決着①
幸太郎はバイクで山道を駆け抜けた。向かう先は、レーダー赤い点。
つまり凜がいる場所だ。
疾走しながら幸太郎は思案した。
あの日、凜がいなくなってしまってから。
幸太郎は凜を助けることを目的にしていた……つもりだった。
しかし、それは言ってみればただの現実逃避でしか無かった。
七海によって凜にたどり着かない日々を過ごしながらも、その中でどこか安堵している自分がいた。
それは、自身の罪と向き合う覚悟がなかったからに他ならない。
凜と再会し、彼女に何を言われるのか、それを知りたくなくて形だけの罪滅ぼしをしていた。
くれはと邂逅した時もそれを言い当てられた。
初対面の人間に、自信を罪の意識から解き放つための死を懇願するなど言語道断だ。
昔から弱かった。
何をやっても中途半端。
その場で思いついて始め、すぐ終わらせる。
しかし、そんな自分とはもう決別しなければならない。
たくさんの人を巻き込んだ。
その代償――その単語すら傲慢であるが――のおかげで教えられた。
自身の決着は自身でつけるのだ。
やがて、赤いレーダーが中央の点と重なった。
「こんばんはです、お兄ちゃん」
「……ああ」
月夜に照らされた最愛の妹は、こんな時だというのに美しかった。
「ここ最近、たくさんの人が私を尋ねてくるです。昔からでしたが私はモテモテですね」
冗談のつもりだったのか、反応しない幸太郎に凜は微かに不機嫌そうになり、
「それで、お兄ちゃんは何の用ですか?」
「……決まってるだろ」
「ん?」
「お前を連れ戻しに来たんだよ」
「はあ」
凜が聞き飽きたという様な顔になった。
「さっき七海ちゃんにも同じことを言われました、何なんですか二人して……言ってることとやってることが違いますよ」
「……そうだな」
「そこ、認めちゃうんですか」
「……だが、さっきまでの話だ」
幸太郎は凜を見据えていった。
「俺は、もう逃げたりしない。色んな人を巻き込んだりしない。たった一人の肉親である凜、お前を連れ戻して、俺の戦いに終止符を打つ……また元の、俺と凜と七海と三人の生活を取り戻す」
「……またその話ですか」
凜が不意に空を見上げた。ゆっくりと歩きながら、語るように言った。
「あの日の事……覚えてるですか?」
「……当たり前だ」
幸太郎にとって忘れるはずもない。忘れたくても忘れられない事だった。
「お兄ちゃんが最後に倉庫に駆け付けてくれて、私の意識がいったん途切れたです。その後は気づけば見知らぬ場所にいました。異形警察機構の人がいたです。どうしてその人たちが私に対して武器を向けているのかわからなくて、周りにはたくさんの死体が転がっていて、私の手には黒い剣が握られていて、返り血がべっとりとついていたです……私は全ての状況を理解したです……それと同時に」
凜が笑った。
状況にそぐわぬ奇妙な笑だった。
「私の中の願望も理解したです……強い人と相まみえたい、勝利してその命を散らしたい……斬られても何度でも復活できるこの体は、常に万全な状態で強敵と戦える最高の体だと思ったです……その瞬間は、あの日これを見つけるきっかけを作ってくれたお兄ちゃんに感謝したくらいです」
凜は淀みなく続けた。
「言ってみれば……この不死の力は破壊のための力です、私にとっては最高の宝物となりました」
「……それで?」
「え?」
「それで、お前は何がしたいんだ?」
「言ったでしょう、人を斬ることですよ」
幸太郎の問いに凜は悪びれず答えた。
しかし、幸太郎は気づいていた。
「そうか、ならどうして七海を斬らなかったんだ?」
「え?」
「七海が弱いからか?いや、お前は前から七海のことは評価していた。弱いとは思っていなかったはずだ」
「それとこれとは話が違うです。そもそもどっちにしろ穢れで死ぬのだから変わりないです」
「なら強いやつと戦いたいっていうのはなんでだ?」
「戦いたいという気持ちに理由なんてないです。それに言ったでしょう、剣道では敵がいなくて退屈していて、そして真剣ならもっと緊張感をもって戦えるといこと」
「いや、違うな」
「何がですか?」
「お前は……止めてほしかったんだ」
「止めて?」
「ああ、そうだ……あの事件の前のお前は、全ての人間に敬意を払っていた。自信家であったが等しく他人を評価していた。それを、強い空なんて言う理由で斬ることを正統派なんてしなかった」
「すごいですね、飛躍にも程があります」
「俺にも経験があるからだ」
「え?」
幸太郎は思い出していた。
それはくれはと刃を交えた時。
自身は間違いなく彼女の傷つけようとしていた。
それは恐らく、事件の日、小箱から出てきた邪悪な存在がそうさせているのだと。
幸太郎は中途半端な人間だったがゆえに、その衝動が発揮されなかったが、凜は違った。
確かな剣術があったがゆえに、その衝動がより具現化しやすかった。
そして、その結果人を傷つけることになった。
それは、想像を絶する恐怖だったであろう。
自身の知らない間に人を斬り、そしてそれを断罪せんとする者を再び切り伏せてしまう。
その先に待つ感情を幸太郎は知っていた。
それは、死の渇望。
くれはに突きつけられた自身でも気づかぬ潜在意識。
今それを、幸太郎が凜に突き付ける。
凜を救うために。
「それに、俺は剛毅さんに言われたんだ……この体は人を救えるって……だから、凜、俺はお前の事を救って見せる」
「……まあ、なんでもいいですが」
凜がつまらなそうに言った。
「何事にも中途半端で、剣の稽古さぼっていたのに、どうやって私を連れ戻すですか?言っておくけど、自分より弱い相手から説得なんてされるつもりはないですよ?」
凜の問いには答えず、幸太郎は左腕を変化させた。
忌まわしき呪いの力。
それを愛しき妹に向ける。
決して逃げない。
全て終わらせる。
「やれやれです」
受けて立つように凜が虚空から黒剣を取り出した。
「まあ、せっかくまたお兄ちゃんと会えたのですから、久しぶりに遊んでみてもいいですよ」
「……ああ」
「それでは、参るです!」
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