襲撃④

 思わぬ人物の登場に幸太郎は混乱した。

「剛毅さん、どうして」

 幸太郎のそばに歩み寄り、剛毅の登場に気づいた山神を睨みつけながら、

「私が村の長で……村を守ることが私の使命だからです」

 言いながら、剛毅が脇差に手をかけた。

 ちりん。

 聞き覚えのある鈴の音が聞こえた。

「それに、言ったでしょう、幸太郎君……あなたももう村の人間であると。そして、村人を守るのは私の役目です」

 その言葉に、死にかけていた心と体が息を吹き返すのを感じた。

 しかし、それでも幸太郎は問わずにはいられなかった。

「でも……あんなやつどうやって」

 先ほどまで対峙していたからわかる。

 山神は規格外の化け物だ。

 普通のケガレモノであれば、異形警察機構でも太刀打ちできる。しかし、圧倒的な暴力にバカげた再生力をもつ山神は、とても人の手に負えるものとは思えなかった。

 そんな幸太郎に剛毅は、

「こいつがあります」

 脇差に手をかける。

 フツノミタマ。

 以前、剛毅にその由来を聞いたことを思い出した。

「前回のケガレモノの襲撃の時も、こいつを使って山神を退けました」

 しかし、今もこうして山神はここにいる。その事実はそれを使っても倒すこと叶わなかったことの証明だった。

 思わず幸太郎は剛毅の顔を見た。

 その顔は確信に満ちていた。

 それは、目の前の脅威を退ける確信だ。

「確かに、以前はこいつを退けることで精一杯でした。だからこうして再び村を襲おうとしている……しかし」

 剛毅が今まで山神にぶつけていた視線を、幸太郎に移した。

「でも今は、幸太郎君がいる」

「え?」

 その意味が幸太郎は理解できなった。

「俺はあいつに何もできませんでした。それどころか、剛毅さんがこうして来てくれるまで俺は諦めていました。自分にはどうしようもないって」

「それはわかっています」

「なら……」

「前回私は一人でした。先ほどは幸太郎君は一人だった。でも、今は違う……今は二人です」

 だから。

「今一度立ち上がり私と一緒に戦いましょう」

 剛毅の真っすぐな威厳と清澄な視線に幸太郎は射貫かれた。

 不思議と力がわいてくる気がした。

 よろよろと、幸太郎は立ち上がった。

「どうすれば?」

「あいつを再び足止めしてほしいのです」

「でも」

 尚も不安な幸太郎に剛毅が言う。

「あいつも無限に再生するわけじゃあありません。細かな傷は治せますが、大きな傷は直すことが出来ない。そのしるしに私が前回つけた傷が残っている」

 剛毅に言われてみると、確かに初見時にはその奇怪な風貌で気づかなかったが、胴体の部分に大きな傷があり、そこから今も黒い体液が流れ出ているのが見えた。

「幸太郎君があいつを足止めして、そして私が今度こそあいつに引導を渡す……幸太郎君はとても危険な役割を担うことになります、それでも、幸太郎君にしかできないことです」

「俺にしか、できない……」

「どうか、引き受けていただけないでしょうか」

 剛毅の言葉に幸太郎の目に光が宿った。

 剛毅の心の炎が言葉という見えない導火線を伝って、動かなくなっていた心と体が、再び火のついた爆薬のように息を吹き返した。

 俺にしかできないこと。

 そうだ、俺は何もできないわけじゃない。

 不死身だからと言って何もかもできるわけじゃあない。しかし、不死身だからこそ、胸を張って承れる使命がある。

 それを、この土壇場で教えられた。

「……やらせてください」

「ありがとう……ございます」

 幸太郎と剛毅がお互いに視線を向けた。同時に頷いて、先に幸太郎が一歩を踏み出した。

 それを受けて立つように、山神が幸太郎に向けて触手を突き出した。

「くっ!」

 先ほどで大体の動きは理解していたおかげでなんとかそれを避けた。しかし、山神はさらに前足を繰り出してくる。

 幸太郎はそれを右腕でなんとか受け止めながら山神に肉薄し、前足と触手を切り払っていく。

 怒涛の反撃をなんとか歯をくいしばって耐えながら、幸太郎はその時を待つ。背中では剛毅が脇差に手をかけて機を伺っている。

 山神が尚も鬱陶しそうに幸太郎を迎撃せんと、再生した触手、そして脚で辺りを薙ぎ払う。

「ぐあ!」

 触手の攻撃のうちの一つを、幸太郎がまともに食らい体が浮きあがった。

 幸太郎が無我夢中で山神の体に爪を立てる。

「くそお!」

 不意に、幸太郎の手が何かをとらえた。

 その方向を見ると、そこには何か硬い破片のようなものが、山神の体から突き出ていて、先ほど自分はこれをつかんだのだと理解した。

「これは……一体?」

 そのかけらに幸太郎はなぜか意識を引き寄せられた。

 どこか、見覚えがある様な、そんな不思議な感覚だった。

 だが激しく抵抗する山神によって、幸太郎の意識はすぐに現実に引き戻された。

 森林が悲鳴を上げるように、大木は折れ、灌木は根ごと掘り返され、辺りは荒れた大地となっていく。

 巨大な異形によって、身動きのとりづらかった空間は、徐々に慣らされていき、やがて視界が開けた。

 その頃合いを見計らって、幸太郎は山神の体に張り付いた。

 後ろ首に取りつき、その無謀の顔面に刃を突き立てる。

 視界をふさぐ効果があるのかはわからないが、それでも山神の攻撃が緩むのを感じた。

 暴れまわる山神に必死に取り付きながら、幸太郎は叫んだ。

「剛毅さん!」

 剛毅はいつの間にか山神の胸元に向かって跳躍していた。

 その身のこなしは、幸太郎の想像を遥かに超えていた。

 一切の無駄のない、鍛錬の賜物の動き。

 剛毅が脇差を抜いた。

 刀身があらわになり、高潔な銀の輝きが放たれた。

 その煌めきは剛毅の村を守る使命がそのまま具現したかのようだった。

 やがて切っ先が山神の喉元にまるで吸い込まれるように深く突き刺さった。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 地球の裏側まで届きそうなほどの絶叫を上げて、巨大な異形の体躯は地鳴りのような音を立てながら大地に倒れ伏した。

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