決戦①

 幸太郎と凜はくれはに教わった国家元首の跡地、祭壇の場所にたどり着いた。

 伽藍のような巨大な空間の中央に、儀式に使う物々しい装飾が備えてあるのが見えた。

 まだ義之の姿は見えないが、それでも濃密な正気が渦巻いているのが感じられた。

「いよいよですね」

「ああ、そうだな」

「それにしても、出かける時、部屋の引き出しやら箪笥やら開けて、何か探してたですか?」

「ん?まあ、まあ探し物ってやつだ」

「こんな時に?」

「まあなんていうか……未練がないようにな」

「……そうですか」

 それ以上は凜も追求してこなかった。

 やがて、二人の目の前に一つの人影が現れた。

「義之さん」

 それは紛れもなく、幸太郎の恩師。嵩原義之だった。

「やはり、来たんだね」

 まるで待ち構えていたような義之の様子に、幸太郎は胸の奥で何か大きなものが湧きあがるのを感じた。

「聞かせてほしい……あなたに、何があったんですか?」

「何がって?」

「こんな大それたことを起こそうとするほどの理由……何があなたをそこまで駆り立てているのか……それを聞かせてくれ」

 幸太郎の問いに、義之はゆっくりと語りだした。

「僕には大切な人がいた……心の底から愛していた……それこそ彼女のためならこの命だって惜しくない、そんな人がいた」

 語りながら義之は思い出の眩しさに目を細めた。

「彼女との日々はとても素晴らしかった。それまで何のとりえもなかった僕を彼女は受け入れてくれたんだ。色々なことをして、他愛もない会話をして、最高の女性だった」

 しかし、そんな日常は急にい終わりをつげた。

「彼女に不治の病が見つかったんだ。たくさんの医者を回っても、誰一人彼女を救うことが出来なかった。そして、最後に僕が頼ったのは国家元首だった」

 声音にあからさまな憎悪が宿った。

「当時国家は神の教えを規律としていて、神通力にたけていた。だから、その力を狩りたくて僕は頼み込んだ。しかし、結果は門前払いだった……そして、結局彼女は……」

 強く拳が握られた。

「僕は恨んだ。彼女を救ってくれなかった神と、そして国家元首に。だから、僕は自分で神の力を使ってやろうと思ったんだ。そのために国家元首の場所に忍び込んだ。目当ては国家元首が持っている、秘蔵の神器、それらが飛びぬけた力を持っているということは聞き及んでいたからね。国家元首の家に忍び込み。そして僕たちが今いるこの場所にそれらはあった」

 それが三種の神器だ。

「文字通り三つの箱がそこに飾られていた。中身が分からなかった僕は一番近くにあった箱を手に取った。そして……事件がおこった。ケガレモノが生まれたとされる、事件だ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!その事件は確か……」

「ああ、今から100年前だ」

「な……」

 幸太郎は義之の話の突拍子の無さに理解が追い付かなかった。

「知らなかったかい?僕の体は不死身だ……幸太郎君と同じ」

 信じられない気持ちになりながらも、幸太郎は思い当たる不死があった。

 義之と知り合ってから10年以上経つが、その容姿は出会った当初のままだった。

 それはつまり、義之が不死身の体を持っているからだったのだ。

 事実を理解した幸太郎だったが、大きな謎が残っていた。

「でも、どうして?」

「ん?」

「今になってどうして、こんなことを始めたんだ」

「事件を起こしてから、僕は三種の神器の行方を追っていた。しかし、それはまったくの手がかりなしで、長い時間を過ごす間に僕自身の哀しみも怒りも風化してしまった。そんな自分が嫌になった。あれだけ愛していたはずの女性が僕中で希薄になっているということにね……」

 自嘲するように笑った。

「だが、今になってそれが目の前に現れた。クサナギノツルギの所有者が目の前に現れ、それどころかヤタノカガミまで舞い込んできた」

「そして、もうひとつは……」

「やはりわかっているか。そう、その通り、ヤサカニノマガタマは僕がもっている」

「やはり……そうか」

「こいつは見た者に不死の力を与えるという能力を持っている。しかも、受けた攻撃を自分のものにできるという破格の性能だ」

 義之の言に幸太郎は同意した。

 それは、自分の持つ体質と全く同じだった。

 そして、自分の中の仮説に確信を持った。

「じゃあ、あの時、俺が見たものは……」

「そう、あの時、幸太郎君と凜ちゃんは、倉庫の奥にしまい込んでいたヤサカニノマガタマに触れてしまったということなのさ」

 やはりそういうことだった。

 あの日、気を失った幸太郎を、義之が救うことが出来たのは、かれが元々その呪いを受けていたからだったのだ。

 幸太郎たちが同じ呪いを受けたことに対して、義之がどう感じたのかはわからないが、とにかく義之は木箱の存在を理解した上で今日まで過ごしてきたのだ。

「……どうしてです?」

 今まで黙っていた凜が思い詰めた様に口を開いた。

「大切な人を奪われて恨みがあったってことは、分かったです。そして、今こうしてそのチャンスが回ってきたという事もわかったです」

「そうだね」

「じゃあどうして、お兄ちゃんと私を養子に取ったのですか?」

 義之が眉を細めた。

「目的に関係ない私たちをここまでずっと面倒を見てくれたのは他でもない義之さんです……色々なことを教えてくれたです……本当の家族のように……それは一体何だったのですか」

 凜の言葉に幸太郎も義之との日々が思い出された。

 身寄りのない自分たちを引き取り、育ててくれた。

 彼の背中を見て、今の幸太郎があった。たくさんの子供たちを世話をして、困っている人に手を差しのべる、そんな義之に憧れ、目指してきた。

「それは全部、嘘だったっていうですか?!」

 凜の声が響いた。

 彼女の思いの丈に、義之はしばし言葉を失っていたが、

「……そういうことだ」

「……っ!」

 凜が悔しさに息をのんで、それをあざ笑う様に義之が嘯いた。

「まあ、ただの暇つぶしさ。しかし、それも終わりだ。ようやくここまで来たんだ、私を邪魔するものは誰であろうと容赦しない」

 義之の周りを黒い瘴気が覆った。その禍々しさに幸太郎は身構えた。

「三種の神器はすべて手に入れた……あとは邪魔者を排除するだけだ」

 義之の体が徐々に変化していく。幸太郎と同じ異形の力だ。

 右腕が巨大化し、そしてもう片方の手にはクサナギノツルギが握られていた。

「私の大切な人を見捨てたこの国も、そこに住む人間もみな必要のない存在、それらを滅ぼし、彼女を生き返らせ、永遠に二人で暮らす……それが私の望みだ」

 クサナギノツルギはおぞましいほどの妖気を放っていて、それに幸太郎は見覚えがあった。

 倉庫で見た謎の存在。それと同じ雰囲気に、それらが三種の神器であることが合点がいった。

 そして、それを取り返さなければ明日はないということを。

「お兄ちゃん、行くですよ!」

 凜がフツノミタマを抜いた。

「ああ」

 幸太郎は左腕を剣に変化させた。

 強大な敵を前に戦いの火ぶたが切られた。

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