七海②
凜はまるで級友と偶然街で会った時のような口調で言った。
「久しぶりですね、七海ちゃん」
「うん」
「こんなところで、何してるですか。それに、そんな切羽詰まった顔で」
「凜ちゃんを、探してたんだよ」
「私をですか?どうしてです?」
「それは……」
七海はまっすぐ凜を見据えた。
「凜ちゃんを、連れ戻すため」
「連れ……戻す」
ぽかんとした表情の凜。
その反応に七海は困惑したが、その次の凜の行動にさらに混乱させられた。
「あは、あははは、あははは」
凜が腹を抱えながら笑った。
おかしくてたまらないというように、目じりに涙まで溜めている。
「何が、おかしいの」
「そりゃあおかしいですよ……だって凜ちゃん、ずっとお兄ちゃんを私から遠ざけてたじゃないですか」
「……っ」
凜の言葉が七海の胸に刺さった。
質量のない矢は確かに痛みを伴っていた。
「私もお兄ちゃんの居場所は常にわかっていたです。あの事件があってから、なぜだかそんな事がわかるようになっていたです。それで今回お兄ちゃんと会って、なぜかお兄ちゃんは驚いていました。私と違ってお兄ちゃんは私の居場所がわかっていなかったようです」
凜が七海を責めるような視線で見た。
「でも、その理由は七海ちゃんだったんですね。七海ちゃんが、多分発明をつかってお兄ちゃんと私を会わないようにしていたのです。ねえ、どうしてそんなことをしたんですか?」
「それは……」
それは七海にとって答えたくない問いかけだった。
七海が答えあぐねていると、
「まあいいです……とにかく今私がおかしいなと思っているのは、そんなことをしていた七海ちゃんがどうしてここに来たのかということです。そんな、決意に満ちたような目をして、七海ちゃんに何ができるっていうですか?」
「さっきも言ったよ……凜ちゃんを取り戻すため……そして」
先ほどためらった答えとは違い、その言葉はすんなりと口に出た。
「もう一度三人で一緒に過ごすため」
言いながら七海はバイクのフレームの中央にあるスイッチを押した。
「私がこうちゃんを、凜ちゃんを助けるんだ!」
鋭い機械音を立ててバイクが変形していった。
バイクの重厚なフォルムが見る見るうちに折りたたまれ、やがて一つの形を成した。
「すごいです……」
七海が乗っていたバイクは重厚なライフルの姿に変わった。
七海の発明品の一つ、セブンスヘブン。
変形型の兵装であるそれを、七海が腰元で抱えるように握りなおす。
「さすが……信じられないくらいの技術力です」
受けて立つように、凜が虚空に手を伸ばした。彼女の手のひらから黒剣が伸びて、手のひらに収まった。
「でもです……結局七海ちゃんには何もできないです」
「そんなことない、やってみせるよ」
言いながら七海は銃口を凜に向けた。
凜が不敵に笑う。
「いいです、好きに撃ってくるです……全部受け止めてあげるです」
挑発するように凜が両腕を広げた。
七海が引き金を引いた。
「はあ!」
発射された無数の銃弾を凜が、まるで舞を踊るように切り払っていく。
人間が銃弾を斬るなどというバカげた現象を目の当たりにしながら、七海は引き金を絞り続ける。
やがて弾倉が空になる。
「もう終わりですか?」
凜の体には傷一つ付いていなかった。
その事実に驚愕しながらも七海は弾倉を交換し、再度銃を放つ。
「まだまだ……だよ!」
再び銃弾の雨を凜は切り捨てる。
尚も傷はない。
その無意味とも思える応酬が繰り広げられ、やがて七海の交換用の弾倉が尽きる。
攻防ともいえない状況の後、凜がしびれを切らしたように言った。
「はあ……つまらないです」
「――っ!?」
気づけば凜が七海の目の前にいて、黒剣を振り下ろした。
「ぐぅっ……!」
銃身でなんとかそれを防いだ七海だったが、元々武道とは無縁の七海はそれだけで吹き飛ばされ、尻餅をついた。
「いっつ……」
七海は必死に立ち上がろうとして、足首に耐えがたい痛みが走った。
先ほどの衝撃で足をねん挫したようだった。
そんな七海に対して、凜は心の底から失望した顔になった。
「ちょっぴり……ほんのちょっぴりだけ期待したのですが、結局七海ちゃんは一人じゃ何もできない、お兄ちゃんの後ろについて回ることしかできない人なのですね」
凜がゆっくりと七海に近づいていく。
凜の手の中の黒剣が、舌なめずりをするように黒い瘴気を放っていた。
凜が七海の眼前にまで来た。
「がっかりです……さよならです、七海ちゃん」
言いながら、凜が剣を振りかぶった瞬間――
空気を切り裂くような射出音があたりに響いた。
「な、何です、これ!」
凜がそのままの体制で身動きが取れなくなり、黒剣が引き剥がされるように手から離れた。
不意に雲間から月の光が差し込み、蜘蛛の巣のように絡みつく糸が見えた。
極細の糸の入った特殊な弾丸を打ち込み対象を捕縛する。
七海の持つセブンスヘブンの兵装の一つで、極細の糸が仕込まれた弾丸を射出し、それに触れた相手を捕縛する。
乱射し弾かれた弾丸が周囲の木や枝に絡まり、凜の体ごとしばりつけたのだ。
七海が痛みをかみ殺して、立ち上がった。
「やっと……捕まえた」
七海の言葉に、悔しさからか微かに表情をゆがませた。
「とどめ……指すですか?」
七海は被りを振った。
「……帰るんだよ」
「……え?」
「こうちゃんのところへ帰ろう。こうちゃん、ずっと凜ちゃんの事さがしてたんだよ……ずっと人生をかけて」
必死に七海は説いた。
「だから、一緒に返って、また昔みたいにみんなで遊ぼうよ。こうちゃんは……それを望んでる」
祈るように七海は凜の顔を真っすぐに見据えた。
しかし、そんな七海をあざ笑うかのように凜が大きく笑った。
「あは、あはははは」
「ど、どうしたの?」
「だから、何度も言ってるじゃないですか」
七海の視界の中の捕縛糸が、まるで細い紙屑が千切れるような勢いで弾け飛んだ。
「え……」
「だから……七海ちゃんに何ができるっていうですか?」
冷たく嗤うような囁きをきいて、七海の意識は闇に落ちた。
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