送別②

 てんやわんやの食事を終えて、一行は一息ついて落ち着いた時間を過ごしていた。

 七海の追及は余りにもしつこかったが幸太郎は何とか躱しきった。

 安堵しながら、幸太郎はいつの間にかひなが剛毅の腕の中で舟をこいでいることに気づき、その視線を受けて剛毅が苦笑した。

「すみません、寝てしまったみたいです……」

「さっきは長々とすみません、しょうもないことでごたついて」

「しょうもない?」

「あー」

 またぞろ機嫌を悪くしそうな七海だったが、剛毅がとりなすように、

「ははは、悪ふざけが過ぎました」

「いえいえ、俺たちも楽しかったですし」

 それについては七海も同意見のようで、矛を収めたようだった。

 剛毅が徐に口を開いた。

「ひなには……両親がいないのです」

「……え」

 急な事実に言葉を失った一同に対して、剛毅は語り始めた。

「今からちょうど二年前、今回と同様にこの村はケガレモノの襲撃を受けました。その際もかなり大規模な被害が出ました」

 剛毅が辛そうに顔を歪ませた。

「当時、私は警察機構に所属しておりました。自分で言うのもなんですが、機構の中でも優秀な成績を収めていて、ほとんどのケガレモノの襲撃を被害を出さずに処理していました……思えば慢心していたのでしょう。だからこの村の襲撃に駆け付けた時にも、作物や設備はともかくとして、人的被害を出すことなく、いつも通り迅速に任務を遂行した……つもりでした」

 だが、そうはならなかった。

「私の指示で警戒態勢を解いた後に、捜索の目をかいくぐっていた一体のケガレモノの残党がある家族に牙を剥いたのです。静かな村に悲鳴が響き渡りました。慌てて駆け付けると、そこには若い男女二人と小さな子供。父親と思しき人物は大量の血だまりの中でこと切れており、母親はその傍でまるで何かを守るように、身を屈めていました」

 剛毅の顔が苦痛に歪んだ。それによって深く刻まれた皺はいつもの笑皺とは違って、悲しくひび割れていた。

「母親に近づくとわずかに息がありました。その胸の中に抱いていたのは小さな子供でした。彼女は私に向かって必死に呟いていました。肺を切り裂かれていて彼女の言葉は掠れるのみでした。しかし、彼女の口の動きで私は理解しました……『この子をお願いします』と」

 その時の子供がひななのだ。

 剛毅は徐に、ひなの寝顔に視線を下ろした。

 安心しきったように、剛毅に体重を預けているひな。

「それからはひなを守ることが私の生きる意味となりました。私の慢心で、救えたはずの命を救えず、そのためにひなは天涯孤独のみになった。それは私にとっての、罪でした。だから私はこれから一生かけてその罪を償わなければいけない……それは決して逃げてはならないのです」

 罪。

 剛毅から出たその言葉は幸太郎の胸に刺さった。彼の境遇は形は違えど、幸太郎の持つそれと似ていたからだ。

「そんな決心をしたときに、当時の村の長から信じられないことを言われました……この村の長となって、この村を守ってくれないかと。彼は村の人からたいそう慕われていましたが、ケガレモノに対する力を持っておらず、大きな被害を出したことをとても悔いていました。だからこそ自身に変わって、この村を守ってほしいと言われました」

 そして今、剛毅は村の長となった。

 ひなの両親の事があったとはいえ、剛毅は村の危機を救った英雄だ。元々この村がよそ者に対して寛容であることは幸太郎が身を持って知っていたし、だからこそ剛毅が村の長となることに反対がなかったことは想像できた。

 そんな彼を幸太郎は心の中で賞賛した。

 過去の罪と向き合い、前を歩いている。

 ひなだけでなく、たくさんの村人を導く傑物。

 この話は目的に邁進する幸太郎にとって道標のような輝きを持っていた。

 しかし、幸太郎の中で一つの疑問がわいた。

「どうして……その話を?俺たちはよそ者で、いくら助けてもらったとはいえ、そんな辛い話」

 幸太郎の問いに、剛毅はふと相好を崩した。

「そんなことありません……あなたたちはもう、私たちにとって村の人間同然です。同郷のものに対して、ただ、私たちの事を知ってほしいと思ったのです」

 優しい笑皺が目元に刻み込まれていた。

「幸太郎君」

「はい」

「君は、何か大きなものを背負っているのでしょう。それは、私の罪よりも重いもののように思えます。それは色んなものを巻き込んでいることを忘れてはいけない。周りの人間、環境。人に迷惑をかけてはいけない、なんて言いません。でも、それらに感謝することは忘れないように」

 「……はい、ありがとうございます」

 剛毅に説かれながら、この村の生活を思い出した。

 短い間だったが、たくさんの事を教えてもらった。剛毅だけでなく、ひな、村の人。

 凜の手掛かりは見つからなかったが、かけがえのないものを得た。

 恩人の言葉を噛みしめながら幸太郎はこの村の全てに感謝をした。

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