回顧②

「お兄ちゃん、首尾はどうですか?」

「まあ、ぼちぼち進んでるかな」

 幸太郎と凜は道場の一角にある、古い倉庫の中を掃除していた。

 埃と格闘する凜が、呆れ交じりに言った。

「まったく突然掃除ををしようなんて言うから何だと思ったら、そういうことだったんですね」

「そういうことってなんだよ?日ごろ世話になってる義之さんへの恩返しだ」

「お兄ちゃんは冗談が下手です」

「……ぐ」

「……やっぱりです」

 凜の言う通り、幸太郎の真の目的は掃除ではなく、道場にある掘り出し物だった。

 先ほどの動画に触発されたという短絡的な理由だった。

 幸太郎が言い出した時、凜と七海はぽかんとしながらも手伝ってくれ、七海は倉庫とは別の場所を探すとのことだった。

「でも、実際この道場は歴史が長いですし、何かはある気がするです」

「だろ?何かあるに決まってる!」

 幸太郎は息まいた。

「それを動画で配信して、色んな人に楽しみを届ける、それはとても人のためになる行いだ!」

 幸太郎は心が躍っていた。

 昔から、誰か困っている人の助けになりたいと思っていた。

 それは、この道場の師範である義之の行いだった。

 両親を失った幸太郎と凜を引き取り、他にも生徒を集めて剣術を教えている。

 たくさんの笑顔が溢れている道場、それは義之が作ったもので、幼いころから目の当たりにしてきた幸太郎は自然と自分もそういうことをしたいと思っていた。

 しかし。

「……ただミーハーなだけなんじゃないですか?」

「ぐ……」

「おにいちゃんあるあるです。思いつくままに色んな事を始めて、すぐまた別の事を始める。もっと長い目で見ないとだめです」

「うぐぐ……」

 剣道を続けている凜の言葉に幸太郎は返す言葉もなかった。

 昔から移り気で、幸太郎は意志だけは立派だが続けることが苦手だった。

 何か目的をもって強い意志を持ち続けることは難しくて、道場もさぼってばかりだ。

 今回のことだって短絡的で、凜の言うミーハーな面があるのは否定できなかった。

 そんな二の句を継げられない幸太郎に、呆れながらも凜が笑った。

「まあ、でもお兄ちゃんのそんなところ、好きです。退屈しないです、七海ちゃんもそんなお兄ちゃんだからこそ大好きって言ってました」

「そ、そうか。ってか大好きは大げさだろ」

「大げさなんかじゃないですよ?」

「え?」

「あ」

 凜が閉まったという様な顔をして、誤魔化すように早口で、

「これ以上は私からは言えないです!気になるなら本人に直接聞いてくださいです!ほら、サボってないでどんどん探すです!」

「え、ああ、はいはい」

 そうやって二人がしばらく物色を続けると、

「お兄ちゃん」

「どうした?」

「気になるものがあるです」

「どれどれ」

 期待がこもった声音に、幸太郎は凜がいる倉庫の一番奥に進んだ。

 凜は小さな箱のようなモノを手にしていた。

「なんだそれ」

「わからないです、箱です……でも、なんだかとてもすごいものが入っているような気がするです……妙に心が魅かれるというか」

 両手で包み込んでしまえるくらいの木箱。

 なんの装飾も施されていない無骨な箱だが、確かに不思議な魅力を持っていた。

 凜は妙に息まいているし、幸太郎も不思議と好奇心を刺激された。

 待ちきれないように、凜が箱の上蓋に手をかける。

「硬いです……何か接着剤みたいなのがついてるかもです」

 言いながら凜が力をこめるが中々蓋は開かずに、難しそうな顔で爪を立てたり、向きを変えたり試行錯誤している。

「いけそうか?」

「うう……わからないです」

「ちょっと貸してみ」

 幸太郎もやってみるが中々開きそうにない。

 苛立ちを感じながらも、逆にその開かないという事実に、幸太郎の中の期待が膨らんでいく。

 凜も同じようだった。

「これは、すごいものが入ってる気がするです」

「……だな、でもだめだ開きそうにない」

「えー」

 幸太郎はしばし考えて、

「ちょっと七海にも手伝ってもらおう、なんか良い道具もってるかも。あと、カメラも持ってこないと」

「カメラ?何に使うですか?」

「そりゃ、こんだけ開かないんだから、中にものすごいものが入っているに違いない。その開けた瞬間を撮影するんだよ」

「な、なるほどです」

「だろ?ということで、俺は七海を探してくる。凜も待ってる間にいろいろ試してみてくれ。ただ、開きそうになっても自分だけで開けるなよ?」

「わかったです!」

「だろ。ついでに七海も呼んでくる」

「わかった、待ってるね」

 再び矯めつ眇めつする凜を残し、幸太郎は倉庫を出た。

 先にスマホを自室から取り、七海を探す。

 庭の隅で七海を見つけた。

「おい、七海」

「うひゃ!ど、どうしたのこうちゃん」

「倉庫に集合だ」

「え?」

「なんか、すごそうなものが見つかったんだ!とにかく、来てくれ!これで一気に有名人だ」

「す、すごいね」

「ああ、だから早く行くぞ」

「うん!」

 そういって、二人して倉庫に向かおうとしたその時――

「キャアアア!」

 倉庫の方から悲鳴が聞こえてきた。

「凜ちゃんの声……!」

 七海が言い切る前より先に幸太郎は駆け出した。

 倉庫に戻ると、幸太郎の目に不気味な光景が飛び込んで来た。

 半開きになった扉。

 その隙間から、黒い靄が漂い、その向こう側に不吉な何かがいるのが見えた。

「凜!」

 それでも、幸太郎は倉庫の中に飛び込んだ。

 すると、そこには。

「な、なんだ」

 闇を具現化したような瘴気が倉庫全体に満ちていた。

 その奥に、人影があった。

「凜っ!」

 幸太郎が駆け寄ると、その人影はこちらを向いて、か細い声で言った。

「お兄ちゃん……タス、ケテ」

 凜をおどろおどろしい、暗黒の澱が纏わりついていた。

 倉庫の隅にさっき見つけた小さな箱が開いた状態で転がっていた。

 澱がそこから出ていた。

 幸太郎がをそれを見た。

 すると同時に、澱が蠢き幸太郎の方を

 そこには無謀の顔があった。

 それは新たな獲物を見つけて無い貌を愉悦に歪ませて、幸太郎に向かって襲い掛かってきた。

「うわあああああああああ」

 そこで幸太郎の意識は途切れた。

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