第14話 女子高生のbefore after
*由奈由*
なぜこうなった。
そう思いつつ、目の前を歩く二人組を見つめる。1人は私のクラスメイト、水無月さん。小柄ではつらつとした少女だ。
問題はその隣。水無月さんと同じくらい小柄な少年。水無月さんの友達で、よく分からないが一緒に買い物にいくことになってしまった。
これが大人しそうな女の子だったりしたら、接しやすいのだが、厨二病なファッションの男の子。おまけに先日、只者ではない雰囲気で教室に入室してきた過去もある。
「おい、早瀬」
しかも、馴れ馴れしい。
笑顔で手招きしている彼に近づくと、背中を押された。ガラス扉が開き、入るつもりもないのに入店してしまう。
そこは、駅ビルの中にある美容室だった。
「いらっしゃいませ」
当然お客と勘違いした店員が、近づいてくる。普段いく近所のおばあちゃんの美容室とは違い、若く、お洒落な店員だった。それだけで、一歩引いてしまう。
「あ、えと」
間違えて入りました、すいません。そんな謝罪の言葉がすんなりと出ず、喉をつっかえる。その隙を縫うように、お席を案内しますね、と歩き出す店員さん。そして、ぐいぐいと背中を押してくる手。
振り返ると、ザクロと呼ばれている少年だった。一方、離れたところで、呆れたような、すまなさそうな表情の水無月さん。と、止めてよ! と思いつつ、状況に流される私。そのまま大きな鏡の前の席に、すとんと収まってしまう。
「本日はどんな感じにしましょうか?」
どんな感じも何も、髪を切るつもりがない。
「顔まわりにレイヤー入れて、ワンカールする感じで。イメージはこの画像かな。にゃはは、こいつ今日人生初デートなんで、可愛くしてやってください」
「!!」
「あはは、畏まりましたー」
顔が真っ赤になり、背筋が伸びて硬直する。なんて、なんてことを言うんだこの男!! いや、間違ってないですけど……。人生初デート? ですけど……。い、いやいやいや、あんなカッコいい人が私のことを相手にするわけない。デートじゃないです、お礼です……。
何も言えないまま、ぐるぐると思考だけが停滞する。初対面の人と会話を、しかも否定の意見を言うのは、ハードルが高すぎるのだ。
結局そのまま、シャワー台で髪を洗い流し、席に戻り、チョキチョキとハサミが動かされる。
こうなったら、髪を切る良い機会だったと、開き直るしかない。
水無月さんとザクロくんは、待合の椅子に腰をかけて、楽しそうに談笑している。
うう、うう。文句の一つも言ってやりたいのだが、親しくないどころかよく分からない人間に怒鳴る勇気はなかった。
しかし、チョキチョキチョキとカットが進み、完成形が見えてくる頃には、私の怒りはすっかり息を潜めてしまった。
「デートなら、セットしていきますよね?」
私があまり話すタイプではないと察してくれたのか、今まで黙っていた店員さんが久しぶりに口を開いた。
「あ、はい。お願いします」
店員さんはコテでぐいぐいと髪を整え、花のような良い匂いがするワックスを、髪にペタペタと塗りつけてくれた。
「どうでしょうか?」鏡を持ちながら問いかけてきた。満足いく出来栄えだったのか、満面の笑みを浮かべている。
私は自分の髪を触りながら、右を確認し、左を確認し、店員さんの持ってくれている鏡で、背後を確認した。
「……すごく、良いです」
心の底から、素直な声が出た。
くるくるとした黒髪からは、今までののっぺりとした重さが抜けて、一段も二段も垢抜けたような気がした。
何より、分厚いレンズの眼鏡が全く浮いておらず、逆にお洒落にすら感じる。これは……すごい。美容師さんの腕前が良いのか、オーダーの仕方が良いのか。とにかく、今までの人生で一番良い、と感じる髪型だった。
「ありがとうございましたー!」
信じられないくらい気持ちよく会計を終えて、店外に出た。
「わー、すごい良くなったねっ!」
「当然だろ」
賞賛する水無月さんに、なぜか偉そうにザクロくんが答える。
「…………あ、の」
恐る恐る声をかける。2人の視線が私に集まる。少し目を伏せて、胸の前で片手を握る。顔をあげ、まっすぐ……とは言えないが、ザクロくんの方を向く。
「あ、ありがと」
小さな声でそう告げると、彼はぽかんと口を開けた。水無月さんも同じく、驚いたような顔をしている。
瞬間、2人は弾けるように笑いだした。何、何、と戸惑っていると、目頭を抑えながらザクロくんが、
「あんた変わってんなー、俺が何も言わないで、無理矢理引っ張って言ったのに」
「そうだよ早瀬さん、怒って良いんだよ、怒って」
「え? え? でも、素敵な髪型だし……」
「それはそれ、これはこれでしょ」
どうやら2人の中では、それが当然らしい。うんうんとうなづき合っている。
「まあでも、気に入ってくれたんなら最高だな! よし、次行くぞ次。人生初デートまで時間がないんだろ?」
「う。うん!」
「早瀬さん、今のも怒って良いんだよ? 余計なフレーズつけんなって」
ぱんと、水無月さんがザクロくんの頭を叩く。何すんだコラと、ザクロくんが反撃した。
だが、本気で喧嘩している様子はまるでなく、仲の良い様子だけが伝わってきた。
「……その、2人は付き合ってるの?」
私の素朴な疑問に、お互い掴みかかっていた2人の手が止まる。一瞬して、再びの大笑い。どうやら、私の指摘は的外れだったらしい。付き合っていたら、アドバイスをもらいやすいと思ってのことだったが、確かに、2人の間に恋愛だとか、そんな雰囲気は一切ない。ただただ、仲の良い親友、と言った感じだ。
「ありえねー。俺、美人派だし」
ザクロくんは、私を再び、頭の先から爪先まで見た。
「うん、そういう意味じゃまだ早瀬の方がありだな」
水無月さんの肘が吸い込まれるようにザクロくんの脇腹に刺さる。
再びはじまった2人のじゃれあいを見ながら、心なしか、頬が赤くなるのを感じていた。
私は、決して美人ではない。自分のレベルが平均より下だなんて、そんなことは分かっている。
対して水無月さんは、正直言って可愛いのだ。山口さんたち女子の中心グループが彼女に声をかけていたのも、それが理由の一つだと思う。
小柄な体躯に、古風な髪型。けれど、服の上からでもわかるほど、胸が大きくスタイルが良い。それに、肩口で切り揃えたおかっぱのスタイルも、大きく無垢そうな黒い瞳にとてもよく似合っている。おかしな表現だが、洋風の日本人形のようだ。
照れ隠しもあるかもしれないが、そんな彼女よりも見た目を美人と評価してくれたのが、嬉しかったのだ。
「ほらほら、こんなことしてる場合じゃないよねっ? デートの時間が来ちゃうよ? 服買いに行こっ?」
いつの間にか、背後に回ったザクロくんに、ヘッドロックされていた水無月さんが、ギブアップ、と言うように手を叩きながらそういった。
「いけね。急ぐぞ」
ザクロくんが手を離し、歩き出した。その背中を、水無月さんと並んで追いかける。
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