襲撃①
翌朝、幸太郎は世話になっていた宿の前で一人立っていた。
「七海……何やってんだあいつ」
出発の準備を終えて、さああいさつ回りといったところで急に用事があると言って七海は出て行ってしまった。
荷物はあるから戻ってくるはずなのだが、なかなか戻ってこない。
手持無沙汰な幸太郎は滞在した村の風景に目を向けた。
豊かな田畑を侵していた穢れはすっかり消え去っていた。破壊されていた箇所も修復されて、村は正常な機能を取り戻していた。
その作業の一因を担ったという想いは、確かな充実感となっていた。
自然と名残惜しさが胸に湧いて来て、またこの村に訪れたいと素直に思えた。
そんな思い出に浸っている幸太郎の耳に、どこか無粋なブンブンという機械音が聞こえてきた。
「こうちゃーん、お待たせ」
「七海やっと来たか……って、それ」
ようやくと思ったら、七海はバイクに乗って現れた。
それは、この村の道中で事故ってから行方不明になっていた七海のバイクだった。
「そのバイク直ってたのか?ってかあったんだな」
「うん。村の人たちに聞いたら、私たちが落ちた場所の近くでそれらしきもの見たって人がいて、やっぱり私のバイクだったんだ。無傷とは言えなかったから、応急処置だけして何とか動かせるようにした所」
確かによくみれば出立の時に比べてエンジンの音が耳障りに大きくなっている気がした。
バイクから降りると、七海は幸太郎と同じ様に、世話になった村の風景に目を細めた。
「それにしても、なんだか名残惜しいね……本当良い人たちばっかりだった」
「……ああ」
「私は人見知りが激しいから、初めての場所は中々馴染めないんだけど、ここの人たちは良くも悪くも距離が近くて、気づいたらこっちも心を開いてた」
ふわりと七海の髪が風に吹かれた。カーテンがたなびく様に、金色の髪が舞う。
ケガレモノが生まれてから圧力を増した外国に恨みを持つ人たちは少なくない。だから外国を想起させる髪色によって、七海は少なからず辛い目にあっていたらしい。
今はそうでもないが、幸太郎と初めて会った時の七海は、幸太郎の事もかなり警戒していたものだ。
全ての国民がこの村みたいな人だったらと思わずにはいられなかった。
「短い間だったけど……凜ちゃんの手掛かりは見つからなかったけど、私はすごく楽しかったよ」
「そうだな……うん、本当にそうだ」
二人が感情に浸っていると聞きなれた元気いっぱいの声が響いた。
「にーちゃ、ねーちゃ!」
「ひな、それと剛毅さん」
「最後に見送りをと思いまして」
「気にしなくてもよかったのに」
「そんなわけには行きませんよ。幸太郎さんと七海さんは大事な恩人ですから」
「にーちゃ!」
「ん?」
なぜかひなが目を輝かせていた。
なんとなく、嫌な予感がしてそれは的中した。
「ほー、にーちゃがはんりょにえらんだのはこっちのねーちゃだったんだね」
「へ?」
先ほどまでの真面目さはいずこへ、すかさず剛毅が援護射撃に入った。
「やっぱり、一緒に過ごしてきた時間というものが想いということなのでしょう。ひな、勉強になったな」
「あ、あのですねえ」
別れ際だというのに、いつもの調子でからかってくる二人に幸太郎は脱力する。
それでもそれが、不思議と心地よく感じた。七海の同じような気持ちに違いない。
やがて幸太郎は出発の挨拶をすることにした。
「改めまして、この度は本当にお世話になりました」
ようやく剛毅とひなの表情も引き締まった。
「これからもまた、何かあれば寄りたいと思います」
「ええ、是非お待ちしておりますよ」
「にーちゃ、げんきでね」
「ああ、それじゃあ……」
幸太郎が最後の別れを言おうとすると、
「おーい!」
道の向こう側から一人の村人が慌ててかけてくるのが見えた。
「親方」
「おお、幸太郎君、こりゃどうも」
挨拶をしながらも、親方は焦っているようだった。
「って、そんな場合じゃない。剛毅さんひなさん、すぐに安全な場所に避難してください」
「何かあったのか?」
「ケガレモノが現れたんだよ!」
親方の言葉に、一同は衝撃を受けた。
「この前追っ払ったっていうのに、奴らもう来たんですよ……剛毅さんとひなさん、安全なところに避難してください。異形警察機構に連絡します」
「どれくらいで着く?」
剛毅が聞くと親方が渋い表情になった。
「それが、近くの他の場所で人斬りがあったみたいで、時間がかかるとのことで」
「……そうか」
「さあ、早く!幸太郎君と七海さんも二人と一緒に!」
「親方は!?」
「俺はこれからケガレモノを退治しに出る。安心しろ、腕っぷしには自信があるんだ」
安心しろと言わんばかりに、親方が力こぶを見せた。
その姿は普段の作業なら頼りがいがあったのだろうが、今回はケガレモノが絡んでいて、素直に首肯することは出来なかった。
そんな幸太郎に、親方はいよいよ業を煮やしたように言った。
「ほら、早く!」
「こうちゃん!」
親方の言葉と七海のすがるような視線を受け止めながら、幸太郎は言った。
「俺も、一緒に戦わせてください」
「は、はあ!?」
「こうちゃん!?」
信じられないといった二人の視線。
しかし、そんなことは関係なかった。
「この村には恩があるんだ、だから俺も戦う」
「なら私も」
突然の提案に七海が割って入る。
「お前は戦えないだろ、剛毅さんとひなを見ていてあげてほしい」
「でも」
「でもじゃない」
「じゃあ」
「じゃあでもない!」
剣呑な雰囲気に沈黙が漂うが、事は一刻を争った。
七海の説得もそこそこに、幸太郎は親方に尋ねた。
「親方、場所は!?」
「あ、あっちだが……」
「行きましょう!」
「大丈夫なのかい」
訝しむ親方に幸太郎は力強く言った。
「元々、俺たちはそのために色んな所を回っているんです……大丈夫です、絶対に力になります」
親方が頷くのを見て、幸太郎は七海の方を向いた。
「七海、いつも通り遠隔で指示を頼む」
「こ、こうちゃん」
七海が尚も不安そうな瞳を向けて来たので、
「大丈夫だ」
安心させるために幸太郎は殊更優しい声音を作りながら言った。
「どうせ俺は死なない」
「……うん」
「親方、お待たせしました」
「おう、こっちだ!」
幸太郎は親方と共に駆け出した。
背中には、ずっと七海の視線を感じ続けていた。
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