悔恨①
「……ん」
頬を優しくなでるような陽光を感じながら、幸太郎は目を覚ました。
そこは自室のベッドだった。
頭はぼんやりとしていて、直近の記憶はひどく曖昧だった。
自分はいったいどうして寝ていたのかを幸太郎が思い出そうとしていると、突然横から何かが覆いかぶさるような衝撃が襲った。
「こうちゃん、良かったああ!」
「うわ、な、七海」
思わず幸太郎は七海から距離を取ろうとするが、逃さないというように七海が回した腕に力を込めた。
「せっかく凜ちゃんも助かったのに、このままこうちゃんが目を覚まさなかったらどうしようって」
「凜……そうか、俺はあの時」
「うん」
察したように七海がこれまでのいきさつを説明してくれた。
凜を助けた後、幸太郎は意識を失ってしまっていたらしい。
穢れから復調した七海は中々戻ってこない幸太郎を心配して、村の人と一緒に探し回った。
やがて、道で倒れている二人を発見したとのことだった。
「もう、本当に心配したんだから」
幸いにも二人とも目立った怪我もなく、また穏やかに呼吸をしていたことからここまで連れてきたとのことだった。
事情を聴き終えて幸太郎は申し訳なくなった。
「その……ごめん」
「ううん……助かったんだから、いい」
七海が陣割と目に涙を浮かべた。
その様子に幸太郎は不意に胸がジワリと締め付けられた。
自分は本当にこの健気な幼馴染に助けられてきた。
ここ最近のたくさんの出来事を通じて痛感させられた。
七海がいなければ今の自分はない。
そんな考えをして、自然と幸太郎の口が動いた。
「七海」
「ん?」
「今までその……ありがとう。七海がいなかったら俺」
「こうちゃんっ……」
一瞬不意を突かれたような顔になって、七海は破顔した。
「うわあああああん、こうちゃん、こうちゃん」
「な、なんだよ」
「だって、だって、嬉しいんだもん」
引きはがすと、七海は酷い顔で泣いていた。
「色々、ごうちぢゃんに、べいわくがげで……ぞの、げっぎょくだずげでもらっぢゃって……」
「わ、わかった、分かったから落ち着けって」
「ううう」
七海が子供みたいに両手で顔をぬぐった。手を下ろすと、顔を濡らしてるのが涙なのか鼻水なのか分からなくなるくらいの有様だった。
しばらくして、七海の顔が落ち着いてたのを確認すると同時に幸太郎は思い出した。
「凜は……どうしてる?」
「ああ、それでね、実は凜ちゃんもちょうどさっき目を覚ましたの」
「……そうか」
幸太郎の胸が再びジワリと震えた。
「部屋にいるから一緒に行こう、ってこうちゃんもまだ動けないかな」
「いや、大丈夫だ」
幸太郎は殊更意気込んだ。
それは七海を安心させるという意味もあった。
しかし何よりも、一刻も早く凜の顔を見たかった。
この時をどれだけ待ったことか。
あの日、自分の行いをきっかけとして離れ離れになってしまった妹。
諦めかけた時もあった。
しかし、それでもこうして再び一緒になることが出来た。
その事実を改めて自分の目で確かめたかった。
浮足立っている幸太郎に、七海も勢いよく立ち上がった。
「じゃあ、凜ちゃんの部屋に行こう」
「ああ」
幸太郎もベッドから出て、七海について凜の部屋に向かった。
起き抜けでややふら付きも感じたが、気にしていられなかった。
七海が凜の部屋のドアをノックした。
「凜ちゃん、こうちゃん起きたよ」
『……はい、です』
「入るよ」
返事を聞いて七海がドアを開け、幸太郎も続いて中に入った。
部屋のベッドに凜が体を起こした状態で佇んでいた。
「凜」
「お兄ちゃん」
思わず幸太郎は、凜に近寄ってその体を抱きしめた。
「ごめん……本当にごめん」
「……お兄ちゃん」
「俺のせいで……お前をあんな目に合わせて……すぐに助けに行かなけらば行けなかったのに……俺は自分に甘えて……七海に甘えて。お前には本当に寂しい思いをさせた……本当にごめん」
「そんな……お兄ちゃんは何も悪くないです」
幸太郎の耳元で凜が言った。
「むしろ私を助けてくれたのですから、俺を言わせてくださいです……お兄ちゃん、本当にありがとうです」
その言葉に、幸太郎は救われた気持ちになった。
そして同時にこれからの事がたくさん頭に浮かんだ。
ようやくこうして再会できたのだから、七海と一緒にまた何かしたい。
自然と、無邪気に、口が動いた。
「なあ、何か食べたいものとかあるか?」
「え?」
「だからさ、せっかく戻ってきたんだからさ、七海も一緒に食事でもしよう。なんでも好きなものを言ってくれ」
幸太郎の思惑とは打って変わって、凜はなぜか浮かない表情だった。
「いえ、大丈夫です」
凜の答えに、幸太郎は呆気にとられた。
「え?……ああ、そうか病み上がりだからあんまり食事ってのもおかしいか。それなら、行きたいところとかあるか?今のうちに決めておこうぜ」
しかし幸太郎が話せば話すほど凜は沈んでいくようだった。
そんな凜の様子に幸太郎は疑問に思いながらも、殊更明るく語り掛け続けたが、やがて凜が思い詰めた顔をして言った。
「お兄ちゃん……だめなんですよ」
「え?」
気づけば凜は唇を嚙みしめていた。
可愛らしい口に血が滲んでいて、それはまるで自信を罰しているように見えた。
「何でだよ……ダメってどういうことだよ」
「だって私……人を傷つけたんですよ」
凜の言葉に幸太郎は絶句した。
「お兄ちゃんたちと会う間の記憶は私の中にちゃんとあるです。たくさんの人を斬りました。死んでしまった人もいました。それを、当時の私は……楽しんでました。そんな私が今更楽しく過ごすなんて……許されないです」
凜の想いを聞いて、ようやく幸太郎は理解した。
それは余りにも当然な帰結だった。
二年前の事件から、凜は全てが自分の意志でないにしろ、たくさんの人をその手にかけてきた。
その罪は凜の中に、確実に根付いており、今もその小さな体の内側を、不治の傷となって蝕んでいるのだ。
幸太郎は自責の念に駆られた。
凜のことを助ければ終わりだと思っていた。
しかし、そんな簡単なはずはないのだ。
いくら過去に縛られず、未来を見ようといっても、罪は贖わなければいけない。
凜を救うということは、その罪を突きつけるということなのだ。
そんな当たり前のことにどうして気づかなかったのか。
幸太郎の悔恨を現実にするような言葉が、凜によって放たれた。
「……しばらく、一人にして欲しいです」
「でも、凜」
「……お願いです、お兄ちゃん」
頑なな凜に、幸太郎も、七海もかける言葉を無くしてしまった。
結局、幸太郎は妹の部屋を後にするしかなかった。
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