決戦②

 まず動いたのは幸太郎だった。

「うおおお!」

 義之に向かって一直線に駆ける。

 その愚直な動きに義之が失笑する。

「そんな動きでどうするっていうんだい」

 巨大な右腕が幸太郎を迎撃しようと襲い掛かり、幸太郎は何とか躱す。

 しかし、交わしたと思った右腕の指先が伸び、避けたはずの幸太郎は触手のような指先に捕らえられた。

「進歩がないね、幸太郎君」

「凜!」

「はいです!」

 一瞬で幸太郎の拘束が説かれる。凜が幸太郎の拘束をフツノミタマで切り払ったのだ。

 驚いたように義之が二人と距離をとった。

 瞬時に斬られた指先が再生していった。

「……やっぱり、あんたもそういう体なんだな」

「そうだね、幸太郎君と一緒だよ」

 幸太郎は凜との戦闘の事を思い出していた、

 くれはのクサナギノツルギの力で凜を解放した。

 凜は幸太郎と同じ体を持っていて、義之もその体と同じならば、同じように義之を呪いから解放させられるかもしれない。

 だが、それでいいのだろうか。

 目の前の男は自分と凜を裏切り、そして世界に混沌を齎そうとしている。いうまでもなく今までのケガレモノの騒ぎの元凶で、それによってたくさんの人たちが命を落とす結果となった。

 しかし、それでも。

 幸太郎は再び踏み込んだ。

 剛毅は指先を再び伸ばして幸太郎を捕まえようとしてくる。

 それらを凜が切り払って幸太郎の活路を作っていく。

「ああ、ちょこまかと、鬱陶しいなあ」

 義之が不快さをあらわにした。

「昔から、したいことばっかりやってわずらわしいったらなかった。そして、今こうして僕に対して決定的な妨害をしようとしている」

 恨みと共に、義之の体から新たに触手が現れる。幸太郎を狙い、さらには凜にも襲い掛かった。

「はあ!」

 しかし、その圧倒的な物量にも凜は全く怯むこともなかった。

 非凡な戦闘の才能に、幸太郎はこれほどなく頼もしく感じた。

「お兄ちゃん、私の事は気にしないです!」

 言いながら凜は義之を見据える。

「義之さん、あなたはもう昔みたいに強くないです、昔なら私とお兄ちゃん二人にしても余裕だったはずです。私も義之さんだけは叶わないと思っていたです」

「なに?」

「それは、義之さんが魂を売ったからです。神に縋って、その力で願いをかなえようなんて、たくさんの人を犠牲にしても知らん顔しようとしてるからです」

「凜ちゃんにはわからないさ」

「わかるです!私だって過ちを侵したです!でも、それに向き合うって決めました。お兄ちゃんがいて、七海ちゃんがいて、くれはさん、たくさんの人がいる。過去の事をなかったようにして、自分の都合の良いような世界に逃げようなんて考えるのをやめたです!」

 凜が一太刀、煌めく斬撃を放った。

「ぐううう!」

 神器と凜の思いが共鳴して辺り一面を照らしたと錯覚するほどの、清浄なる一撃に義之がたまらず踏鞴を踏んだ。

「だから、私は負けないです!どんなことがあっても、義之さんを止めるです!お兄ちゃんと一緒に!」

「ふっざけるなあ!」

「!?」

 逆鱗に触れられたのか、義之が咆哮した。

 すると義之の体が見る見るうちに体が巨大化した。

 服が破れ上半身がむき出しになり、全身の血管が浮き立って、まるで鬼のような形相になっていた。

「俺の願い、俺の全て、100有余年をかけ、たくさんの人を犠牲にし、ようやく手にした機会、それをお前たちが気二人に止められてたまるかああ!」

 さらに激しくなる攻撃。触手の数は数十を超えた。

「く!」

 さすがの凜も防御に精いっぱいのようで、幸太郎の側に触手が届くようになっていった。

 何とか幸太郎はそれを躱して、義之に肉薄する。

「グオオオオ」

 もはや人外になった義之。

 しかし、理性を失った衝動的な攻撃は、物量だよりとなり、辛うじて残っていた精密性は無くなっていた。

 やがて、幸太郎は遂に義之の懐にたどり着いた。

 左手を剣から手のひらに戻して、凜の時と同じように意識を集中させた。

 イメージは、くれはの時に見た、月のような輝き。

 それを左手にこめると、光を放つ。

「これで、終わりだ!」

 幸太郎は義之に向かって左手を突き出した。

「甘いな、幸太郎君」

「な?!」

 気づけば、幸太郎の左腕が宙を舞っていた。

 義之に視線を戻すと、そこには獣のような顔ではなく、およそ冷静な人間の顔をした義之が不敵に笑っていた。

「クサナギノツルギは僕の手にあるんだよ」

 その名に、ようやく幸太郎は自身の左腕がクサナギノツルギによって落とされたことを理解した。

 もう一本腕を失い、それは再生することなく、無残に地に落ちた。

「ぐはあ!」

 痛みを感じる間もなく幸太郎は唐突に自分の体重を支えられなくなり、膝をついた。

 幸太郎が下を見ると、膝をついたのではなかった。

 右脚の膝の下から無くなっていた。

 瞬時に理解した、クサナギノツルギで足を斬られたのだと。

「お兄ちゃん!」

 兄の窮状に凜が駆け付けようとして、

「うあああ!」

 凜が急激に苦しみだした。

「凜!?」

 幸太郎が首だけを動かして凜の方を見ると、倒れる凜の体に穢れが取り付いているのが見えた。

「凜に何をした!?」

「何をしただって?僕は何もしていないよ……したのはこれさ」

 義之はクサナギノツルギを掲げた。

 そこからは今も禍々しい瘴気が生まれている。

「三種の神器にはね、絶大な力を持つ代わりに一つの呪いがあるのさ」

「呪い?」

「見たものに穢れを与える、不見の呪いさ」

 幸太郎には聞き覚えがなかった。

「世間的には見たことがないという風な伝え方になっているけど、実際には違う。見たことがある人が、呪いによる穢れで死んでしまっているからなのさ」

「そんな……バカな」

 幸太郎はすぐに矛盾に気付いた。

「俺はこうして生きている……ヤサカニノマガタマを見たのに、凜も俺も、義之さんだった」

「ヤサカニノマガタマが不死をもたらす神器だから、呪いを受けても死ぬことはない。僕も最初に国家元首の邸宅に侵入したときに見たのがヤサカニノマガタマで、君たちが見たのもそれだったからさ」

「そんな……ことが」

 つまり、不死の体から解放された凜はその不見の呪いを受けてしまったのだ。

 真実を聞いて幸太郎は驚愕すると同時に、その情報が今の状況になんら寄与しないことに気付いた。

「さて、無駄な話はもうやめよう」

 触手が幸太郎を捕らえ、身動きを封じた。

「ああ、ようやくこれで」

 義之が康太路の体を自分の前にゆっくりと持っていった。

「意外とあっけなかったな、凜ちゃんももう動けないだろうしね」

「……お兄ちゃん」

 青息吐息の凜が縋るように幸太郎の方を見ている。

 しかし、そんな妹の視線に幸太郎はもう応えられそうになかった。

「さて、それじゃあお開きとしようか」

 義之がクサナギノツルギを幸太郎に向けた・

 思いがけず、幸太郎はある光景がよみがえった。

 それは、くれはに敗北したとき。

 月の光を背負って、彼女が幸太郎を見つめていたあの時。

 自分は死を求めていた。

 今の自分はどうだろうか。

 この死を受け入れていいのだろうか。

「……そんなわけない」

 幸太郎は機械になった右腕を握った。幼馴染の思いが込められた右腕を握りしめる。

 しかし、それでは足りない。

 目の前の義之を打ち破るには武器が――

「ぐああああ!」

 突然の叫び声と同時に幸太郎の拘束が解かれた。

 顔をあげると、苦悶の表情を浮かべながら右肩を抑えている義之の姿があった。

「幸太郎君!」

 声の主はくれはだった。

 彼女の手には脇差が握られていた。

 くれはが叫んだ。

「そいつを使うんだ!」

 くれはが叫ぶ、と同時に彼女が膝から崩れ落ちた。

 彼女も不見の呪いを受けたのだ。

 意図を察して幸太郎は義之の落ちた右手に握られたままのそれに目を移した。

 クサナギノツルギに幸太郎が駆け寄る。

「ふざけるなあああ」

 義之も走り出した、右腕は既に再生している。

「うおおお!」

 幸太郎の方が一歩早かった。

 残った右腕で、幸太郎はクサナギノツルギをつかんだ。

 先ほどまで邪悪に染まっていたクサナギノツルギが、あの日のくれはのような凛とした輝きを帯びた。

 触れた瞬間、包まれるような、浄化されるような不思議な感触が、機械の右腕から全身に伝わってきた。

「これで……」

 不格好な姿勢のまま幸太郎はクサナギノツルギを義之に向かって振りぬく。

 全てがそろった。

 七海のくれた右腕。

 くれはに託された神器。

 それらが合わさり、巨大な力となって鳴動した。

「終わりだあああ!」

 光の刃が義之の体を両断した。



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