真実②

 既知の外の出来事に幸太郎は硬直してしまった。

 目の前の存在が、今まで見たどんなものよりも異質なのが、直感的に分かった。

 つるりとした無貌はこの国を跋扈する異形と同じだった。

 しかし、その体躯はまるで白磁をさらに漂白したような、不気味な白色をしていた。

 そして何より、幸太郎を驚かしたのが。

『オマエモ、コノオトコノ、ナカマカ』

 そいつは言葉を介した。

 抑揚のない気味の悪い声が、幸太郎の脳内に直接伝わってきた。

 隣にいる七海は、驚愕に目を見開いている。

 もしかしたら、七海には別の言葉を投げかけているのかもしれない。

 二人の人間と同時に会話をするという所業をこいつはしているのか。

『ニンゲントハ、カクモミニクク、ドシガタイ……オマエモ、オナジカ」

 抑揚がないのでわからなかったが、そいつが自分に対して問いを投げていることを理解した。

「お前は、何者なんだ」

『ナニモノ、コレモマタ、ドシガタイ、シツモン』

 言いながらも、意外に話が通じるようで、そいつは少しだけ考えたような間を開けていった。

『オマエタチ、ニンゲンノ、コトバヲカリルノナラバ、カミダ』

「神……だと?」

 その答えに幸太郎は驚愕した。

 七海も隣で息をのんでいる。

 同じような話をしているのだろうか。

『オマエタチノモツ、サンシュノジンギ、ソレハモトモト、ワレワレカミノクニヨリ、コノセカイニ、モタラサレタモノ」

「それは……神話での話だ」

『ニンゲンノコトバヲ、カリルノナラ、ソウダ』

 つまり、神話は空想上の話ではなく、実際にあったことだというのか。

『コライ、ニンゲンタチハ、ミガッテデキタナク、タガイニアラソイアッテイタ。ヤガテニンゲンハ、カミヲタヨリハジメタ。マツリゴトヲ、モヨオシ、ワレワレカミニ、クモツヲササゲタ」

 無機質な声が頭に響き続ける。

『ソンナヤツラニ、ワレワレカミモ、ドウジョウシ、ジンギヲサズケタ、ソレニヨッテ、コノヨノアラソイハキエ、アンソクガ、オトズレタ』

 しかし、それは長くは続かなかった、

『コンドハ、ウミノムコウノ、ニンゲンドウシ、アラソイハジメタ。ソシテツイニ、ワレワレノアタエタ、サンシュノジンギヲ、シヨクノタメニ、ツカオウトスルモノスラ、アラワレタ……ソレガコノオトコダ』

 そいつ、神と名乗る存在は息絶えた義之を見た。

「オマエタチガ、ケガレモノトトヨブ、ソンザイハ、ワレワレガニンゲンニ、アタエタ、バツダ」

 幸太郎は理解した。

 目の前の存在ととケガレモノの共通点。

 それは言うなれば、神と、その使い魔の関係だったのだ。

 だからこそ、体色が違えど同じ見た目をしていた。

 そして、凜の事件があった時に見たあの不気味な存在。

 それがヤサカニノマガタマという神器によるものならば、あの存在がケガレモノに似ていると感じたのも合点がいった。

 そんなことを考えていると、唐突に隣の七海が声を荒げた。

「そんなの、絶対だめだよ!」

「七海?」

 幸太郎は七海の方へ向いた。

 七海が悔いかかるように、目の前の神を睨みつけていた。

「七海どうしたんだ」

「こうちゃん……!」

 七海が幸太郎に縋りついてきた。

「だめだよ、そんなのだめだよ絶対」

 仕方なく幸太郎は神に向き直った。

「七海に一体何をしたんだ」

『ナニモシテイナイ、タダシンジツ、ヲツゲタダケダ」

「真実だと?」

『コノヨカラ、ケガレモノヲ、キシサルホウホウダ」

「何!?」

 幸太郎は食ってかかった。

「あるのか、その方法が!」

『アル」

「それを、教えてくれ」

「ダメ!言わないで!」

「七海、何で止めるんだ」

「だって、だって」

 七海はそれ以上は口にしなかった。

 口にできないほど恐ろしいことなのか。

 しかし、それならば幸太郎には覚悟があった。

 どんなに辛い事でも成し遂げることが出来る。

 剛毅の言葉を思い出した。

『どんな高い志があっても、死んでしまえばおしまいだ。しかし、君は生き続けられるのでしょう。だったら、たくさんの人と関わり、そして助けることが出来る』

 そうだ。

 この不死の力で、俺はどんな事でも成し遂げて見せる。

「……教えてくれ」

「サンシュノ、ジンギヲ、カエシテクレレバ、イイ」

「え?」

 思いもよらない内容に、幸太郎は拍子抜けした。

「そんなことで……良いのか?」

「アア」

 神は嘘をついているようには見えなかった。

 人外にそんな直感が適用されるのはわからなかったが、なぜだかそう思った。

 だから幸太郎は思わず早口になった。

「なら、今すぐやってやる!神器は揃ってて、祭壇はそこにあるんだ……そこから」

「だめだよこうちゃん!」

 七海が咎めた。

「何で止めるんだ七海!」

 ようやく、ようやく俺が大きなことを成し遂げられるというのに。

「お前は、今まで俺のためについてきてくれたんじゃないのかよ!」

「そうだよ!」

「だったらどうして!」

「どうしてって、そんなの!」

 七海が再び口を噤んだ。

 さっきも見た表情だった。

 しかし、今度は七海は覚悟を決めて、その続きを口にした。

「だって、それをしたら、こうちゃん死んじゃうんだよ!」

「……え?」

 

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