真実③

 七海の言葉に、幸太郎は視界がぐらりと歪んだ。

「俺が死ぬって……どういうことだ」

「今……聞いたの」

 七海が神に目をやった。

 幸太郎も同様に神に向き直り、問いかけた。

「どういうことだ?」

『サンシュノジンギ、ヤサカニノマガタマニ、オマエノタマシイハ、トラワレテイル……』

 七海が苦しそうに眉を寄せた。

 しかしまだ、幸太郎はその真意にたどり着いていない。

『トラエタタマシイノ、モトノカラダハ、フシヲエテ、ウケタジショウヲ、ミズカラモコウシデキル。チカラノオトル、ニンゲンニ、カミガ、チカラヲアタエルタメ、ソノヨウニツクッタ。ソノカワリ、タマシイハ、モトノカラダニ、モドラナイ』

「でも」

 幸太郎は反論した。

「凜は、どうなるんだ!あいつはもう、不死からは解放されている」

『タシカニナ』

 意外なほど神は幸太郎の反論を肯定した。

『クサナギノツルギハ、スベテヲタチキル。ソノチカラデ、オマエハ、イモウトヲ、タスケタ』

「なら……」

『ナラ?』

 神のオウム返しに幸太郎は、言葉を続けられなくなった。

『ホカノダレカニ、オマエトオナジコトヲ、サセルノカ?』

「それは……」

 幸太郎は言葉を失ってしまった。

 そんなこと、できるわけがなかった。

 幸太郎が助かるには、他の誰かにそれを肩代わりさせなければならない。

 凜は幸太郎の手で救い、そして同じくヤサカニノマガタマにとらわれていたであろう義之も、神によって屠られてしまった。

 残るは幸太郎しかいない。

「私がやる!」

 七海が叫んだ。

「こうちゃんを助ける為なら、私の命なんて……」

 七海は胸に手を当てながら。想いを放った。

 そこに、一切の迷いも躊躇いも感じられれなかった。

 そんな真っすぐな叫びだった。

「私は、今までずっと、こうちゃんの後ろで待ってるばかりだった!村にケガレモノが現れた時も、結局高みの見物で、義之さんがああなっちゃったときも、何もできなくて!他の人に頼ってばかりだった」

 もうそんなのは嫌だ。

「だから、ここで私ができることは、こうちゃんを助けることなんだよ!ずっとずっと、そうしたかった!だって、今の私があるのはこうちゃんのおかげ!だから……」

 言葉の途中で、七海が唐突に頽れた。

「げほ、げほ」

「おい、大丈夫か!」

 幸太郎が這いずりながら、七海を覗き込んだ。

 そして、気づいた。

「七海……お前……穢れを」

 七海の抑えている胸、指の隙間から穢れが蠢いているのが見えた。

 それは幸太郎が義之から庇っていた時にできたものだった。

 幸太郎は七海を守り切れず、触手の先端は七海の胸に届いていたのだ。

 幸太郎の視界から隠れるように七海が背を向けた。

「こんなの……なんでもない!だから、こうちゃん」

 そんな幼馴染の姿を見て。

 幸太郎は自分の胸の中にあった、躊躇いが消えていることに気付いた。

「なあ、七海」

「え?」

 七海は泣いていた。

 だからこそ、幸太郎は笑った。

「俺は、今までたくさんの人に迷惑をかけてきた……七海だけじゃなくて、凜、くれは、村の人たち、他にもたくさん」

 口にした人たちの顔が走馬灯のように浮かんできた。

 悲しいものの方が多かったような気がする。

 それは幸太郎自身の弱さが招いたものばかりだった。

「でも、そんな俺でも今こうして役に立てる機会が出来た。死んでしまった人たち、今も苦しんでいる人たち……凜とくれは、お前を救うことが出来るんだ」

「でも、そんなのこうちゃんじゃなくたって……」

「俺にしかできないんだ……他の誰かじゃない」

 七海が被りを振る。言葉が出てこないのだろう。

「そして、俺がこの決断を出来るようにしてくれたのは……七海のおかげだ」

 七海の目から再び大粒の涙が流れた。

「お前からは、本当にたくさんのものをもらった。初めて会った時からずっと……お前のおかげで俺の人生は明るくなったんだ」

「ううん、それは……わたしだよ。こうちゃんと会えて、私は発明も……たくさんの人たちとも出会えて」

「ああ……だから」

 幸太郎は真っすぐ七海を見た。

 自分の想いを七海に伝えるために。

「だから……俺は死なない」

 七海の双眸の奥の、一対の光が瞬いた。

 自分の思いが伝わったのだと思った。

「いろんな人たちとお前たちの中に俺は残ってる……それに、お前にもらったものもある」

 幸太郎は右腕を上げた。

 膝を立てて、不格好な体制で。

「最後まで……お前が一緒だ」

「う、うう。こうちゃん、こうちゃん」

 七海が幸太郎の胸に飛び込んで来た。

 体制が崩れかけたが、何とか堪えた。

 幸太郎は七海を抱きしめた。

 しばらくそうした後、幸太郎は神に向き直った。

 七海ももう、幸太郎を引き留めなかった。

『イイノカ』

「ああ」

『ソウカ、ナラコチラニコイ』

 不意に、幸太郎の周囲が変わった。

 そこは、色のない光の世界だった。

 上下左右の感覚は消えいつの間にか七海の姿も、祭壇の間すら消えていた。

 神の世界なんだと、幸太郎は直感した。

 幸太郎の視界の中央に、三種の神器が浮かんでいた。

 クサナギノツルギ。

 本来の姿を取り戻したヤタノカガミ。

 そして、ヤサカニノマガタマ。

 それらが、まるで蝋細工のように溶けだし一つになり、小さな光の玉になり、次の瞬間に弾け、四方八方へ光のかけらたちが飛んでいった。

『コレデ、スベテ、オワッタ』

 飛んでいったかけらたちを見送って、幸太郎は不思議な確信を得た。

 あの光が、幸太郎の世界を飛び回り、蔓延るケガレモノたちを消し去っているいるのだと。

 そして理解した。

 自分は成し遂げたのだと。

 同時に、自分の体に起きていることも。

 まるで大きな光に溶け出すように、全身が消えて言っている。

 そして、唐突に強い眠気が訪れた。

 まどろみの中で幸太郎は走馬灯を見た。

 楽しいことばかりでなかった、

 むしろ、辛いことの方が多かった。

 それでも、微塵の後悔もしていなかった。

 薄まる視界に、自分を包む光とは別の輝きを見た。

 七海の作ってくれた右腕だった。

 その腕の内側。

 そこにあるものを見て、幸太郎は小さく微笑んで。

 そして、眠りについた。

 

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