第11話 Bセット

   *水花*


 午前の授業が終わり、昼休みの時間になった。

 昨日はよく分からないまま、職員室で説明された学食へと向かったが、どうやら普通の女子高生は、友達とつるんでそこに行くものらしい。

 あたしは立ち上がって、山口さん達のところへ向かった。


「あの、一緒にお昼食べてもいい?」

「あんたなんでさっき無視したの?」

「???」


 会話が噛み合わない。山口さんは呆れたようにため息をつくと、あたしを無視して机を友人とくっつけ始めた。

 よく分からないが、拒絶されていることは分かったので、腑に落ちないままその場を離れた。


「あ、の……水無月さん」


 呼ばれて振り返ると、そこには早瀬さんが立っていた。分厚い眼鏡の奥の瞳と、視線が合わない。


「良かったら、その……一緒にご飯、食べない?」

「うん!」


 断る理由もなく頷くと、早瀬さんはほっとしたような笑みを浮かべた。じゃあ学食で、と彼女がいう。

 廊下を歩き始めると、幾分、早瀬さんはリラックスしたように見えた。

 声をかけてもらったから、何か話でもあるのかな、と思い黙って歩く。しかし、ようやく話しかけられたのは、学食についてからだった。


「え、っと。水無月さんは何にする?」


 学食の入口は混雑していて、展示されているメニューがよく見えない。

 こういうとき、背の低さは本当に不便だ。ぴょんと飛び跳ねた。


「わ!」


 隣で、早瀬さんの驚く声がする。


「うん、Bセットで」

「え?」

「Aセットが豚ひき肉のホワイトソースパスタで、Bセットがメンチコロッケ定食。うどんセットがきつねで、サラダセットが海鮮サラダとパンだったよ。海鮮って言ってもカニカマっぽかったけど」


 早瀬さんはポカンと大きく口を開けている。


「今の一瞬で、全部わかったの……? う、ううん! その前、今のジャンプ、もしかして水無月さんって、何かすごいスポーツ選手とか……?」

「あ」


 自分がやってしまったことに気づいてあたりを冷静に見回すと、早瀬さんの他にも幾人かが、びっくりした顔をしてこちらを見ていた。


「あー、うんうん、そうそう。実はそうなの! スポーツ万能の家系でね! 詳しいこと知らないけれど、親戚にオリンピック選手とかいるらしいしっ!」


 遺伝。血筋。才能。

 わかりやすい解釈を与えると、その場はなんとか納得していただけたようだった。

 早瀬さんは素直にうなづいてくれて、周囲は若干の興奮に包まれる。


 ねえ君、陸上部入らない? いや女子サッカーどう? なんていう勧誘を跳ね除けて、列をぐいぐい進みBセットを注文する。私もBで、と早瀬さんもBセットを注文していた。


 2人、無言で流れ作業のようにカウンターを通り、お盆の上にご飯を、お味噌汁を、メンチカツとキャベツの皿を、順番に置いていく。

 学食の中は混んでいたが、運良く2人がけの席を見つけることができた。滑り込むように座席を確保する。テーブルをお盆に置くと、早瀬さんはどこかほっとした表情を浮かべた。


「いただきます」


 両手を合わせ、頭をさげる。顔をあげると目の間に目を丸くした早瀬さんがいて、慌てて手を合わせていただきます、と言った。


「水無月さんって丁寧なんだね」

「丁寧?」

「ほ、ほら……今のいただきます、丁寧だった」


 そうか、これは丁寧なのか。みんな普通にこれぐらいやるものかと思っていたのだけれど。

 言われて周りの様子を伺うと、いただきますも、手も合わせずに、普通に食器を手に取る学友たちの姿があった。


「なるほど」

「?」

「ううん、なんでもない」


 箸を手に取り、メンチカツを掴む。サクッとした衣から、重たい油の味。カウンターの端にはソースやマヨネーズの調味料類もあったが、何もつけなくて正解だ。十分、塩っけがする。


「水無月さんってどこから来たの?」


 箸で器用にメンチカツを一口サイズに切り分けながら、早瀬さんが言った。

 あたしは答えられずに、にこりと笑った。

 そうしていれば、向こうで勝手に聞いてはいけなさそうだと判断してもらえる。そう思ったからだ。案の定、早瀬さんはそれ以上強く訪ねることはしなかった。


 自分が、どこから来たか。

 そんなもの、うまく答えられるはずがない。物心着いた時には、訳のわからない研究施設にいて、そこで出される課題をこなして、出ていけたと思ったらまだ支配下で、明らかに堅気ではない仕事をしてきた。


 いろいろな偶然や幸運が重なって、普通に過ごしてみたいというあたしの希望が初めて叶ったのが、この高校への入学だった。いまだに、なんで許可されたのか良く分かっていないし、多分、奇跡のようなものなのだろう。

 あるいは、何か意図があるのか……。


 会話が途切れる。


 さて、誘ってくれたのは向こうだが、これまでの流れで、取り立てて何か話したいことがある、という訳ではなさそうなのは分かった。

 ならば今度はこちらから、何か話しかけるのがマナーだろう。


「今日は良い天気ですね」

「……あ、うん、そうだね」

「しばらくこの天気が続きそうで良いですね」

「え? あ、うん……」


 おかしい。

 あたしが学んだ普通の会話では、この話題から入るのがベストだということだったのだが……。

 気まずい雰囲気を打開すべく、会話の糸口を再度探る。ええと、天気の話題がダメだとしたら、最近あったこととか? ああそうだ、最近といえば。


「あの、昨日は誘ってくれてありがとう」

「え?」

「ほら、学校を案内してくれるって」

「あ……ううん、それは良いの」


 言葉を区切り、早瀬さんが何かを尋ねたそうにこちらを伺ってくる。


「えっと、あの人って」

「あぁ——、友達」


 言い切って、にこりと笑う。早瀬さんは、そうなんだ、と納得したようなしていないような表情でうなづいた。


「もし良かったら、今日、お願いしても良いかな? 学校の案内」


 早瀬さんの顔が曇る。


「……っ。あ、あの、18時までなら」

「何か用事があるなら、無理しなくて良いよ?」

「う、うん……」


 あたしがにっこり微笑むと、早瀬さんは、躊躇うように視線をあちこちに漂わせた。

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