第10話 おはよう

   *由奈由*


「あ、おはよう、早瀬さんっ!」


 午前8時5分。いつもの時間に教室の扉を開けて、自分の席に向かおうと一歩踏み出した瞬間、いつもと違うことが起こった。

 目の前には、肩口で黒髪を切り揃えた、どこか古風な髪型の少女。転校生の水無月さんだ。


 彼女の机の周りには、このクラスの中心的な女子達がいて、何事か、とこちらの様子を伺っている。

 どうやら集まりをわざわざ抜け出してまで、こちらに挨拶に来たらしい。

 突然の出来事に、パニックが起きる。えっと、えっと、と口籠もっているうちに、水無月さんの机を囲む女子の1人が、「その子はほって置いて話そうよ」と、笑いながらこちらに声をかけてきた。


 すらっとした健康的そうな手足に、うっすらと化粧を施した可愛い顔。染められた派手な髪。一番のリーダー格、山口さんだ。

 入学式からこっち、一度も登校していない、いわゆる不登校の生徒の机に、我が物顔で座っている。


 ……名前は確か、遠塚雪弥くん。

 不登校ゆえに、当然会ったことはないが、なにも知らない彼の境遇に勝手に同情と共感をして、だから名前を覚えてしまった。

 そんな彼の机の上で、ミニスカートから伸びた白い太ももを惜しげもなくさらして、にっこりと笑う。その可愛い顔に、どこか悪意を感じてしまうのは自分だけだろうか?


 私は、顔を引き攣らせ、何もいうことができなくなってしまう。

 いじめ、というほどではない。けれど、最近、こういった悪い意味で揶揄うようなやりとりが、自分の周りで起こり始めている。

 原因は、自分の容姿か、コミュ障な性格か。

 だからこそ、昨日、彼女と友達になりたかったのだ。


 クラス内のパワーバランスが、水無月さんにもはっきりと分かったことだろう。多分、これで完全に断たれてしまったな。

 人は群れる生き物だと言うことは、小学生の頃からなんとなく察している。そして、群れにはボスがいる。そのボスから弾かれてしまえば、その集団で生きるすべはゼロになる。

 だから、水無月さんだって今後、私を揶揄したり、無視したりするようになるはずだ。


「あ、ごめんね。昨日、早瀬さん話しかけてくれたんだ。だから、ちょっと挨拶だけさせて」


 ポカンと、山口さんの口が開く。私の口も、似たような感じだった。


「おはよう」


 と、目の前の水無月さんが再び、ひまわりのような笑顔を浮かべていった。その闇色の瞳には、ただ無邪気な光だけがあって、目を細める。


「お、おはよう……」

「うん! 今日は良い天気だね」


 それだけ言って、彼女は自分の席に戻っていった。しかし、山口さんをはじめ、クラスの中心的な女子達は、どこかしらけたような顔で解散していく。

 その様子を、不思議そうに見つめる水無月さん。

 私はうまく動けず、結局、大人しく自分の席に向かった。


 鞄を下ろして、水無月さんの様子を伺う。彼女は何もなかったかのように、不思議そうな顔のまま、自分の席に座っていた。

 何も悪いことをしていないはずなのに、何か悪いことをしたような気分になる。

 昨日、自分が除け者であることを自覚して、私が話しかけなければ、彼女はスムーズにこのクラスに馴染めたかもしれないのに……。


 水無月さんに、話かけてみたいな、と思う。


 昨日は少々面食らったが、向こうから話しかけてくれて、悪い子ではなさそうだ。

 しかし、クラスにはすっかりクラスメイトが来ているし……なんて考えているうちに、チャイムが鳴った。

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