回顧①
うだるような暑さの日、幸太郎はいつものように嵩原剣術道場に訪れていた。
道場の扉の横に寄りかかっていると、待ち人が出てきた。
「あ、お兄ちゃん」
「おう」
稽古後の汗をぬぐいながら凜が近づいてくる。
青春そのもののような爽やかな姿に、妹とはいえ幸太郎は思わずドキリとさせられた。
ぼんやりと見ていると、凜が不思議そうに首を傾げた。
「どうかしたですか?」
「ああ、いや別になんでも」
「……ああ」
凜が急にいたずらっぽく笑った。
「だめですよ、お兄ちゃん、いくら私が可愛いからって兄弟ですからね」
「何言ってんだお前」
「禁断の恋は禁断なんです。いくら燃え上がっても報われないのです」
「はいはい……」
「ちょっと、適当に返事しないで欲しいです!なんか恥ずかしいです」
「あー」
取り留めない事を話しながら凜と歩いた。
すれ違う道場の他の生徒たちが、凜に明るく挨拶をする。
「凜さん、お疲れ様です。インターハイ、頑張ってください」
「ありがとうです」
「凜先輩、この前の試合かっこよかったです!この調子でインターハイもかっさらってください」
「ありがとうです、応援よろしくです」
「凜姉ちゃん、今度僕の練習も見てよー」
「お安い御用です、次の稽古の時声かけてくださいです」
凜とやりとりした全員が一様に目を輝かせながら、礼をして去っていく。
「……相変わらずすごい人気だな」
「え、そうですか?」
「そうだろ、さすがインターハイ優勝候補筆頭だな」
「あはは、それほどでもないですよ」
「おお、謙虚じゃんか」
「え?」
「ん?なんか変なこと言ったか?」
「それほどっていうのは、インターハイで優勝するくらいの事がそれほどすごくないってことです」
「あー」
凜はその人当たりの良さとは裏腹に、かなりの自信家だ。
実際問題、剣道の競技が始まって以来、最高の逸材と言われていて、今のところこの国では相手になる選手が一人もいないとされている。
それは本人も思っていることのようで、
「私はもっと、強い人と戦ってみたいです」
「はあ、そりゃ贅沢なお悩みだ」
「あはは」
幸太郎のちょっとした皮肉に無邪気に凜が笑った。しかし、その笑顔の中にはそれが決して冗談ではないという本心が見えた。
このあけすけな感じが、その実力の裏打ちも相まってなんだか気持ちがよかった。
だから先ほどすれ違った生徒たちを見てわかるように、凜はとても人気があった。
強くて優しくて、素直な良い先輩。
それが周りの評価であり、そして幸太郎自身も自慢の妹だった。
そんな二人に、どこか自信なさげな声がかけられた。
「あ、あのこうちゃん、凜ちゃん」
振り向くと、七海がいた。長い金色の前髪の隙間から覗きこむように二人を見つめている。
「きょ、今日も一緒に遊んで、くれる?」
「もちろんです」
「ほ、ほんと?良かった」
「もちろんですよー!」
遠慮がちに喜ぶ七海に凜が抱き着く。
「相変わらず七海ちゃんは可愛いです、小動物みたいです」
「か、かわいいだなんてそんな、髪色だって変、だし」
「そんなことないです、奇麗だと思うです!」
「あー、おほん」
女子特有のスキンシップシーンに、幸太郎は所在なくなり、手遅れになる前に口を挟んだ。
「とりあえず、部屋戻ろうぜ、暑くてかなわねえ」
「そうですね、ほら、七海ちゃん行くですよ」
「うん」
三人で幸太郎の部屋に戻った。
凜が用意したお茶を飲みつつ、三人でパソコンの画面をのぞき込んだ。
最近、道場の師範である義之が知り合いからもらったというそれを使って、ネットサーフィンに勤しむのが最近の三人の日課だった。
その中でもお気に入りは、フォロワー数百万越えの動画投稿主だった。
「おお、何々……地方に眠る知られざるお宝?」
いわゆる雑記系をあつかっており、ジャンルを問わず面白そうなトピックを体当たり式で検証するというのがその投稿者のコンセプトだった。
学生特有の短絡的な好奇心を満たすにはうってつけの内容だった。
画面の向こうでは投稿主が掘り出し物をその持ち主と共にあーだこーだと言って、最終的に鑑定に出した額なんかに大げさに驚きのリアクションを上げている。
『君たちの家にももしかしたら、誰も知らないお宝が眠ってるかもしれない。俺と一緒に探してみようぜ!それでは、次の動画もよろしく!』
締めのフレーズが終わると、食い入るように見ていた幸太郎は椅子の背にもたれた。
隣の凜が、
「いやあ、くだらないけど見ちゃうですね」
「時間泥棒ってやつだよな」
「見つけてくれた七海ちゃんに感謝です」
「ああ、そうだな」
七海は発明を趣味としているが、それ以外にもこういったネットコンテンツやサブカルチャー明るかった。
七海が面白そうなネタを持ってきて三人で楽しむ。
その時間を凜は大いに気にいってるようだった。
「私は脳筋ですから、七海ちゃんみたいに頭とか手先を使う才能がある人うらやましいです」
「そんなこと……凜ちゃんだって剣道すごいし」
「じゃあ、あたしと凜ちゃんお互いすごいってことで」
「うん」
そんなやりとりをきいて、幸太郎はふと思った。
自分には、この二人のような何かがあるだろうか。
道場はさぼってばかり、七海みたいに特技があるわけでもない。
自分にできること。
思い立って、幸太郎は立ち上がった。
「お兄ちゃん?」
「こうちゃん?」
突然の幸太郎の奇行に女性陣二人が何事かと顔を上げる。
そんな彼女たちに向かって幸太郎は言った。
「今から、道場の掃除をしよう」
「「……へ?」」
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