襲撃②
道中、突然親方が話しかけてきた。
「幸太郎君、本当に良かったのかい?」
「え?」
幸太郎は質問の意図がわからなかった。
「俺についてきて良かったのかって」
「ああ……さっきも言いましたが、元々それが目的だったんですから」
「いや、そうじゃない……七海さんのことだ」
「七海?」
またぞろ意図が分からず幸太郎は呆けた風に返すしかできなかった。
「彼女、とても心配しているようだったけど……置いてきてしまってよかったのかい?」
「連れてくるわけにはいかないでしょう」
「だから、君も一緒に避難しなくてよかったのか、とね」
「気にしないでください。俺たちはいつもこのやり方で、あいつもそれはわかってくれてますから」
「そうか……幸太郎君がそういうなら、俺はもう何も言わんよ」
言葉とは裏腹に、親方は納得してるようには見えなかった。
それが幸太郎は引っかかったが、それにかまけている暇はない。
やがて村の外れ、山の麓あたりまで来たところで幸太郎の耳元で声が聞こえた。
『こうちゃん、聞こえる?そこのすぐ近く、ケガレモノの反応多数だよ!』
「わかった!」
幸太郎は答えながら、七海の指示する方向に走ると、
「……まさか、こんな」
そこは、蹂躙された大地だった。復旧したはずの田畑はふたたび荒らされ、施設は破壊の限りを尽くされていて、漆黒とした不毛な大地と化していた。
そして、その元凶であるケガレモノが群れを成して辺りを睥睨していた。
「……っ」
呆気に取られる二人の耳に、不意にむせび泣くような声が聞こえた。
幸太郎が周囲を見渡すと、ケガレモノの群れの近くに一人取り残されている住人がいるのを見つけた。
その人物は怪我をしているのか、へたり込んだまま身動きが取れないようだった。
幸太郎が駆け出そうとして、それよりも先にに親方が飛び出した。
「待ってろ、今助けるぞ!」
親方が勇敢にも走り出すと、闖入者の接近に気づいたケガレモノたちが一斉にこちらを向き、その標的を親方に定めた。
無謀の奥底の暗黒の疼きが好奇に歪むのが見えた。
「親方!」
幸太郎が慌てて走り出す。親方に向かって襲い掛かるケガレモノを阻もうとするが、食料を見つけた肉食獣のように、ケガレモノはその獰猛な爪先を親方に向かって振り下ろす。
だめだ、間に合わない!
幸太郎が思わず目をつぶると――
「グアアアアアアアアアアア」
大きな咆哮が轟いた。
幸太郎が恐る恐る目を開けるとそこには意外な人物がいた。
「間一髪だったな」
「くれは!」
颯爽と現れた女剣士が、その刃を異形の群れに向けていた。
親方を襲っていたケガレモノはすでに両断されて、息絶えていた。
「すまねえ、姉ちゃん助かったぜ」
「無理はなさらないで、あのご婦人をお願いします」
「任せろ」
親方が先ほどのケガレモノに囲まれていた村人をこちらに連れてくる。
助かった安心感からか、村人が涙を浮かべながらへたり込んだ。
彼女の無事を幸太郎は確認して、左腕に意識を集中させた。
見る見るうちに腕が変化し、やがて刀状に変わった。
親方と村人が瞠目するのを見た。
不意に、以前助けた少年の事を思い出した。
以前なら不快な気分になっていたその記憶は、幸太郎にとってただの過去になっていた。
この村でたくさんの人と触れ、剛毅と想いを共有して、この体で復興の手伝いをして、もう自身の体に後ろめたさはなかった。
幸太郎は勢いよく、ケガレモノの群れに突っ込んでいった。
新たなる勢力の登場にケガレモノは喜びとも怒りともつかぬ雄たけびを上げ、幸太郎に襲い掛かる。
幸太郎はそれらに力任せに腕を振るう。ケガレモノたちその攻撃を甘んじて受けるが、簡単には倒れない。
幸太郎が一匹を屠る間に他の数匹が続けざまに幸太郎に飛び掛かる。
幸太郎の全身に鋭い爪が突き刺さり、荒い牙が食いついていく。
「ぐああああああ」
想像を絶する痛みに幸太郎は思わず苦悶の声を漏らす。反応するように体が再生していくが、痛みだけは無くならない。
頽れそうになる精神を何とか奮い立たせ、取りついたケガレモノを振り払って、変化させた腕で切り裂いていく。
泥臭く、無様な戦い。
その一方で。
「はあ!」
凛とした掛け声とともに、流麗な太刀筋が煌めく。
くれははその軽やかな剣裁きで次々とケガレモノを切り払っていく。以前は自身に振るわれていたそれは、こうして外から見ているとまるで舞踊のようですらあった。
幸太郎とくれはによりケガレモノは次第に数を減らし、やがて最後の一匹をくれはが切り伏せた。
「ふう」
流れるような動きでくれはが納刀した。腰元には幸太郎の腕を落とした剣も差さっていた。
「大丈夫か?」
「ああ、これくらいはいつものことだからな」
「それは何よりだ」
くれはが頷いた。
以前は刃を交えたくれはが味方になるとこれほど心強いことはない。
しかし、そんな彼女を見て再び幸太郎の中で疑問が湧く。
彼女が戦う理由。年端も幸太郎とほとんど変わらない彼女がどうしてここまで剣術に長け、ケガレモノが発生した場所に居合わせるのか。
それを幸太郎がくれはに尋ねようとすると、
「こ、幸太郎君」
親方だった
「あ、あんた……」
先ほどは戦闘の高揚から恐怖が薄れていたが、こうして面と向かって視線をぶつけられるとやはり言いようのない痛みが胸を締め付ける。
今まで磊落としていた親方からどんな残酷な言葉が浴びせられるか恐怖する幸太郎に対して、
「あんた、そんなに強かったんかいな!」
「え?」
なぜか興奮に鼻息を荒げる親方に、幸太郎は気圧された。
「何じゃその腕!なんか漫画みたいに剣になってケガレモノをばっさばっさ切って」
「え、えっと」
「なるほどねえ……作業してる時から体力あるなあと思ってたけど、やっぱりただ物じゃなかったんだなあ」
一人で納得する親方に思わず幸太郎は聞いた。
「その……怖くないんですか?」
すると、心底理解不能という顔で親方が答えた。
「なんでよ」
「なんでって、それは……」
「幸太郎君は、俺たちを助けてくれたんだろう。命の恩人に対して怖がるなんてあるわけないさ」
にかりと、親方はいつもの闊達な笑みを浮かべた。
その言葉は力強く、そして優しく幸太郎の胸にしみ込んだ。
「そう言ってくれると、助かります」
「良いってことよ。おい、あんたも立てるか」
「は……はい」
親方が手を貸すと村人はその手を取って立ち上がろうとして、大きくよろけた。見ると苦悶に顔をゆがませ、足首を抑えている。
「逃げているときにねん挫したのかもしれんな、とにかく医者に診てもらおう。それじゃあ……」
親方の提案に皆が頷き、一行が歩き出そうとすると、幸太郎の耳元で悲痛な叫び声が聞こえた。
『こうちゃん!』
七海だった。
「どうした?」
『山の方からケガレモノの反応がすごい速さで近づいてきてる。今までの奴らとは桁違いの、巨大な反応!』
「何だって?」
親方が尋ねてくる。
「この場所に、大きなケガレモノが近づいてくるって七海が……」
「まさか、そりゃ山神か!?」
幸太郎の脳裏に、剛毅とのやり取りが思い出された。
この村に代々大きな被害をもたらしてきた存在。
災厄が、今まさに近づいてきているのだ。
幸太郎の脳裏に、残酷な光景が浮かんだ。
七海、剛毅、ひな、他にもお世話になった村の人たちが見るも無残に蹂躙される未来が見えた。
「仕方ない、とにかく急いで村に戻って、皆に知らせないと……」
急ごうとする親方だが、怪我をした村人はそれを庇いながらゆっくり歩くので精いっぱいのようだった。
「わたしが手を貸そう」
くれはが親方の反対側に立って村人に肩を貸した。
その光景を幸太郎は黙ってみていると、訝しんだくれはが言った。
「何をしている、君も手伝え」
やがて、幸太郎は言った。
「皆は先に行ってくれ」
「なに?」
「は、はあ?幸太郎君何言ってる!?」
『こうちゃん!?』
様々な方向から異議が唱えられる。
「俺はこいつをここで止める」
「な、何言ってるんだ幸太郎君。あんなでかい化け物いくらあんたでも無茶だ……とにかくここは逃げて村のみんなに逃げるよう言わないと」
「このまま放置してれば俺たちは逃げきれません、それに村の人たちだって避難がまにあわなくなるかもしれない」
「で、でも……」
幸太郎と親方の問答にくれはが割って入る。
「ならば、私も協力しよう」
「だめだ」
「何を言っている、この方が言う様に一人では何かあった時に助けを呼ぶことすらできない」
「親方とこの人だけで安全に村に戻れるかわからない。お前は、この二人を無事に村に送り届けるんだ」
「しかし!」
「大丈夫だ」
幸太郎はその場の全員の目を見ていった。
「俺は死なない」
幸太郎の言葉に、他の三人はしばし逡巡したが、やがてくれはが言った。
「……無理はするなよ」
「ああ」
三人の背中を見送って、幸太郎は振り返った。
次第に草木が乱暴に倒れる音に交じって、まるで重機のような巨大な足音が聞こえてきた。
震える大地を踏みしめて、幸太郎は決意した。
俺が山神を止めるんだ。
やがて、幸太郎の目の前にそれは現れた。
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