闘争①

「凛……凜なのか?」

 あの日、自分の軽率な行動によって行方知れずだった妹。

 もう会うことは出来ないと思っていた。

 その凜が目の前にいる。

 言いたいこと、聞きたいことが頭の中でこんがらがって、何をいうべきかわからなくなった。

 先に凜が口を開いた。

「久しぶりです、お兄ちゃん」

「あ、ああ」

「こんなところで会うなんて、奇遇です」

 あの時のままの口調の凜に幸太郎はようやく思考が動き出した。

「凜、俺はお前をずっと探してたんだ」

「そうなんですか」

「今までどこにいたんだ?」

「どこ……ですか、短くない再会ですから、一言でいうのは難しいです」

「そうか……なら、何をやってたんだ?」

 幸太郎の質問に凜が眉をひそめた。

 それに気づかず、幸太郎は続ける。

「ずっと心配してたんだぞ……俺も、七海も義之さんも。とにかく見つかってよかった……さあ、一緒に帰ろう」

 そういって幸太郎は手を差し出した。

 凜と会って幸太郎の胸を占める感情、それは再会の喜びだった。

 今までどうだったかとかはこれから聞けばいい。

 だから、今は目の前の凜の手を取ることが、幸太郎の終着点だった。

 しかし。

「……お兄ちゃん、さっきから何を言ってるですか?」

「え?」

 幸太郎は顔を上げた。

 そこには、呆れと理解不能なものを見るような視線があった。

「私、人を斬ったんですよ」

「……な」

「何をって顔、むしろこちらがびっくりです。私があそこの人に何をしたのか、ついさっきの事を忘れてしまったですか?」

 凜の言葉に視線を彼女の向こうに移す。

 そこには、今も痛みに悶える親方の姿があった。

「そんな奴に今まで何やってたか?なら、言うです。私は人を斬ってきました」

「な」

 幸太郎は後頭部を殴られたかのような衝撃を受けた。

「最近、ケガレモノに乗じる人斬りの噂、聞いたことあるですか?あれは、私の事ですよ」

『それにだ、最近ではケガレモノの襲撃に乗じて人を手にかける辻斬りのような犯行も確認されている……単刀直入に言おう……君はあの少年に何をした?』 

 それは、初めてくれはと出会った日の事。

 しかし、その犯人がまさか。

「なんで、そんなこと」

「私、ずっと退屈だったんです」

「え?」

 呆気にとられる幸太郎をしり目に、凜は後ろ手を組み、散歩するかのように歩きながら答えた。

「両親が死んで、お兄ちゃんと義之さんのお世話になって。皆優しかったですが、それでも親を亡くした虚無感のようなものがあって、それを忘れたくて剣道に没頭してました」

 幸太郎も知っている事実だ。

「私にはすごく才能があって、誰とやっても本気になることが出来なくて、そうなるとまた虚無感がわたしを苛んだです。そんなだから、お兄ちゃんが色々楽しいことを考えてくれるのは好きでした……それであの日の事が起きました」

 話が幸太郎の琴線に触れる部分になった。

 幸太郎の背中を嫌な汗が流れる。

 聞きたくて聞きたくない。

 幸太郎の葛藤に構わず凜は続ける。

「あの箱を開けた瞬間、何かに襲われたです。見るも恐ろしい何か。その何かに触れると、私の中である感情が膨らんだ……それは、人を斬りたいという気持ちです」 

 凜がにこりと笑った。

「その気持ちに従って人を斬り続けました。楽しかったです。相手の攻撃を断ち切り、所詮ルールの中での勝ち負けを争う剣道なんかより、相手は強いし必死で、そして勝利したときの喜びは何物にも代えがたいもので、これが私の虚無を埋めてくれると確信したです」

「お前……なんてことを」

「それにね、お兄ちゃん。私からすれば、お兄ちゃんは今更何言ってるって感じです。だって今までお兄ちゃんはずっと私と出会わないように動いていたのに」

「は?」

 理解不能な言葉だった。

「何を言ってるんだ……俺はずっとお前を探して」

 幸太郎は紛れもない本心でそう言ったが、凜はそれを鼻で笑った。

「……まあ、いいです。とにかくこの場の私の目的はお兄ちゃんじゃないです」

 放心する幸太郎に取り合うこともなく凜は視線を外した。

「この世には強い人がたくさんいるです、。それは剣道なんて言う甘い世界じゃあ到底立ち会うことが出来ない人……一番分かりやすいのはケガレモノを狩る立場にある人」

 凜の視線の先を幸太郎が振り返った。

 そこに剛毅が立っていた。

 凜の視線を真っすぐに迎え撃っている。

 その視線に、凜が嬉しそうに目を細めた。

「良いですね、その眼」

「あなたは、私の大切な村人を手にかけた……許すことは出来ない」

「そうですね、許してほしくないです」

 凜が恍惚としたこれから襲い掛かる快楽に待ちきれないといったような笑みだった。

 剛毅の表情が怒りに染まった。

 始めてみるその表情に、幸太郎は背筋が凍った。

「ふざけるな」

 剛毅が腰元に手をかける。

 そこには村に伝わるという刀剣、フツノミタマが握られていた。

 鯉口が切られ、刀身があらわになる。

 村を苦しめ続けた山神を屠ったあの輝きが再び幸太郎の目の前に現れた。

「ここまで来たかいがあったってものです、相手にとって不足なしです」

 受けて立つように凜が虚空に手をかざす。

 何もない空間が割れて、黒い瘴気と共に刀剣が現れた。

「はあ!」

 掛け声とともに凜が構えた。

 さらに彼女の気迫に呼応したように、黒剣をさらに濃密な黒色をした炎が覆った。

 何もない空間から剣と炎が現われる光景に、剛毅は目を瞠った。

「……面妖な」

 ごちながら、剛毅は毅然と構えた。

 それを凜が不敵な笑みで迎え、

「それでは、参るです!」

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