送別①

 幸太郎が村を訪れてから一か月程立ち、一通り村の復興に目途が立ったことで送別会ということで剛毅の屋敷に招待されることとなった。

 七海と共に剛毅の屋敷にたどり着き、以前も使った食堂に入るとそこに意外な人物の姿があった。

「くれは?」

「おや、君たちか」

「どうしてここに?」

「私だってこの村の手伝いをしていたんだ、呼ばれる資格くらいはあるだろう」

「まあ確かに」

 そう幸太郎が納得して席に着こうとすると、隣の七海がなぜか批難するような目を幸太郎に向けていた。

「どうした?」

「……別にい」

「あー」

 そういえば以前くれはと再会した時に詮索されたことを思い出した。

 誤魔化しつつ村の手伝いをしつつで曖昧になっていた問題が、七海の中で再燃してしまったようだった。

 せっかくの食欲に水を差された様な気持ちになりながらも、幸太郎と七海はくれはの向かいに座ると、剛毅とひなが現れた。

「ようこそいらっしゃいました」

「いらっしゃーい、にーちゃねーちゃ、くー」

「くー?」

 幸太郎が首をかしげると、目の前のくれはが気まずそうに手を上げた。

「……ああ、そういうことね」

「なんだ、文句でもあるのか」

「ああ、いや別に」

「こうちゃん失礼だよ」

「な、なんでお前が文句言うんだよ」

「さあ、なんででしょうねえ」

 幸太郎が妙ないさかいに巻き込まれていると、剛毅とひなが下世話な笑みを浮かべていた。

「修羅場ですね」

「ひるどらてきてんかいだー」

「勘弁してください……」

 そんなこんなで全員分の配膳が終わった。目の前には初日よりも豪華な料理たち。肉と野菜と、しかも幸太郎の念願の白米もあった。

 剛毅曰く、世話になった幸太郎に村人が非常用に備蓄していた分を善意で分けてくれたとのことだった。

 幸太郎がじんわりと胸と胃を熱くしていると、剛毅が改めた口調で、

「それでは、皆さま。この度はわが村にご助力いただき本当にありがとうございました」

 剛毅の様子に合わせて皆も背筋を伸ばした。

「古くからケガレモノの被害を受けながら、それでもわが村は伝統を大切にここまでやってきました。それが以前の襲撃で致命的となり、食料の供給をはじめ、様々な被害を受け、ついには存続が危ぶまれました。そんなわが村もこうしてたくさんの人たちが協力し合い元の賑わいを取り戻しつつ……」

 つらつらと祝辞を述べる剛毅に、とうとうひなが我慢の限界という風な感じで、

「もー、いいからごはんたべるー」

「ああ、これひな……!」

 ひなが勢いよく食事を書き込んだ。それを見て、剛毅はやれやれと被りを振って、

「……それでは皆さま頂きましょうか」

「「「頂きます」」」

 幸太郎たちも続いて唱和し、しばらくご馳走に舌鼓を打った。

 ふと醤油を使いたくなって幸太郎は卓上を見回すと、くれはの前に瓶が置いてあった。手を伸ばそうとする幸太郎に対して、くれはが気を利かせて瓶を幸太郎の方に寄せようとして、その便をなぜか七海が受け取って、幸太郎に渡した。

「こうちゃん、はい」

「え、ああ、ありがとな」

 幸太郎が醤油を使い終えた。塩気のあるものを食べたことで喉が渇いた幸太郎は水差しでコップに水を注ぎ飲み干した。

 水差しを元の場所に戻しがてら、くれはのコップが空になっている事に気付いて幸太郎は、

「水飲むか?」

「ん、ああ」

 そのやりとりを遮るように七海が立ち上がって、幸太郎から水差しを奪った。

「ごめんね、気づかなくてくれはさん」

 どぼどぼと水を注いでくれはに渡す七海を、幸太郎が呆然と見守る。

「な、なんだよ七海」

「何が?」

「何がって……っ!」

 嫌な予感がして幸太郎は剛毅とひなの方を見た。

 しかし、意外にも二人はもくもくと食事を続けていた。

 不意に、剛毅が箸をおいて改まったように口を開いた。

「幸太郎君」

「あ、すみません」

 無礼講の場とはいえ、食事中に無作法なふるまいだったと幸太郎は反省した。

 しかし、それも後の祭りで、剛毅はしかつめらしい表情のまま幸太郎を見据えて。

「率直言いましょう」

「は、はい」

 剛毅は息を吸い込んで

「幸太郎君はどちらが本命なんでしょうか?」

「……ええ?」

 唖然とする幸太郎に、ひなが追い打ちをかける。

「にーちゃ、そろそろはっきりさせないとおとこがすたるよ」

「いや、本命ってかどっちもそういうんじゃないから……っ!?」

 幸太郎が急に妙な寒気を感じて辺りを見回すと、七海が恨みがましい視線を向けていた。

「どうしたんだ七海」

「そういうんじゃないって……?」

「は、はあ?」

「しかもどっちもって……こうちゃん、実際のところくれはさんとはいつ知り合ったの?」

「そ、それは何というか」

 答えるわけにもいかずに曖昧にしていると、ますます七海が不機嫌になった。

 幸太郎は思わず助けを求めてくれはの方を見ると、彼女はのんきに味噌汁をすすっていた。

 一瞬視線が合い、幸太郎が何とかしてくれとアイコンタクトを送ると、

「……まあ、ただならぬ関係であることは確かだな」

 くれはの一言に場が凍り付いた。

 慌てて幸太郎が否定する。

「お前、何言ってんだよ」

「嘘は言ってない」

「まあ、そうだけど」

「……こうちゃん?」

「は?」

「説明してね」

「あー」

 幸太郎がもはや諦めていると、視線を感じた。

 剛毅とひなだった。

「ねー、ごーき」

「ああ、ひな、これはいよいよ本当に……」

「しゅらば、だね」

「もう……どうすればいいんだよ」

 針の筵になったせいで、せっかくのご馳走も幸太郎は味を感じる余裕もなくなってしまった。

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