決着②
「はあ!」
幸太郎が吶喊と共に踏み込み、駆け抜ける慣性を左腕に載せて、その勢いのまま凜を切り付けた。
先手必勝、幸太郎にとって渾身の一撃だ。
しかし、それを凜は難なく黒剣で受け流し、無駄のない動きで反撃に転じる。
「せい!」
「くっ……!」
容赦ない一撃を幸太郎はまともに食らってしまった。
傷はすぐに修復されるが、痛みに幸太郎は顔をゆがめた。
「今のでそんな顔してるですか?お兄ちゃん、少し気合が足りないですよ!」
続けざまに凜が斬りかかってくる。
幸太郎はそれを金属製の右腕を使って防ぎながら、凜の攻撃の隙間を伺った。
「はああ!」
凜の猛攻に、幸太郎は場違いの懐かしさを感じていた。
幸太郎がまだ真面目に道場に通っていた頃、凛と立ち合うことがあった。
他の門下生たちが歯が立たない凜に対して、幸太郎は兄の意地を見せようと意地になった。
実力差は歴然で幸太郎も例によって手も足も出なかったが、何度一本を取られても試合を続行した。
結局一度も凜から一本を取ることが出来なかった。
彼女の天性の身のこなし、太刀筋には到底かなわなかったのだ。
そして、その時と同様の状況が目の前にあった。
その現実に歯噛みしながら、幸太郎は必死で剣に変えた左腕を振るった。
「くそおお!」
「おっと、です」
半ばやけくそじみた幸太郎の攻撃を、まるで子供を相手にするように凜がいなす。
今もなお埋まっていない差を振り払う様に攻撃を重ねる幸太郎をを面白がるように、凜は異形の刃を躱し続けた。
だが幸太郎が何度剣を振るおうと全てが徒労だった。
元々の差に加えて、今や幸太郎の右腕は機械になり、異形の刃を攻撃に使えなくなっている。
「せや!」
幸太郎の集中が乱れたところに、すかさず凜が鋭い一撃を放った。
「がはっ!」
左腕が飛ばされ、たまらず体勢を崩した幸太郎に、続けざま凜が蹴りを放った。
「ぐ!」
まともに食らい、幸太郎は無様に知りを吐いた。
そんな幸太郎を凜がつまらなそうに見つめていた。
「終わりですか?」
「……まだだ」
言葉に反応するように、幸太郎の左腕が再生した。
その様子を見ながら、凜が顔をしかめた。
「本当に、可笑しな体です」
「確かにな……」
幸太郎はこれ幸いと、時間を稼ぐために話乗った。
凜の攻撃が止まっている間に何とか活路を見出さなければ。
必死に頭を回転させながら、同時に口も動かす。
「いくら傷つけられても、再生する体なんて」
「ですよね……それだけでもすごいです」
「なに?」
何気なく放たれた凜の言葉に、その言葉に幸太郎は違和感を覚えた。
「それだけ?」
その言い回しが、幸太郎は無性に気になった。
「他に、何かあるっていうのか?」
「え?」
幸太郎の質問に、凜はぽかんとしたような顔をした。
「もしかしてお兄ちゃん、今まで知らなかったですか?」
凜の体を、黒色の炎が包んだ。
剛毅と対峙した時にも見たものだった。
「これは、以前戦った相手が持っていた神器です。その神器は炎で相手を焼き焦がす力を持っていて、私はそれをまともに受けたです」
凜の意図がつかめずに幸太郎が言葉の接ぎ穂を失った。
それを察してか、凜が呆れたようにため息を吐いた。
「……つまりです、この体は受けた攻撃をそのまま使うことが出来るようになるです」
「何……だと」
幸太郎は衝撃を受けた。
そんな兄を、凜は尚も憮然と見つめていた。
「そもそも、お兄ちゃんだってずっとそれを使ってるじゃないですか。体の一部を変化させるっていう力は、ケガレモノが持っている力です」
凜の指摘を幸太郎は脳内で必死に嚙み砕いた。
何気なく使っていた、異形の力。
今までは、体を変化させるということ自体が、自身の能力だと思っていた。
しかしそうではなく、それは受けた攻撃を自身で使うという攻撃の、一つの形でしかなかったということか。
「そんなことも知らなかったなんて、驚きです」
「……確かにな」
「まあなんというか、お兄ちゃんらしいです」
「かもな」
生返事を返しながら、幸太郎の中で一つの考えが浮かんだ。
それを凜に悟られないように、会話にも同時に意識を割いた。
「なにはともあれ。いくら斬られても、無限に生き返って無限に戦うことが出来、しかも受けた攻撃を自分のものにできる……これは戦うため、壊すための力なんです」
「なるほど」
それは今まで手詰まりだった幸太郎にとって、起死回生の一手になるものだった。
だが、時間稼ぎをしようとする幸太郎の思惑は、すぐに裏切られた。
「さて、無駄話はここまでにしておいてそろそろ終わらせるです」
凜は体を包んでいた黒い炎を黒剣に纏わせて、その切っ先を幸太郎に向けた。
「私の体は今まではどの攻撃を受けても瞬く間に再生したです……でもそれはどの程度まで許容されるのかがわかなかったです……例えば、跡形もなくなるほどの攻撃を受けた時」
黒剣の炎が濃くなっていく。
それは絶望がそのまま具現化したかのような禍々しさをもっていた。
その光景を見れば、凜の言う通りいくら不死身といっても再生できるがわからなかった。
それでも幸太郎は諦めるわけにはいかなかった。
凜を、最愛の妹を救う。
その手段を思いついたばかりなのだから。
「ああ……受けて立ってやるよ」
「へえ、お兄ちゃんにもまだそれくらいのプライドはあるですね」
「凜、一つだけ言っておく」
「?」
絶体絶命な状況にも関わらず、どこか余裕の幸太郎に凜は眉をひそめた。
幸太郎は構わず、
「お前はさっき、この体は戦う力、壊す力だって言ったよな」
「はい」
「残念だが、俺はそうは思わない」
幸太郎の脳裏に、一人の恩人の言葉が浮かんだ。
『君の体は……人を助ける力を持っている……困っている人を助けられる』
今わの際の剛毅の言葉。
それは幸太郎の心に強く根付いていた。
『どんな高い志があっても、死んでしまえばおしまいだ。しかし、君は生き続けられるのでしょう。だったら、たくさんの人と関わり、そして助けることが出来る』
「この力は守る力、人を助ける力だ」
「は!面白いです、なら試してみるです!」
凜が駆け出した。
幸太郎も踏み込んだ。
「うおおおおおお!」
「はああああああ!」
幸太郎に向けて凜の業火が襲い掛かる。
巨大な炎の刃となったそれを、幸太郎は右腕で受け止めた。
天才発明家である七海にもらった腕。
今までずっと、懸命に幸太郎の事を支えてくれていた幼馴染。
そして、ここまで来る決心をさせてくれた大切な存在。
その七海がくれた右腕は確かに凜の一撃を受け止めていた。
まるで重力が何百倍にも膨れ上がったかのような衝撃。
足の裏が地面にめり込むのを感じながら、それでも幸太郎は立っていた。
右腕を盾にじわじわと凜との距離を縮め、やがて左腕の射程圏内に入った。
そして左腕に意識を集中させて、それを凜に向けて――
「――な!」
驚きのあまり幸太郎は声を上げた。
受け止めていたはずの凜の黒剣が形を変えて、幸太郎の左腕を絡みとっていたのだった。
凜が不敵に笑った。
「お兄ちゃんと一緒です。私だって体を変化させることが出来るです……そしてこの武器は、私の体の一部です」
「ばかな……」
「じゃあ、さよならですお兄ちゃん」
幸太郎を巨大な炎が襲い掛かった。
圧倒的な熱量が眼前に迫り、体が身動きが取れない。
幸太郎は自身の敗北を悟った。
やがて、幸太郎の全身を闇が覆い隠して――
「――え?」
瞬間、眼前の炎が吹き飛ばされた。
幸太郎は何が起きたのかわからずに顔を上げた。
「諦めるんじゃない」
そこにはくれはがいた。
その手には自身の右腕を切り落とした、忌まわしき刀剣が握られていた。
既に納刀を終えた美しい居合を見ながら幸太郎は悟った。
くれはが、凜の一撃を、その全てを切り裂く斬撃で消し去ったのだと。
そしてその斬撃は左腕をからめとっていた黒剣の枝も切り払っていた。
「くれは……どうして」
「言っただろ……私にはケガレモノを狩る使命があると」
言い終えると同時にくれはが苦悶に顔を歪ませた。
凜の刀剣が放つ黒炎の余波が、くれはを焼いたのだ。
しかし灼熱の闇の向こうに、くれはの口元の笑みを見た。
そして。
「うおおおおおおおおおおおお!」
幸太郎は全ての想いを左腕に乗せた。
突き出した左腕は闇の炎をかき分けながら、ついに凜の胸元に届いた。
その瞬間。
幸太郎の腕が眩い光を放った。
それは先ほどくれはがはなった斬撃と同じ輝き。
以前にくれはに受けた斬撃。
不死の呪いすら断ち切る浄化の力を幸太郎は左腕より解放した。
先ほど、凜の言葉から気づいた秘策だった。
七海を穢れから救った力の正体が、凜に口上によって理解することが出来た。
あれは七海を救いたいと思って、くれはから受けた浄化の力を使って結果だったのだ。
そして今、幸太郎はその力を凜に向かって使用した。
幸太郎の左腕から放たれた光が、まるで意志を持った生き物のように凜の体に伝わっていく。
やがて凜が唐突に力を失って、そのままふらりと倒れていった、
そんな妹を、幸太郎は優しく抱き留め、そして言った。
「お帰り……凜」
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