2.今のしあわせと果てなき夢
行けそうな国を見て回ってから、世界を一巡りしたぼくが最後に行き着いたのは、南方の島ジェパーグだった。
港を出てから馬車を数時間走らせると、首都のツクヨミに着くことができる。
どの国もそうだけど、首都はにぎやかなもので、ツクヨミもたくさんの人が生活している。主な国民は
魚を生のまま食べれるように調理したり、現地の植物で編んだカゴとか木の彫り物とか。面白いものを見つけ出したらキリがなくて、ジェパーグは面白い。島だけあって珍しい植物や動物もいる。
空大陸にも地大陸にもない独特の文化に、ぼくはすっかり魅了されてしまっていた。
まあ、永住するにはちょっと住みにくいんだけどね。みんな人見知りだし。ジェパーグの国民性って変わってるところがあるから、同調できないとそれだけで気まずくなっちゃうし。
だから、ぼくは滞在する場所を首都ツクヨミの郊外を選んだ。一人じゃない。ジェパーグで知り合った友人たちと一緒に。
「ただいまもどりましたー」
ツクヨミを抜けた先の山のふもとにある簡素な山小屋。それが、ぼくと友人たちの家。
そして、いつもぼくが帰ると笑顔で迎えてくれるのが、同じ精霊魔法の使い手のレイシェルだ。
「ユークおかえりーっ」
「ふふっ、ただいまです」
レイシェルは、下半身が魚の民で有名な
背は小柄で、いつも元気いっぱい。肩より長い水色の髪はサラサラしてて、レイシェルの目はいつもキラキラ輝いてる。花が咲いたように笑う姿はとっても可愛い。
だけどこう見えて、レイシェルは男性なんだよねぇ。ううん、ぼくよりは明らかに年下っぽいから男の子って言うのが正しいのかもしれない。
「ユーク、今日はどこに行ってきたの?」
「竜の島のセンターポイントまで調べものに行ってました」
「そっかー。じゃあ、ごはんあんまりおいしくなかったでしょ。お昼ちゃんと食べた?」
「食べましたよ。サンドイッチですけど」
そいえば、お昼はシルと食べたあのサンドイッチだけだったかも。ずっと図書館にこもって本読んでたし。ぼくって、集中してなにかしてると時間忘れちゃうんだよね。
「サンドイッチだけじゃ少ないよー。今ね、ミストがおいしい晩ごはん作ってるから、ユークはいっぱい食べるんだよっ」
「ええっ!?」
どちらかというとぼく、少食なんだけどなあ。
「レイシェル。分かってると思うけど、あんまりユークに無理強いして食べさすなよ。おまえだって、あんまり食べないだろ」
奥の方からひょっこり顔を出したのはヴェルクだ。同じ家に住む
「ただいまです、ヴェルク」
「おかえり」
「僕はユークに無理強いしたことないよ、ヴェルク。でもさ、ミストの作るごはんってすごくおいしいから」
「手間かけて作ってくれてるからな。さて、任せっぱなしにするのも悪いし、ミストを手伝いに行こうぜ」
「そうですね」
玄関から入ってすぐ近くの扉を開けると、そこがリビング。部屋に入ると、背の高い男の人がエプロン姿で料理をお皿に盛り付けていた。
クセのある水色の髪を後ろでひとつに結った、切れ長の目の美人さん。ぼくと同じ
彼は料理が好きで、毎日ごはんを自ら作ってくれている。最近はやらせてばかりなのも申し訳ないってヴェルクも時々手伝ってるみたい。
木製のテーブルにのっているのは、サラダとスープとパスタ。今日のメインはクリーム系のパスタかなあ。卵がのってる。生卵ではないみたいだけど……。
「おかえり、ユーク。今日は野菜サラダと、玉ねぎのスープ。そしてカルボナーラのパスタだ。この間、買い物に行った時に温泉たまごの作り方を聞いたから作ってみたんだ」
思っていることがすぐ顔にでるぼくとは違って、ミストは表情の変化が乏しいタイプでにっこり笑ったところは見たことがない。でも、感情がないというわけじゃなくって、嬉しい時は少しだけ笑う。ただ、よく観察しないと分かりづらい。
彼の本来の職業は剣士で、傭兵もやっていた時期もあるみたいなんだけど。ぼくはミストと出会ってからというものの、彼が包丁やおたまを持っているところしか見たことがない。
「へぇ、温泉たまごって作れるんですねー」
「ああ。最初は買おうと思ったのだが、偶然居合わせたご婦人に買うのはもったいないと言われてな」
「ミスト、いつもそのエプロンつけたままで買い物行くからなあ」
ええ!? エプロン姿で首都に行ってるの?
シンプルな紺色のエプロンでミストにはよく似合ってる。そのままで街に出れば家族のために家事をがんばってる主夫だと見られるんじゃ……。
「いいじゃないか。変に見られることはないし、店主や居合わせた街の人には親切にしてもらえることが多いぞ」
「そりゃそうだよー。ジェパーグの旦那サマって、料理や家事する人が少ないみたいだよ。だから、応援してくれてるんじゃない?」
にこにこと笑うレイシェルと、ほぼ無表情ながらも穏やかな瞳で見守るミスト。そして、一歩引いたところを立ち位置として選びつつ、みんなを引っ張ってくれるヴェルク。
あれ? そういえば、あと二人足りない。
「ノイシュとシェルシャはどうしたんですか?」
ぼくの疑問に答えてくれたのはヴェルクだった。
「ああ、ノイシュはシェルシャを連れて里帰りだってさ。なんでも、前から身内に顔見せに来いって言われてたみたいでな」
「そうなんですか。ノイシュの生まれはノーザン王国でしたっけ」
「そうそう。ノーザンは今いい感じに安定してきてるし、二人だけでも大丈夫だと思ったから行かせてるんだ。さて、せっかくミストが作ってくれたんだ。冷めないうちに食っちまおうぜ」
いつもの通りヴェルクが促して、ぼくたちは食卓につく。まるで、ずっとそうしてきた家族のように。
「いただきます」
今はみんなで囲ってごはんを食べるこのひと時がしあわせで、ぼくの大切な宝物のひとつ。
穏やかであたたかい日々が、ずっと続けばいいのに。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「ユーク、この後予定ある?」
ごはんを食べ終えてから片付けを手伝って、部屋に戻る途中。声をかけてきたのはレイシェルだった。
「とりあえずお風呂に入ってから、お仕事の続きしようと思ってます。徹夜で」
「ふーん。結構、期日迫ってるカンジ?」
「そうですねー。でも、頑張れば間に合う量なので」
だから、今日センターポイントまで出かけたんだし。これで肝心の仕事が終われなかったんじゃ笑えない、よね。うん。
「じゃあさ、僕も手伝うよ。徹夜のお供にとってもいいお茶をこの間完成させたんだっ」
得意げなレイシェルの笑顔がとてもうれしそうで、ぼくは頬が緩んでしまう。おかしいなあ。レイシェルは男の子なのに、ぼくよりも可愛い。
「では、よろしくお願いします。頼りにしてますね、レイシェル」
「うん、任せて!」
国を出てからぼくが真っ先に始めた仕事は、本の執筆だった。
もともとぼくの本分は魔法や知識、その他イロイロなものの研究で。一般の人よりは博識な方だと思う。それが、数少ないぼくの取り柄。
世界にはたしかに精霊が存在していて、魔法を発動させる時だけではなく、ぼくたちが生活する手助けもしてくれている。けれど、ぼくたち人族は精霊のことを何も知らない。
だからぼくは、本を書き始めた。
知りたくて知りたくて、探し求めている人が見つけ出せるように。世界のこと、精霊や魔法、そしていにしえの竜のことを。
今はぼくの研究テーマであるいにしえの竜について本にまとめている途中、なんだけど。
「うっわあ。これ、一気に目が冷めますね!」
「でしょでしょー。かなりいいカンジで調合できたと思うんだよねぇ」
ひと口飲んだだけで、頭が一気に覚醒した、気がする。うん、大丈夫。これならいける!
「あっ、そうだ。ユークにこれあげる」
机に向かい始めたぼくにレイシェルはごそごそと服のポケットから、金属片のようなものを取り出した。
黒く光る、薄い金属片。触ってみると、ツルツルしている。
「これって、いつものムルゲアの鱗ですよね。いいんですか、ぼくもらっちゃって。すごく珍しいものなのに」
「うん、いいよー。ユークなら悪用はしないだろうし、役立ててもらえると思うし」
そう言って、レイシェルはにこにこと笑う。
ムルゲアとは、その姿を見た人は数えるほどしかいないとまで言われた、海に住むとても珍しい精霊獣のことだ。なんとレイシェルは、そのムルゲアの友人らしい。
「ありがとうございます、レイシェル。研究の役に立ちそうですね。大切にします」
ぼくはカバンからなるべく柔らかそうな布を取り出して、ムルゲアの鱗を包む。
精霊獣の鱗には魔力が宿っている。ムルゲアは無属性の精霊獣だから、レイシェルはムルゲアの鱗を快く分けてくれたんだろう。
ほんとうにいい子だなあ。ぼくの研究を応援してくれて、なんだかうれしい。
「まだまだいっぱいあるから大丈夫だよ。足りなくなったら言ってね、またあげるから」
「えっ。だって、これ希少な魔法材料ですよ!? これだけで屋敷が何件も建っちゃいますけどっ」
「ムルゲアの通り道にたくさん落ちてるもん。誰にでもあげるわけにはいかないけど、僕もユークのことは信じてるし」
あっさりと。ごく自然に言って、レイシェルはぼくの隣でごろんと横になった。
ああ、どうしよう。泣きそう。
うれしい。すごくうれしい。
友達って、やっぱりいいな。
どのくらい時間が経っただろうか。夜もすっかり更けた頃、レイシェルが話しかけてきた。
「ねえ、ユーク」
「なんですか?」
羽ペンを走らせながら、ぼくは視線を上げないまま返事する。
レイシェルは何をしてるんだろう。紙をめくる音がするから、本を読んでるのかな。
「ユークは友達の呪いを解くために、旅をしてたんでしょ?」
思わず手を止めて、ぼくはレイシェルを見る。彼も顔を上げて、ぼくを見ていた。
「そうですね。でも、ぼくたちが使う精霊魔法じゃ解けそうにもないんですよね」
レイシェルやヴェルクたちには、事情はかい摘んでしか話していない。カイのことも水竜のことも、打ち明けていない。
話してしまうと、ぜんぶ本当のことを言わなくちゃいけなくなる。
彼らなら、今や家族のように接してくれるみんななら、話してもいいって思うんだけど――。
まだ、ぼくは踏み切れないでいる。今の関係が壊れてしまいそうで、こわいんだ。
「そっかー。じゃあ、竜魔術にならあるってこと?」
「はい、流れ星の魔法です。なんでも願いを叶えてくれるなら、ぼくの友人の呪いだって解けるかもしれません。……まあ、ぼく無属性じゃないんですけど」
「ふうん。じゃあ、結構かかるかもしれないねー」
世界を一巡りしても、手がかりさえ見つけられなかった以上、ぼくが頼りにしているのが流れ星の魔法だ。けれども、その魔法は無属性の人の中でも熟練者でないと扱えない高位の魔法。当然、無属性でないぼくが扱えるはずもない。
「そうですね。でも、もしかしたら裏技があるかもしれません。ぼくはいつか必ず魔法式を完成させて、流れ星の魔法を発動させてみせます」
これがぼくの夢で、今の目標。
どのくらいがんばったら達成できるのか分からない。無属の魔法式だなんて、どこから手をつけたらいいものか。もしかすると、生きているうちには無理かもしれない。
それでも、あきらめるわけにはいかない。
「すごいね、ユーク。がんばって。僕応援してるから」
「ありがとうございます、レイシェル。でも、ぼくって、ついネガティブ思考に走ってしまうので、考えちゃうんですよ。ぼくが水属性ではなくて、無属性だったら良かったのにって」
そうしたら、夢に届きやすかったかもしれない。
無属性の魔法の研究は、世界でもあまり進んでいない。水属性のぼくが無属の魔法式を組むのも、容易ではないし、難易度もかなり高くなる。
ぼくが無属性だったなら、もっと早くカイを開放してあげられるのに。いくら考えても無駄なのに、ぼくはついつい頭の片隅でいつもぐるぐる考えてしまう。
「大丈夫だよ、ユーク。僕、ユークの夢が叶うように精霊に祈ってあげるからさ」
「うう、ありがとうございます」
やだ、涙出そう。いつもウジウジ悩んでばかりのぼくに、レイシェルはいつも励ましてくれる。ぼくの大切な友人の一人。
――と、胸をじーんとさせて感動していると、ドアがノックされる。答える間もなくドアが開けられて、半眼で呆れ顔のヴェルクが入ってくる。
「おまえら、まーた夜更かしして……って、何のニオイだよコレ!?」
匂い? 何のことだろう。二人で煎餅をつまみながら、お茶してただけだし。あ、もしかして。
「これのことですか?」
まだ湯気が立っているお茶を手で示して尋ねると、ヴェルクはそうだと言う。
「すげえ頭にガツンとくる匂いだぞ!? レイシェル、お前また変な飲み物作っただろ」
「ふふん、すごいでしょヴェルク。どんなに眠くても一発で目と頭が冴える、徹夜のお供に最適なレイシェル特製のハーブティーだよっ」
立ち上がって、腕を組むレイシェルはなんだか得意げだ。でも、彼に反してヴェルクは深いため息をついた。
あ、やな予感する。
だめだよ、レイシェル。ソレ褒められるようなことじゃないから。むしろ、怒られる案件だからっ。
案の定、ぼくの予想は違わず。ヴェルクは腰に手を当てて、まるで父親が子どもを叱るみたいに叫んだ。
「んな不健康なモン飲んで夜更かししてねえで、早く寝ろ――っ!!」
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