第一部 「母」と私

三、  


 私が山形を離れた日は、はっきりと覚えている。

 お世話になっていたとある人が、お別れのしるしにカバンをくれたからだ。猫の刺繍入りだったと記憶している。それは今から三十年以上前の、平成二年の話であったと記憶している。


 もうすでに私は、山形とは、永遠の別れになると思っていた。この日以来、私は山形を訪れたことがない。本来であれば、もしかしたら、転校する人と言うのは、時々住んでいた土地を訪れて、旧友に会う機会があるのかもしれない。


 残念ながら、私の実母は、父は、そういった能力に欠けていたのかもしれない。それ以来、山形にはお世話になった人がたくさんいたと言うのに、本当にすぐに縁が切れてしまった。山形出身と聞くと、もしかしたら知り合いかもしれないと思うのだが、残念ながら記憶すらなく、卒業名簿にはない私にとって、ぼんやりと小さな記憶しかないのである。名前を1つでも覚えていたらいれば、今の時代、SNSを使って探せるだろうが、そういうことすらできないのである。

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こじれ 荒川 麻衣 @arakawamai

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