当惑①
幸太郎はくれはを部屋に連れて戻った。
七海が驚きで目を丸くしながらも、ただ事ではない状況をすぐに理解したようで、幸太郎と共にくれはベッドの横たえた。
「と、とにかく、寝かせてあげないと」
小さくくれはがうめき声をあげた。
「くれは?」
幸太郎の呼びかけに、くれはがゆっくりと顔を上げた。
「ここは……」
「こうちゃんのお部屋だよ」
「そうか……うっ!」
体を起こそうとして、くれはが苦し気に声を上げた。
先ほど、義之が乱暴に放った時に体を強く打ったのだ。
「無理しないで」
「あ、ああ……すまない」
そう言いながらも、くれはは体をゆっくりと起こした。
「こうちゃん、何があったの?」
「ああ……」
幸太郎は先ほどの出来事を話した。
くれはをさらったのは義之であったということ。
彼は三種の神器を探していたのだということ。
そして去り際に、神になると言い残したこと。
「それって……どういうこと?」
「おれもわからない……くれは、何か心当たりはあるか?」
問いかけに、クレハはしばらく思案してから、ゆっくりと語りだした。
「三種の神器が神をまつるものだという話はしたな」
「ああ」
「実際問題、それらには絶大な力が宿っている」
「力……」
幸太郎は剛毅の持っていたフツノミタマを思い出した。あの小さな剣から放たれる輝きは山神を葬った。
その光景が蘇って、否応なくくれはの言葉が事実であることを悟った。
「私が腰に差していた刀剣を覚えているか?」
「ああ」
「実は、あれは三種の神器の一つクサナギノツルギだ」
「なんだって?」
幸太郎は面喰った。
探し求めていた神器の一つが、まさかこんなにも身近にあったとは思わなかった。
「クサナギノツルギの力は幸太郎君も知っての通り、すべての事象を切り裂くことができる」
思い返すのはくれはと初めて会った時の事。
腕を斬り飛ばされてそれが再生しなかった。
あの時の現象の事が、ここにきてようやく理解できた。
「それで、その力を持つ神器は神をまつる、つまり神に近づくことができるのだ。だから、君の恩師が神になるといったのはその力に目をつけたのだと考える……そんなことが可能なのかはわからないが、可能だと思わせるほどの力があるのは確かだ」
「でも、だからって義之はどうして」
「それはわたしにもわからない」
優しかったはずの義之。
考えてみれば彼の事を幸太郎はあまりよく知らなかった。
自分たちを拾ってくれて、そして困っている人たちを助ける彼の姿を漠然とあこがれていた。
しかし、その背中は今は遠くに行ってしまった。
「何はともあれ、三種の神器は人間に扱えるものではない……それを踏まえた上で、人間が神になると宣えば必ず、その身を亡ぼすことになる。それだけに留まらず、神に粛清されてしまうだろう……この世界に災いという形を持って」
「そんな……」
最悪の未来を予想して七海が息をのんだ。
しかし次のくれはの言葉は予想しなかったものだった。
「まだ終わったわけではない」
「「え?」」
幸太郎と七海の声が重なった。
「どういうことだよ、それ」
「なぜなら、神器はまだ一つ見つかっていないからだ。ヤサカニノマガタマは行方知れずだ。だからこそ、三種の神器はまだ揃わない」
「そうか……」
くれはの意見に幸太郎は一瞬安堵しかけて、しかし最後に見た義之の顔を思い出した。
確信に満ちた、あの表情。
「待てよ」
「ん?」
「わからない……わからないんだけど」
くれはが怪訝そうな顔になった。
「……似てたんだ」
「似てた?」
「村でヤタノカガミを見た時……黒い瘴気が現れた時……それは、俺があの時見た」
言いながら幸太郎は自分の感じた懸念が確信に変わっていくのを感じた。
「倉庫で凜が見つけた、俺がこんな体になってしまったきっかけを作った、あの木箱の中身とそっくりなんだ」
くれはも得心が言ったような顔をした。
「確かに、君の不可思議な体質も神器によって齎されてモノだと考えればおかしくはない」
くれはの言葉に幸太郎は頷いた。
「それに、俺はあの後義之がどうやってあの場を逃れたのかわからないんだ。ただもし、義之があの時その中身を回収していたのだとしたら……それがヤサカニノマガタマであるとしたら」
「確かに、こうしてばかりはいられないな」
「義之の行く場所のあてはあるか?」
「わからない、わからないが……もし三種の神器の秘密を知っているのであれば、向かうのはわかはのみや、国家元首の跡地の祭壇があった場所のはずだ……そこは神の世界に一番近いとされている」
「なら、今すぐ行かないと!」
「ああ」
そう言って幸太郎とくれはが立ち上がろうとすると――
「待って」
思わぬところから待ったがかけられた。
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