裏側

 意外な来訪者に、幸太郎の自室は異様な雰囲気に包まれていた。

 七海は幸太郎とくれはをどこか疑うような視線を投げかけていた。

 その様子に幸太郎は、村で妙に七海がくれはに対して対抗心を燃やしていたのを思い出した。

 色々あってそれは有耶無耶になっていたが、ここにきて再燃してしまったようだった。

 気まずい沈黙に耐えられず幸太郎が口を開いた。

「どうしたんだ。突然」

 七海もくれはに向き直り、鋭い視線を投げかけていた。

 幸太郎はそこに、なにか不埒なことがあれば成敗してやろうという気概を感じた。

 二人の思惑を他所に、くれはは改まった様子で答えた。

「幸太郎君に聞きたいことがあったのだ」

「こうちゃん!?」

 何が気に障ったのか七海が声を上げた。

「なんだよ、まだ何も言ってないだろ」

「でも、急に聞きたいことって……何か隠し事でも」

「少し静かにしててくれ……それで聞きたいことって?」

「あ、ああ。幸太郎君は、村で対峙した巨大なケガレモノについて覚えているか?」

 意外な存在の話題が出て、七海にも真剣さが戻った。

「ああ……確か山神っていってたよな」

「そうだ……それで、その時君は何かかけらのようなものを見つけはしなかっただろうか?」

「かけら」

 思い当たる節があった。

 それは剛毅と協力して戦った時に、自分が囮となって山神に張り付いた時の事だった。

 奴の体から何か妙な破片が突き出ていて、それがなぜだが幸太郎は妙に気になったのだ。

「……見た」

「本当か?」

「ああ、ってちょっとおい」

 詳細を説明しようとする幸太郎を無視して、やおら立ち上がったくれはを慌てて呼び止める。

「なんだ?」

「いや、だってまだ何も説明してないぞ」

「それだけ聞ければ十分だ。すまないが、私には用事ができた。邪魔したな」

「待てって」

「なんだ」

 くれはの顔に不満の色が出たが、幸太郎は引き下がらなかった。

「いきなり聞きたいこと聞いて、満足してそのままいなくなるなんて、それはいくらくれはでも許せない」

 幸太郎の言い分を理解したのか、くれはは苦い顔をしながら、しぶしぶ元の位置にも戻った。

 幸太郎は改めてくれはに尋ねた。

「それが一体何なんだ?」

「これを見てくれ」

 そういうと、くれはは腰に下げていた鞄を開けた。

 その中にはさらに箱が入っていた。

 無骨な木の箱で、それをくれはがゆっくりと明けた。

「これは……?」

「これはな、神器のひとつだ」

 箱の中には、石のような金属のような材質の、丸い板状の物体が入っていた。

 神器と言えば、今まで幸太郎は武器の形をしたものしか見てこなかった。

 しかし、くれははそれを神器という。

 困惑する幸太郎に、くれはが尋ねた。

「君は、三種の神器をしっているか?」

「三種の神器……」

 その名前に聞き覚えはあった。教科書や、創作などで耳にしたことがある。

「これは、そのうちの一つ……ヤタノカガミの一部だ」

「え?」

 くれはの言葉に、幸太郎は再び箱の中に視線を落とした。

 そのさび付いたような見た目は、厳かな年季を感じるべきか、それとも放置されて朽ちた印象を抱くべきかわからなかった。

「これを完成させて、本来の神器としての姿を取り戻すことが私の目的だ」

「え?」

「私はケガレモノを狩りながら、それを目標に動いているのだ」

「その姿を取り戻すとどうなるんだ?」

「ケガレモノがこの世からいなくなる」

「な……」

 思いもよらない答えに幸太郎と、隣にいる七海も瞠目した。

「それは、一体どういうことなんだ」

 息まく幸太郎にくれはは少し逡巡したようだったが、果たして口を開いた。

「100年前、この国を急に襲った異形の生物、ケガレモノ……それはある事件がきっかけに起こっている」

「……事件」

 くれはが頷いた。

「そうだ……その事件とは、国家元首の祭壇に祭られていた三種の神器、それが何者かによって盗み出されそうになった、というものだ」

「盗み出されそうってことは、盗み出されはしなかったのか」

「そうだ……その人間は結局行方知れずのままだが、重大なのはその後の顛末だ。元々、三種の神器はその名の通り神を祀るための器であり、それが三位一体となって均衡していた。しかし、その闖入者によってその一体が崩され、それが神の怒りに触れた」

 その結果、ケガレモノが生まれた。

「その神への怒りは百年たった今でも収まっていない。その怒りを収めるためには、再びその三種の神器を祭壇に祭らなければいけないのだ」

「そのうちの一つがそのヤタノカガミってことか」

「そういうことだ」

 その話を聞いて、幸太郎は希望が見えた。

「じゃあ、このヤタノカガミを直して、三種の神器を取り戻すことが出来ればこの世からケガレモノを消し去ることができるんだな」

「そうだ」

「なら、俺にも協力させてくれ」

 それは幸太郎にとって当然の提案のつもりだったが、予想外にくれはが被りを振った。

「君は妹を助けただろう、この件に首を突っ込む必要はないはずだ」

「そういうことじゃないんだ」

「どういうことだ」

 幸太郎は凜についてのことをくれはに説明した。

 聞き終えたくれはは、いくから理解を示した様に見えたが、それでも幸太郎の申し出を歓迎する雰囲気はなかった。

 それでも幸太郎は想いを告げた。

「俺は、凜の唯一の家族として、あいつの罪滅ぼしをしたいと思ってる……それは、ケガレモノをこの世から消し去ること……それしかないと思ってる」

 しかし、それでもくれはは頷かなかった。

「やはり、君にお願いすることはできない」

「なんでだよ」

「これは、私のやるべきことだからだ」

 頑ななくれはに幸太郎は不意に疑問を抱いた。

「そもそも、どうしてくれはがそれを知ってるんだ」

 先ほどの神器の件については幸太郎は今まで一度も見聞きしたことはなかった。それをどうして、くれはが知っていて、そしてそれに対して関わろうとしているのか。

 くれは葛藤したような表情をしたが、やがて決心したかのように言った。

「私は国家元首の血筋を引いているからだ」

「……え?」

 幸太郎の疑問に、くれははそれが当然のことのように続けた。

「くれはという名前も、本来の名前ではない……私の本当の名前はわかはのみやさえこ」

「え、ええ?」

 思いもよらない新事実が立て続けに明かされて幸太郎は間抜けに驚いてしまった。

 そんな幸太郎を他所に、

「私がケガレモノを追っているのは、他ならぬ国家元首として、わかはのみやの後継者としてその責任を負っているからだ……だからこそ、私はそれをする義務がある」

「でも、その事件とやらは、えっと」

「好きなように呼んでくれて構わない」

「じゃあ、くれはが……起こしたわけじゃあない。だから、くれはが責任を感じることなんて」

「それでも、私がその地を引いている以上、私がやらねばならないことなのだ」

 そういうくれはの眼は決意に満ちていた。

 それは理屈では説明がつかない色をたたえていた。

「それに国家元首は国民を守るものだ……いくら外国に降った過去があったとしても、その心情が揺らいだことは一度だってない」

 にべもないくれは。

 それでも幸太郎だって引き下がるわけにはいかなかった。

 凜のためにケガレモノを駆逐する。

 その目的を自分以外の人間に任せるなんてできなかった。

 気づけば康太るは、説得できないもどかしさから、右手を握りしめていた。

 それを自覚すると同時に、幸太郎は閃いた。

「ああ、いてえ」

「ん?」

「ど、どうしたのこうちゃん」

 急に痛がる幸太郎に、七海が慌てだす。

「これって幻肢痛っていうんだっけか、無くなったはずの手が痛くなること」

「う、うん?そうなの?わかんないけど、でもさっきメンテナンスしたはずなのに」

「くそ、腕が無くなってから痛みが無くならない」

「え、ええこうちゃあん」

 幸太郎の思惑など分かってる風もなく七海が狼狽える、

 そしてそんな幸太郎を、くれはは恨みがましい目で見ていた。

 その視線を幸太郎は受け止めながら、不敵な笑みを浮かべた。

 卑怯なのは百も承知だった。

 くれはは義理堅い人間ということは、これまでの彼女の言動から理解していた。

 さらに、前のめりで融通が利かないということも。

 その義理と猪突猛進が重なって、あの日、幸太郎の腕を落とすことになった。

 それは幸太郎にとってくれはに対する、この上ない借りだ。

 これを使わない手はなかった。

「く……君は意外と人が悪いな」

「それほどでもないさ」

「ほめていない」

 しばらくくれはは思案して、やがて不承不承といった風に言った。

「わかった……じゃあ君がかってに私の目的に同行するという形で手を打とう。それならば、飽くまで私は一族の使命を果たすことが出来る」

「ああ、ありがとう」

 幸太郎は内心、そんなんでいいのかと疑問に思わないでもなかったが、せっかくの承諾に水を差したくなかったのでひとまず置いておくことにした。

 話がついたことで。くれはが立ち上がった。

「とりあえず一旦私は家に戻る……それではな、七海さんも」

「う、うん、またね」

 そして、彼女の後ろ姿を幸太郎が見送った。

 すると笑顔で見送った七海の顔が一瞬にして、まるで氷点下のように冷たい表情に変わった。

「こうちゃん?」

「ん?」

 幼馴染の急な変貌に幸太郎は狼狽えた。

「どうしたんだよ七海」

「どうしたもこうしたも……なんだよ、借りって」

「あー」

 言わんとすることが理解できて、それによって幸太郎は別の意味で頭を抱えることになった。

 くれはが腕を落とした張本人だという事実。

 その決して軽くない事実は、ここまで引っ張られるて、もはやどうしたらいいかわからないものになっていて、結局また曖昧にはぐらかすことになるのだった。

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