闇討ち②


 くれはを送り出した後、幸太郎は自室で七海と検索を続けていた。

「はあ、疲れたー」

 長い間モニタとにらめっこをしていた七海が、机に突っ伏した。

「もう、こうちゃん気合入れすぎだよ」

「そうかね」

「そうだよお」

 七海はだらりと腕を垂らして、そのまま溶けてしまいそうなくらいの締まりのない顔になった。

 あられもないその表情に苦笑しながら、

 幸太郎が、時計を見ると既に20時を回っていた。

 日は完全に暮れ、道場に人の気配はなくなっていた。

 さっきの姿勢のまま、七海が、

「こうちゃん、凜ちゃんのためっていうのはわかるけど、焦ったって仕方ないんだからね」

「そう......なのかもしれないな」

 確かに、自分は焦っていたかもしれない。

 悪い癖だ。

 何か思いついたら突発的に行動してしまう。

 そしてそれを多くの場合長続きせず、同じく突発的に終わりを迎えるのだ。

 七海の言い分に理を感じて、幸太郎は気分を変えたくなった。

「とりあえず夕食でも食べに行こう、七海は何か食べたいものあるか?」

「え、もしかしておごってくれるの?」

「まあ、今日一日手伝ってくれたもんな」

「やったあ!」

 るんるんになりながらPCのソフトを消していく七海を幸太郎が眺めていると、不意にスマホがなった。

「あれ、電話?」

「悪い、ちょっと待ってくれ」

 スマホを見ると、そこにはくれはと出ていた。

 珍しいこともあるものだと驚いていると、

「ねー、だれから?」

「あ、こら」

 いつの間にか七海が隣からの画面を覗き込んでおり、表示されている名前を見て眉をひそめた。

「......ちょっと、何の電話?」

「いや、わからん」

 正直に答えた幸太郎だったが、七海にはそれが咄嗟に言い繕ったように見えたらしく、

「もしかして、普段から電話したり?」

「そんなことないって」

「ふーん、そっかー。まあ、いいんじゃない?出てあげなよ、はーやーく」

「なんなんだよ……はい、もしもし」

 七海を無視して、幸太郎は通話に集中した。

 通話口の向こうからは、ただ無機質なノイズのみが走っていた。

 幸太郎は不審を覚えた。

「おい、くれは?どうかしたか?」

『……その声は、幸太郎君か』

「誰だ?」

『はは、ひどいなあ。さっきまで会っていたというのに』

「......なんだと?」

光太郎の背中に、冷たい汗が伝った。

 そして恐る恐る、電話の向こうへ問いかけた?

「義之......さん?」

『やっとわかってくれた』

 耳に聞こえる声音は、確かに馴染みがあった。

 しかしだからこそ、幸太郎は戦慄した。

「どうして義之さんが、くれはの電話を?」

『彼女なら今は大人しくしてもらっている』

「それはどういう意味だ?」

『大したことはない、ちょっと寝てもらっているだけさ」

「そんなことを聞いてるんじゃない!なぜそんなことになっているか聞いてるんだ」

『幸太郎君が言うことを聞いてくれれば安全は保障するよ』

「……どうすればいいんだ」

 幸太郎の言葉に電話の向こうから満足したような雰囲気が伝わってきた。

「ヤタノカガミ……ってきいて何か心当たりはあるかな?」

 最近耳にしたその単語が口にされたが、幸太郎は努めて冷静を装った。

「さあ」

『とぼけなくていい、君達が三種の神器について調べていたことは僕は知っている』

 先回りされて幸太郎は歯噛みした。

「今ね、くれはさんをを眠らせて手に入れたはずのヤタノカガミなんだけど、一部分がかけているようで、本来の力を失っているみたいなんだよね。そのことについて、幸太郎君は何か知らないかなって思ってね」

「知らないと言ってる」

「そうか……ならくれはさんの安全は保証できないな」

「やめろ!」

「だったら、知っていることを言ってほしいな……こう見えて僕だって必死なんだ」

 人質を取られ、幸太郎は観念した。

「……かけらを俺が持っている、以前訪れた場所で手に入れた」

『それは、よかった。そうかそういうことだったんだね』

 電話の向こうで義之がほくそ笑むのが浮かんでくるようだった。

 幸太郎は悔しさで狂いそうなくらいであったが、それを知ってか知らずか、義之が気ばんだ声音で、

『幸太郎くん、それをいますぐ僕のところを持ってきてくるんだ』

「……わかった』

「言っておくけど、君一人で来るんだよ?もし誰かを連れてきたり、話したりしたら」

「わかってる、その代わり、くれはには手を出すな」

『もちろん、約束は守るよ……だから幸太郎君も、お願いね」

「ああ」

 幸太郎が答えると電話が切れた。

 無力感が幸太郎を襲い、今まで耳に痛いくらい押し付けていたスマホはだらりと取り落した。

「何があったの?」

 七海が心配そうにのぞき込んでいた。

「ねえ、こうちゃん、義之さんなんて?」

 無邪気な幼馴染の問いに胸が痛くなった。

 しかし、幸太郎に選択肢はなかった。

「七海、これから義之さんのところへ行ってくる」

「え、どうして?」

「くれはが、さらわれた」

「え!?」

 信じられないといったように、七海が大きく目を開いた。

「そんな、なんで義之さんが」

 当然の疑問であるが、しかし幸太郎には時間がなかった。

 そもそも幸太郎ですら疑問だらけだった。

 どうして義之がくれはを襲ったのか。

 なぜ、ヤタノカガミを要求したのか。

 幸太郎は答えを見つけなければいけなかった。

 七海に向き直り、幸太郎はゆっくりと説いた。

「とにかく、俺は義之さんのところへ行ってくるから、七海は待っててくれ」

「嫌だよ、私も一緒に行くよ」

「俺が一人に来るように言われた」

「そんなの知らないよ」

「だめだ、くれはがどうなるかわからない」

「でも!」

「でもじゃない!」

「じゃあ!」

「じゃあでもない!」

 幸太郎は七海を真っすぐ見据えた。

 澄んだ双眸は不安に揺れていた。

 それでも、幸太郎の思いが通じたのか、七海は小さく頷いた。

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