急転

「それでは……乾杯!」

「「「「「かんぱーい」」」」」

 村の中央広場に集まったたくさんの村人たちの唱和を合図に、辺りは賑やかな雰囲気に包まれた。

 慣れない空気に幸太郎は気圧されながら、手に持ったオレンジジュースに口をつけた。

 隣の七海もどこか勝手がわからない様子で、どこかそわそわと落ち着きがない。

 そんな二人に剛毅が陽気に声をかけた。

「ほら、めでたい時なんですからそんな遠慮しないで」

「遠慮をしてるわけじゃないんですけど」

「それとも、こちらが良かったかな?」

 言いながら剛毅が手元のグラスを持ち上げた、中には黄色い液体が泡を立てていた。

 それがビールだとわかると七海が幸太郎に向かって、

「だめだよ、こうちゃん、お酒は」

「わかってるよ、ってか俺は何も言ってないぞ」

「はは、冗談ですよ」

 剛毅が豪快に中身を煽った。

「それにしても、今朝お別れを告げたのに、早い再会になりましたね」

「ははは、確かに」

 村中総出で行われてるのは、山の神を打倒したことの祝いだった。

 村に戻った幸太郎と剛毅がそれを伝えると村人は大喜び、その勢いは村中に伝わり、あれよあれよの間にこの祝勝際が催されたのだった。

 こんな食料がどこにあったのかと思うくらい、次々と料理が運ばれてきて広場は祝賀ムード一色で、ほぼ全ての村人が参加しているようだった。

 その中には親方や従者など見知った顔もあり、各々が無礼講を心置きなく楽しんでいるようだった。

 その様子を幸太郎は剛毅と一緒になって眺めていた。

 徐に剛毅が口を開いた。

「山神という災厄が消えて、皆嬉しくて仕方がないのでしょう。ケガレモノというy脅威がなくなったわけではありませんが、それでもこの事は非常に大きな価値があります。だから、幸太郎君、あなたはこの村の英雄ですよ」

「大げさですよ……それに実際倒したのは剛毅さんですから」

「それこそ、幸太郎君がいてくれたからです。以前は私は倒しきることが出来なかったのだから」

 幸太郎は照れ臭くなって、再びコップに口をつけた。

 不意に剛毅が改まったような口調で、

「ありがとう」

「え?」

 急にお礼を言われて幸太郎は困惑した。

「君のおかげで私は村人を守ることが出来、そしてたくさんの笑顔を生み出すことが出来ました……君が来てくれなければ、今頃村は本当に壊滅していたかもしれない……村人も、ひなも」

 あったかもしれない結末を想像して剛毅は一瞬辛そうな顔をしたが、すぐに見慣れた笑皺を刻みながら笑った。

「とにかく、せっかくのお祭りだ楽しみましょう!」

「はい」

 剛毅の言葉に従って、しばし幸太郎は祭りを堪能した。

 急ごしらえとは思えない屋台の食べ物に舌鼓を打ち、昔から伝わっているという踊りに加わったり、射的をひなと楽しんだり。

 とても楽しい時間だった。

 今まで楽しむという事をどこか避けていた幸太郎にとって、それは久しぶりに訪れた安息だった。

 唐突に背中を張られた。

「いて!?」

「お~い、幸太郎君、呑んでる?」

 振り向くと親方がいた。

 ふらふらな足取りで無理やり幸太郎に肩を組んでくる。

 ぷんと酒の匂いが鼻を突いた。

「せっかく、おめでたい時なんだし、そもそも幸太郎君が功労者なんだから、呑まなきゃ」

「いや、俺はまだ未成年ですって」

「何言ってんだあ、俺が幸太郎君くらいの時には大人たちに混じって飲み比べをしてたもんだ。君も若いうちにいろんな経験をだねえ」

「は、はあ……」

 酔っ払い特有の呂律で好き勝手しゃべる親方に幸太郎は苦笑いするしかなった。

「ああ、しょんべんしてえなあ、よっこいしょ」

「ちょ、ちょっと、あっちにトイレありますから向こうでやってきてくださいよ」

「おう、そうだったなあ、しょんべんはトイレでするもんだ」

 傍若無人に振舞う親方は、トイレに行ってしばらくして出てきて幸太郎の方に向かってくる。

 その途中、相変わらず千鳥足の親方がちょうどそこにいた人とぶつかった。

「おわっと」

「親方、まったくもう……」

 幸太郎が呆れながら親方のほうへ近づいていくと、親方はさきほど幸太郎にしたみたいにその人物に絡みだした。

 その人物は女性のようで、知ってか知らずか親方はまたぞろ肩を回す。

 俯いたままその女性は親方にされるがままにしている。

「ごめんなあ、ちょっと足元がふらふらしててよう、でもよう、今日はめでたい日なんだよ」

「ちょ、ちょっと、親方!」

 親方の暴挙に幸太郎が冷や汗をかいていると、その女性が小さな声で呟いた。

「……今日はめでたい日なんですね 」

 その声に、幸太郎はなぜだか聞き覚えがあるような気がした。

「ああん?そりゃそうだろ、山神を、うちの村長がぶっ倒してやったんだから」

「へえ……」

「知ってんだろう、うちの村長はそりゃ昔から強くてなあ、今も現役時代ほどじゃねえらしいがとてつもなく強いんだ」

「……そうですね、わかってるです。私だってそのために来たんですから」

「そうだろ、そうだろ。ところであんたあんま見ない顔だな……結構若いけど、どこんちの娘さん?」

「……そんなことより、その村長さんはどこにいるのですか?」

「ああ……ほら、向こうのおっきなテーブルにガタイのの良い男がいるだろ、それがうちの村長さあ」

「……ありがとうございます……それでは」

 そういって女性が徐に右手を上げ――

「へ?」

 女性が呆ける親方に向かってそれを振り下ろした。

 親方は訳が分からない顔のまま、自分の振り下ろされた手の軌跡をたどる。

「う、うがああああ!?」

 親方の体が、袈裟掛けに切り裂かれていた。

 親方の認識を待っていたかのように、傷口から鮮血が溢れ出した。

「が、あああ、いてえ、いてええよおお」

 親方の絶叫に、幸太郎はようやく我に返った。

「まったく……お酒は嫌いです、臭いし、迷惑かけるし、良いことないです」

 辟易とした声音で言う女性の顔を、幸太郎はようやくまともに見た。

「……凛?」

 それは紛れもなく幸太郎が探し続けてきたもの。

 今までたどってきた全ての目的であり、最終目標となる存在。

 最愛の妹、嵩原凜がそこにいた。

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