づく。ザクロのように、頭の先からつま先まで、見つめてみる。

 見違えるように、可愛かった。


「あのね、早瀬さん」

「は、はい」

「その髪型も、服も、とっても似合っていてすごく可愛いよ! だから、楽しんできてねっ!」

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