第一部 「母」と私

二、

 私が山形の家で、「母」を知った時は、いきなり現れたので、正直に言えば、恐怖を覚えたと記憶している。三十年以上前の記憶なので、他に記憶としていることといえば、死にかけたときの記憶である。

 

 ある日のことであるが、私は、アブか何かに刺されたらしく、朦朧とした頭で、自分自身の体が離れていくのを感じた。あれは自分の家だったか、病院の寝床の上だったかはわからないが、あまりの痛さに天井から自分自身を見ていたことを覚えている。


 猛烈な痛みと言うのは、離人症を引き起こす。何故かわからないが、そばにいたら、実は、私の「母」に連絡を取った。


 私は、こう聞いた。


 ほら、あなたの大好きな「母」だよ。


 私を知らないおばさんではあったものの、その柔らかい響きに安心感を覚えたことだけは、はっきりと記憶している。とは言え、天井から自分自身を見ているほどの強烈な痛みでは、話を聞くのは難しく、ただぼんやりとこの痛みはいつ続くかを、自分が死ぬのではないかと言う恐怖を覚えていた。


 正直、五歳児か四歳児だったので、激痛に耐えられるほど、精神的には強くはなかった。


 この時も私は、この人は私が死んでも構わないのではないかと。一瞬思った。


 親になると言うのは簡単にできることではない。それは舞台上であっても同じことである。


 大人になれず、芸能人になれず、ただ人として生きていく事は、母にとっては、「母」にとっても苦痛であったに違いない。

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