真実①
義之を倒した後、幸太郎は這いずるようにして、クサナギノツルギを鞘に納めた。
僅かな安堵の中、微かなうめき声を聞いた。
義之だった。
その瞳は焦点のあって無い目で虚空を見つめていた。
不意に幸太郎は聞きたくなった。
「義之……さん」
返事はなかったが、義之が自分の話に耳を傾けているのが雰囲気で伝わってきた。
「さっきの凜の質問の答え……聞かせてくれよ」
見ず知らずの自分と凛を、今まで育ててくれたこと。
その愛を幸太郎はまだ捨てることが出来なかった。
「俺は……あんたの背中を追ってたんだ。あんたみたいに、困っている人を助けたいって、何か、自分の持つ何かで助けたいって……何も取り柄がなくて、不真面目だったけど、そういう思いがあって……それが、他でもない、あんたから学んだものだったんだ」
義之は宙を見つめたままだ。
「それは……全部嘘だったってのかよ……全部が全部嘘で、目的のための過程で、俺たちの事なんてどうも思ってなかったってのかよ」
話しながら幸太郎は目の奥が痛み出し、それを吐き出すように右手を地面に叩きつけた。
「なあ!答えてくれよ、あの日々は全部嘘だったっていうのかよ!」
幸太郎の叫びが祭壇の間に響き渡った。
人の立ち入らぬ静寂の中、義之がゆっくりと、口を開いた。
「だから……言っただろう……そういうことだって」
自嘲するように、義之が小さく笑った。
「大切な人を失った悲しみが薄れていくっていうことは……」
「おい!」
最後までいうことなく義之は口を噤んだ。
結局、幸太郎は義之の想いを聞く事が出来なかった。
名状しがたい感情に苛まれていると、聞き覚えのある声が響いた。
「こうちゃん!」
七海だった。
もはや狂乱状態といった風で、幸太郎のもとに駆け寄ってきた。
「よう、七海」
「ようじゃないよ、こうちゃん……ひどい、けが……それに、治ってない」
「はは、まあ、普通の人間は手足を斬られたら治らないもんだぜ」
「そんな冗談言ってないで……早く帰って治療しないと」
涙交じりにまくしたてる七海に幸太郎は表情を引き締めた。
「いや、それよりもやることがある」
「え?」
「三種の神器を祭壇に帰すんだ」
「そ、そんなの」
「今やるんだ……凜とくれはが穢れを受けてる」
「だったら、あたしがやるよ」
「そうはいかない。三種の神器は見たら穢れを受けるんだ……だから、俺しかできないんだ」
「……でも」
「でもじゃない」
「じゃあ」
「じゃあでもない」
七海が口を噤んだ。
「頼む、あの祭壇まで肩貸してくれよ」
「……わかった」
「ありがとう」
七海は恐る恐るといったように、幸太郎の体を引き寄せた。
「ぐっ……」
「ご、ごめん、いたかったこうちゃん」
「気にしないでくれ」
七海と一緒に祭壇まで歩いていく。
途中で七海が神器を回収しながら、やがて祭壇までたどり着いた。
もう少しだ。
今まで何事も中途半端だった自分が、大きなことを成し遂げる。
この国と、国民を苛み続けてきたケガレモノを滅ぼす。
まるで夢のようだ。
手足は何本か失ったが、そんなの安いもんだ。
たくさんの人の命と明るい未来を作れるのなら。
「……え?」
不意に、幸太郎は微かな異音をを聞いた。
「七海!」
「え」
幸太郎が咄嗟に七海を突き飛ばした。
同時に、自身の体に衝撃を感じた。
「義……之」
触手が自身の背中に突き刺さっていた。
「がはあ、はあ、ふざけるな、こんなところで諦めてたまるか」
悪魔のような形相をした義之が幸太郎と、七海を睨みつけていた。
「そいつを返せええ!」
触手が七海に襲い掛かった。
恐怖に身をよじらせる七海に、幸太郎は転がるようにして覆いかぶさった
「がは!」
再び背中に衝撃。
そして、まるで槍衾に貼り付けられたように、大量の触手が幸太郎を襲った。
「ぐあああああ」
七海を庇いながら幸太郎は激痛に苛まれた。
途切れそうな意識を必死に繋ぎ止めながら、幸太郎は気づいた。
傷口がふさがらない。
そして、瞬時に理解した。
自分はクサナギノツルギを受けた時に、その万物を切り裂く、浄化の力を手に入れた。
さきほど、自分は義之に対してクサナギノツルギを振るった。
つまり、義之にもその力が渡ってしまったのだ。
「ぐああああああああ」
肉が抉られて、背中が徐々に削られていく感触あった。
義之も満身創痍なのか、一撃の威力は著しく下がっていた。
しかし、このまま続けばいずれ、幸太郎の体をそのまま突き破り、触手が七海に届くだろう。
「こうちゃん、こうちゃああん」
腕の中の七海が泣き叫ぶ、
それは自らではなく、幸太郎を案じる悲鳴だった。
いよいよ、幸太郎は自身の体が限界を迎えていることを感じた。
そして、一瞬攻撃がやみ、トドメと言わんばかりに大きな触手が風を切る音が聞こえて――
「……え?」
覚悟していた衝撃は、幸太郎を襲わなかった。
恐る恐る、幸太郎が、後ろを向くと――
そこには驚きに目を見開いたままこと切れている義之と。
白い、ケガレモノが立っていた。
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