襲撃③
それはまさに山神と称するべき、巨大かつ、不気味な姿をしていた。
小さな家屋なら軽く潰してしまいそうな胴体に、まるで百足のようにたくさんの脚がついていて、その一本一本の先には鋭い爪牙を伴った足が生えている。
そんな妖怪のような体躯の中央からはケガレモノのシンボルである無貌の顔面が、巨像の鼻のようににょきりと伸び、首の先から幸太郎を睥睨していた。
その視線を幸太郎はまともに食らった。
明らかに幸太郎が今まで見てきたケガレモノたちとは格が違うプレッシャーだった。地球外生命体といって良いような奇怪な姿に、幸太郎は自分の中に久しく感じていなかった感情が生まれるのを感じた。
それは恐怖だった。
生物は未知の存在に対して、防衛本能である恐怖を抱く様にプログラムされていて、その恐怖という感情によって、生物は恐るべき死という現象から己を守ろうとする。
だから、死を克服した幸太郎にとって、恐怖という生物にとって当たり前の機能は退化していた。死ぬことが無いというのなら、それを避けるべく搭載された機能は、削除されるのが自明というものだった。
それを覆すほどの圧倒的理解不能に、光太郎は直面していた。
このままでは呑まれてしまうと、幸太郎は吶喊した。
「うおおおおお!」
駆け出し、山神の脚の一本を刃に変えた左腕で切りつけた。
意外な事にそれはあっけなく切り落とされた。
勢いづいた幸太郎は次々と斬撃を加えて行った。
巨体を支えていた脚が無くなっていき、たまらず山神は体勢を崩した。心なしか、無謀の顔面が苦悶の表情を浮かべているような気がした。
その光景に幸太郎はすかさず山神の長い首に向かって左腕を振りぬこうとして、突然がくりと体が後ろに引っ張られるのを感じた。
「何!?」
振り返ると、自身の機械の腕に黒い触手のようなものが絡みついていた。出所を探ると、それは地面から生えていた。
それがどういう現象なのかを理解する暇もなく、幸太郎は触手に投げ飛ばされた。
「ぐはっ!」
巨木に想いきり叩きつけられ、まるで全身が痛覚になったかのような痛みを感じた。
何とか立ち上がると、先ほどの地面から生えていた触手が引っ込み、地中を通じて山神の方へ戻っていくのが見えた。
先ほど見た時には無かったそれが挑発するかのようにその先端をくねらせていた。そして、切り落としたはずの脚が次々と再生していった。
「ち、なめてんじゃねえ!」
再び幸太郎が山神に突進する。
それを、新たに山神から発生した触手が阻む。
「くっ!」
何とか剣でそれらを薙ぎ払うが、右腕が機械になってしまっている以上、片方しか変化させることが出来ずに、次第に防戦一方になる。
攻めきれない幸太郎に、山神は再生した足を伸ばしてきた。
「くっ!」
まるで巨大な猛禽の足に幸太郎は掴みあげられた。
そして――
「ぐああああああああ!」
万力のように締め上げられて幸太郎はたまらず絶叫した。
全身の骨がバキバキと音を鳴らし、鋭い爪が食い込み内臓を傷つけた。
そんな状況でも幸太郎の体は律義に再生をしていく。
決して死ぬことはないという強みが、決して解放されることがないという絶望に変わる。
「がああああああああ!?」
幸太郎は地獄の痛みを繰り返される。
もはやどの部分が痛みを訴えているのわからなくなり、本末転倒になっている体の機能に絶望しながら責め苦を受け続ける。
やがてそれに飽いたのか山神は幸太郎を、まるでごみのように放り捨てた。
全身の骨が折れて体から突き破っていて、内蔵も叩きつけられた衝撃でぐちゃぐちゃにつぶれ、ぼろ雑巾のようになっている体は、瞬く間に修復されて完全に元通りになった。
「く……」
「フシュウルウルル」
幸太郎に興味を失ったのか、山神はその巨体を翻して動き出した。
奴が進む方向は村がある方向だった。
それを理解しながらも幸太郎はただひれ伏しているだけだった。
思いがけず、可笑しな笑いが込み上げてきた。
「はは……」
たとえ体が不死身であっても、結局は幸太郎はちっぽけな人間に過ぎないのだ。
死なない?体を武器に変えられる?
そんなもの結局何の役に立つのだろうか。
こうしてなすすべもなく地面にひれ伏している。
目の前の巨大な異形を止めることは出来ず、村のみんな、七海を救うことができない。
大切な妹も、救うことができない。
「ははは……」
俺は何もできない。
言うなれば路傍の石だ。
ああ、我ながら言いえて妙だ。
石だって死なないものな。
そうだ、俺は不死身なんてたいそうな物なんかじゃない。
ただの石ころ、それが俺だ。
だったら、このままいっそ……別に何をしなくたって……。
「幸太郎君」
幸太郎は、声を聞いた。
聞き覚えのある優しい声だ。
それは、この村にきてたくさんのものを与えてくれた、恩人の。
「……諦めてはいけない」
死んでいた心身に鞭を打って、幸太郎は声のした方を向いた。
「……剛毅……さん」
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