情報②

約束通り幸太郎は剛毅の部屋を訪ねた。

 一番最初に食事のもてなしを受けた建物で従者に迎えられそのまま一室に通された。

「こんばんは、ようこそいらっしゃいました」

「いえ、こちらこそ、お邪魔します」

 言いながら幸太郎は部屋に入った。和風のシンプルな一室で左手に大きめの和箪笥と文机が並びその脇には一本の刀が刀掛けに収まっている。部屋の中央には炬燵と座椅子が一組、そして右手には襖が見えた。

「奥が寝室になっていまして、今はひなが寝ています」

 確かにひなくらいの年齢の子供にとっては深夜も同然の時間で、改めて剛毅が話の場を設けてくれたことに幸太郎は感謝した。

 剛毅に促されて、中央の座椅子に座ると、ごく自然に従者がお茶を煎れてくれた。

 一口頂くと、剛毅が口を開いた。

「さて、それではどこから話せばよろしいでしょうか」

 幸太郎は直球で聞く事にした。

「前回のケガレモノの騒動の時に、人の姿をしたケガレモノを見はしなかったですか?」

 剛毅が驚きで目を見開いた。

 その反応に幸太郎は一縷の望みをかけたが、しかし剛毅の答えは幸太郎の求めているものではなかった。

「いえ……私は見ておりません」

「そうですか」

 落胆する幸太郎に、剛毅は言葉の接ぎ穂を失ってしまったようで、その埋め合わせをするように幸太郎は話を続けた。

「この前の騒動はどういったものだったんですか?」

「そうですね……そもそも、私たちのこの村では古くからしばしばケガレモノの襲撃を受けていました。それはこの国で初めてケガレモノが確認された時と同時期で、つまり襲撃それ自体もせけんいっぱんでありふれたものですが、しかし他にはない特徴的な個体がいたのは事実でした。その個体を渡した地村のものは山神と言って恐れてきました」

「山神」

「ええ。そいはその名の通り山のような大きさをしていて、村の平凡な民家と比べても一回りも二回りも大きな体躯をしています。前回の襲撃ではそいつが久方ぶりに山から下りてきたのです。普段は警察機構の人間が駆けつけてくるまで村人たちは逃げたり隠れたりで難を逃れるのですが、そいつが現われてしまうともうどうしようもなくなります」

 剛毅は辛そうに続けた。

「田畑が荒らされ、設備は踏みにじられ、かけがえのない命も失われた。それは、もはや地獄と言って差し支えないほどの惨状でした」

 剛毅の説明に幸太郎は初めて作業を行った日の事を思い出した。大量の墨汁をぶちまけられたかのように黒くそまった大地は剛毅の比喩するとおりの印象だった。

 思い出しながら、幸太郎の中で一つ疑問が浮かんだ。

「それで、その山神が前回の襲撃で来て、どうやってそいつを退治したんですか?」

「ええ、それは……」

 徐に剛毅が立ち上がり、部屋の脇に掛けられている刀のところへ向かった。

 それを持ち上げると、

 ちりん。

 幸太郎にとって聞き覚えのある音。

「この刀で山の神を退けました」

 それは、剛毅がいつも身に着けていた脇差だった。

「この村に古くから伝わる刀剣……神器と呼んであがています……名はフツノミタマ」

「フツノ……ミタマ」

 幸太郎はその名前に聞き覚えがあった。自国に伝わる神話に、そんな名前の武器が出てきたような記憶がある。

 ふつのみたまのつるぎ。荒ぶる大熊の神を退けたという逸話。

 それは不思議と納得が出来た。

 初めて剛毅と会った時、なぜだか幸太郎は剛毅の腰元に差さっていたこの刀剣に目を奪われた。妖しげで、幽世めいたその姿は、神器と呼ばれて差し支えないように思えた。

「私はこの村の長として代々伝わるこの神器を授かり、そして前回の襲撃で使用しました。巨大な山の神は一振りで大きな傷を負い、そして逃げ帰っていきました。追おうとも思いましたが、怪我人の治療が優先でした」

 最も、穢れを受けて助からないものばかりでしたが、と剛毅は苦々しく付け足した。

「これが私たち村のケガレモノとの関りの全てです……そして、残念ながら幸太郎君の探しているものはこの村にはないかもしれません」

 幸太郎は剛毅の言葉を否定できなくてもどかしい思いが募った。

 しかしそれでも。

「ですので私たちの事は気になさらくて、大丈夫です……幸太郎君と七海さんのおかげでかなり復旧は進みました……後は私たちだけで大丈夫です」

「いいえ、最後まで手伝います」

「え?」

 剛毅の目を真っすぐ見据えて幸太郎は、

「俺は、この村にきてたくさんの人の優しさに触れました。今まで自暴自棄だった俺が、人の役に立つことを教えてくれました。だから、そんな人たちに恩返しをしたい。だから、これは俺のためにやらなければいけないことなんです」

 思いもよらない幸太郎の答えに、一旦は難しい顔になる剛毅だったが、やがてしっかりと幸太郎の目を見据えて頷いた。

 そんな風に締めると、今まで静かだった襖が開かれて、瞼を擦るひなが現われた。

「ごーき、おきてる?」

「どうしたんだい、ひな」

「さびしくて」

「ああ、はいはい」

 なんだかいつもとは印象が違うひなと、それをあやす剛毅。

 暖かな光景に、幸太郎は自分がその場に立っていることが妙に無粋に感じて、静かにその場を後にした。

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